愛の逃避行(後編)
「ふふん、どうです!」
俺は木の葉の里で一番偉い人である綱手さまに三枚の報告書を突き出した。
全部、高ランク任務だ。
しかも難しくて誰も引き受け手がいなかったヤツ。
こんなのを短期間で遂行してしまう俺って、なんて有能。
「まあまあだな」
綱手さまは報告書を受け取って、ふんふんと目を通している。
まあまあって・・・。
その評価は、ちょっと不服だ。
「ん?なんだ?」
綱手さまが俺の表情に気が着いた。
「不服そうだな」
「・・・そんなことありません」
「そうかあ?」
にやっと笑った綱手さまは人が悪そうな笑みを浮かべる。
何かを企んでいる顔だ。
そもそも、と俺は当初の取引を思い出した。
高ランク任務をする代わりに休暇を寄越せ、と綱手さまと交渉して取引中なのだ。
意地でも休暇をもぎ取らなければならないので、ここは一つ大人しくしておこう。
俺は無表情を決め込んだ。
「そうそう、休暇の件だがな」
それそれ。
「相談なんだがな」
にやりとする綱手さま。
「もう一仕事してくれたら、二日じゃなくて三日やろう」
「三日?」
「そうだ」
ふふん、と笑った綱手さまは俺の前に三枚の任務依頼書を突き出してきた。
「これらの任務を終わらせたら、三日間の休みが取れるぞ」
甘い誘惑だ。
「二日間では一泊二日、三日間では二泊三日」
出かけるなら、どちらがいいと思う?なんて言ってくる。
・・・老獪だ。
「年寄りの知恵ってすごい、とても太刀打ちできないなあ」
ぼそっと呟いたら、綱手さまにばっちり聞かれていた。
「誰が年寄りだって?」
ぎろりと睨まれた。
眼力には、まだまだ、それ相応の力がある。
こりゃあ綱手さま、当分、火影は現役だなあ。
木の葉の里も安泰だ。
「いえいえいえ」
俺は綱手さまから任務の依頼書を素早く受け取り、腰のポーチにしまった。
「謹んで、任務を拝命致します」
一礼。
「準備が出来次第、出発します」
「うむ、頼む」
俺は涙をのんで、任務を受けることにした。
あれもこれもそれも、全部・・・。
ぜえええんぶ、あの人のためだ。
俺の愛するイルカ先生のため。
イルカ先生の誕生日が、もうすぐなので、それに合わせて休暇を申請した。
そしたら綱手さまが高ランク任務遂行と引き換えに休暇をやろうと言ってきたんだ。
俺とイルカ先生の、二人分の。
二泊三日だったら、遠出が出来る。
イルカ先生の好きな温泉にも連れて行ける。
最近のイルカ先生は疲れが溜まっているようで、肩凝りやらがひどい。
毎晩、肩を揉んであげているのだが、それでも凝りは解れないらしく疲れた顔をしている。
忙しい時期だから仕方がない、みんな同じです、なんてイルカ先生は健気に言っているが。
・・・俺はイルカ先生の体が心配だ。
忍の体は頑強だけど、それは戦闘においてであって。
事務仕事や書類整理とかは、また別だと思うんだよなあ。
やったことないけど。
とにかく、俺は・・・。
イルカ先生の誕生日に温泉に連れて行って、体を充分に休めてほしかった。
それと蛇足になるけど、俺とイルカ先生の二人きりの時間が近頃めっきり少なく、このままじゃ俺の気力、体力が限界で。
この際だからイルカ先生と温泉で誰にも邪魔されず、しっかりイチャイチャしたいという下心もあった・・・。
数日後。
へろへろで俺は里に帰ってきた。
依頼書で指定された場所が里から遙か彼方で遠すぎて、移動だけで疲れてしまった。
任務の内容自体は、そう難しくもなかったのが救いだった。
「お、終わりました」
ふらふらの状態で綱手さまに報告書を提出。
「おやおや」
綱手さまは苦笑していた。
「相変わらず、体力ないねえ」
「・・・遠すぎます」
「里から余りにも遠いから、誰も任務を受けてくれなかったんだよ。助かった」
これで溜まっていた案件の処理は終了、と清清しい顔の綱手さま。
・・・それが狙いだったのか。
溜まっていた任務の処理が。
何だか負に落ちなかったが、まあいい。
休暇だ!温泉だ!イルカ先生だ!
元気が出てきた。
「ふっふふふふふふ〜」
思わず、笑いが出てしまう。
「なんだ、カカシ」
不気味そうに俺を見る綱手さまだが、構うもんか。
「休暇の許可証ください」
俺とイルカ先生の。
手を出すと綱手さまは「約束だからな」と許可証に判子を突く。
「ほら」
二枚の休暇の許可証、それが今、俺の手に。
やった!俺は人生に勝った!と叫びたい気分だ。
これでイルカ先生と温泉に行ける!
二泊三日なんて、ちょっと旅行じゃないか!
温泉旅行!
イルカ先生と旅行なんて初めてだ!
わくわくドキドキ!
興奮してくる!
これから何が起こるのか、期待に胸が膨らむ!
まるで一大スペクタクル!
