助けた人10
「ウサギ、ちゃん?」
イルカに指を突きつけられたカカシは不可解な顔をする。
ウサギちゃん、とは自分のことだろうか?
そういえば、いつだったかイルカは寝言で『ウサギちゃん』とか言っていた。
ウサギちゃんとは自分のことだったのか・・・。
でも、なんでとカカシは疑問に思う。
イルカは、どうして自分のことをそんな呼び名で呼ぶのであろうか。
カカシの考えも余所にイルカは言っていた。
「まさかカカシさんが助けた人だったなんて」
その声は、どこか哀愁を帯びている。
「いきなり、いなくなってしまったから俺・・・」
うる、とイルカの瞳が潤んだのは気のせいだろうか。
「どこに行ってしまったのか、すごく心配して」
いなくなってしまったカカシをイルカは心配してくれていたらしい。
「すごく寂しくて」
酒のコップを両手で握り締めたイルカは俯いてしまった。
結った髪の毛も垂れ下がる。
「ええっと」
イルカの話が見えなくてカカシは少し混乱した。
だって置手紙をしておいたじゃないか。
「イルカ先生、俺の書いたメモ見ました?」
念のため訊いてみるとイルカは俯いたまま、頷いた。
「だったら、すぐに会えるって分かったでしょ」
メモには次に会う日にちなんて書かなかったが、それは書くほどではないと思ったからだ。
現に、こうして会えたじゃないか。
こんなにイルカが寂しがって思い詰めているなんて思ってもみなかった。
話の流れからして、どうやらイルカは助けた人がカカシとは知らなかったみたいで。
どこの誰だか分からなかったから経緯は不明だが『ウサギちゃん』なんて俺のこと呼んでいたのか。
その事実にカカシは、ほわんと和やかな気分になる。
俺のこと、そんな風に呼ぶなんてイルカ先生が初めてだなあ。
カカシをか弱い動物に例えるなんて上忍仲間が知ったら何て言うだろう。
このことは秘密にしておこう、とカカシが密かに思った。
気を取り直してカカシはイルカに話しかけた。
事実をはっきりさせる必要がある。
「イルカ先生」
真剣な声で呼びかけるとイルカが顔を上げた。
その顔は不安そうである。
「助けてくれてありがとうございました」
まずは改めて礼を言った。
「助けてくれたこと、本当に感謝しています」
感謝の念を込めてイルカの両手を握ると一瞬、引かれたが逃がさず、しっかりと握りこむ。
「イルカ先生は優しい人ですね」
警戒されないように穏やかに微笑むとイルカは薄っすらと赤くなった。
「優しいだなんて。俺は助けが必要な人がいたから」
だから助けただけです、と言う。
にこ、とカカシは笑顔を浮かべてイルカに訊く。
「助けたのが俺だって、何で判らなかったんですか?」
ここが重要だ。
「だって」
イルカは小さな声で呟いた。
「カカシさんの素顔を見たことがなかったから」
単純な事実だった。
「髪の色とかカカシさんと、よく似ているなあと思ったはいたんですけど」
カカシ本人とはイルカは思わなかったらしい。
「声も看病している時は掠れていたりして。いつもは覆面越しの声しか聞いたことがなかったので」
助けた人をカカシとは思ってはいなかった。
道理で反応が悪いはずであった。
受付所で話しかけた時もカカシはイルカが当然、自分のことが判っていると思っていたのだから。
話が噛みあわないはずだ。
だけど。
すべて判った今は。
「イルカ先生が助けた人は俺ですよ」
真実を告げる。
「イルカ先生が看病してくれて俺は嬉しかった」
イルカが看病してくれたお陰で助かった、それには充分感謝しているし、それに。
自分の中のある感情にも気が付いた。
自然の流れでカカシは告白した。
「イルカ先生のことが好きです」
それを聞いて、はっとしたようにイルカは目を見開いた。
「イルカ先生が俺のことを看病してくれて」
イルカに気持ちが伝わるようにカカシは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「イルカ先生のことをとても身近に感じて」
黙ってイルカはカカシの言葉に聞き入っている。
「イルカ先生の傍にいたくなってイルカ先生に傍にいてほしくて」
イルカの存在がとても愛しくなったのだ。
「イルカ先生のことが好きになってしまったんです」
真摯な態度で真面目に伝えた。
イルカは、どう応えてくれるのだろうか。
カカシの胸に一抹の不安が過ぎったが、先ほどイルカはすごく心配して、そしてすごく寂しいと言っていた。
「俺は」
頼りなげなイルカの声がした。
カカシに手を握られたまま所在無げにしている。
「最初は助けた人の看病しなきゃって思っていたんですけど」
頼りなさそうな声のまま、頼りなさそうな目でイルカはカカシを見た。
「誰かが俺の家にいるっていうのが、とても嬉しくて楽しくて」
ぎゅっとイルカからカカシの手を縋るように握ってくる。
「いつかはいなくなってしまうと思って覚悟はしていたのに、いざ、いなくなってしまうと」
寂しくて、とイルカは唇を噛む。
「寂しくて仕方がなかったんです。また会いたくて会いたくて」
正直な気持ちを告げられてカカシはイルカを安心させるように、にこりと笑った。
その笑いには安心させるというのと他に様様な意味が含まれている。
イルカは多分、自分の中の気持ちに気が付いていないのだ。
後は、ただ気づかせればいいだけだ。
カカシのことを好きだということに。
「イルカ先生、とりあえず再会の乾杯しましょうか」
イルカの手を離したカカシはコップを持ち、カチとイルカのコップにぶつける。
「再会を祝して乾杯!」
「あ、はい」
カカシが酒に口をつけるとイルカも酒に口をつけた。
酒を飲むとイルカはガードが低くなる。
そこが狙いともいえなくない。
酒を飲み進めるとイルカはリラックスしてきたようだ。
話も弾んで笑顔が見え始めた。
カカシは、ここぞとばかりにイルカのコップに酒を注ぐ。
「イルカ先生、好きですよ」
もう一度、言うとイルカは、どきりとしたように胸を押さえた。
酒のせいばかりではない赤みが増している。
「好きです、イルカ先生」
「カカシさん・・・」
何かを言おうとしてイルカは口を開けて閉じた。
おそらく、もう一押し。
まあ、ゆっくり攻めようとカカシは決めてコップの酒を飲み干した。
夜は長い。
オオカミに魅入られたウサギは、今夜は家に帰れそうになかったのだった。
終わり
助けた人9
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