「・・・カカシ」
温泉は山奥の奥深くの秘境で秘湯。
俺の他には誰も知らない秘密の場所。
誰にも邪魔されない二人きりになれて。
大きな声を出しても誰にも聞こえず誰にも見られず。
迷路のような道なので、一度くらいじゃ道も覚えられないはず。
俺がいなきゃイルカ先生は里に戻ってくることは不可能・・・。
「声に出ているぞ!」
若干、大きな声を出した綱手さまに睨まれて俺は、はっと口を噤んだ。
「やばっ」
そんな俺を見て綱手さまは深い溜め息。
「・・・人攫いみたいだな」
俺とイルカ先生の仲を知っている綱手さまには、ちゃんとイルカを無事に里に連れて帰って来いよ、と念を押された、何回も。
そうして、やっと。
その日がやって来る。
イルカ先生の誕生日だ。
明日から、待ちに待った休暇だ。
でもイルカ先生は、まだそのことを知らない。
ここは、一つ。
俺は大きく息を吸い込んだ。
今までの俺の殻を破って、イルカ先生とイチャイチャするぞ!と決心を固める。
イルカ先生と付き合ってから、ベタベタし過ぎると鬱陶しい、嫌われるかもという恐怖で控えめ、遠慮をしてきたが。
イルカ先生の誕生日を期、ぜひともイチャイチャ出来るようになりたかった。
だから、決意表明でもあった、この宣言は。
「しっかりイチャイチャしてほしいです」ってのは。
イルカ先生は不思議そうにしていたけれど、いずれ、身を持って知ることになるだろう。
この休暇中の温泉旅行で。
温泉旅行の件は、とても喜んでくれた。
大喜びで俺の首に抱き付いてきてくれて、幸せだった。
「どこのおんせんですか?」なんて、きらきあらする純粋無垢な瞳で聞いてきてくれて。
どこの温泉・・・。
それは多分、俺だけしか知らない場所にある。
任務で山奥の奥の奥に行った時に発見した。
温泉は山の頂上付近にあって入ると、遠くまで景色がよく見れる。
絶景。
温泉の成分や効能は如何ほどかは不明だけど、硫黄の匂いがしたから温泉には間違いない。
手で湯を掬うと、とろっとしていて温度も適温よりも少し熱め。
発見した時はイルカ先生が喜ぶと思って、俺は喜んだ。
山奥で誰も来ないし、二人きりになれる。
絶対にイルカ先生と来ようと思ったのだ。
泊まる場所がないと困るので、忍の力をフルに発揮して、勢いで温泉の近くに小さな庵を作ってしまった。
総て、イルカ先生への愛ゆえの力だ。
そんな温泉に俺はイルカ先生と来ていた。
「すっごーい!」
温泉に着いたイルカ先生は絶景に、うっとりしている。
ここまで里から半日掛かった。
「こんな場所に温泉があるなんて」
振り向いて俺を見た顔は満面の笑みだ。
「よく見つけましたね」
「ええ、まあ」
イルカ先生は面白そうに周囲を探索する。
「山奥深くの温泉なんて、いいですねえ」
緑がいっぱいで、と辺りを見回していた。
「人もいなくて静かで」
耳に聞こえるのは風の音、鳥の鳴き声と動物らしき気配がするだけ。
こんなところなら、さすがに敵も来ないだろうと思うが心配なので結界は一応、張っておいた。
イルカ先生に気が付かれないように。
「カカシさん!」
「はいはい」
「早速、入ってもいいですか?」
わくわくしているのが、手に取るように分かる。
「もちろん、いいですよ」
俺が頷くとイルカ先生は電光石火で服を脱ぎ、瞬く間に温泉に入って肩まで浸かってしまった。
温泉に入って、大きく息を吐いている。
「はあああ〜」
気持ちいい〜、って両手を上に伸ばしている。
「カカシさんも早く入りましょう!」
無論・・・。
イルカ先生に誘われて、断るなんてことはしない。
俺も、いそいそと温泉に入ったのは言うまでもない。
だっけっどっ・・。
俺はいルカ先生の温泉好きを甘く見ていた。
本当に本当にイルカ先生は温泉が好きだったのだ。
イルカ先生は朝から夜まで、温泉に浸かっていた。
見事な温泉ライフを満喫していた。
それはいい、それは。
でも、でもね・・・。
睡眠と食事以外は温泉って、どんだけ温泉が好きなんだ・・・。
肩まで温泉に浸かって、のぼせそうになると半身浴に切り替えたり、はたまた足湯にしたりと一向に温泉から出ようとしない。
「カカシさんと俺だけなので、入りたい放題ですね!」
そう、誰もいないのも災いした。
普通、旅館の温泉とかって入浴時間が決っていたり、他に人がいたりで不自由な一面もあるけど。
ここは、この温泉はそんなの気にしないでいい。
イルカ先生の言うように入りたい放題で、イルカ先生にとっては正に温泉パラダイスといったところ。
自由にのびのび温泉に入っている。
「こんなに温泉に入ったのは初めてです」
嬉しそうにしている。
イルカ先生の嬉しそうな顔を見れて、俺も嬉しい。
嬉しいけれど、だがしかし!
俺の求める理想のイチャイチャには、程遠かった。
そして、温泉効果の所為か否か。
体があったまって、食事は美味しいし、夜はぐっすりと熟睡。
疲れてもとれて、古傷も癒えて、血行も良くなって体調万全。
実に健康的な、それでいて健全な生活を送ってしまった二泊三日間・・・。
温泉に入りまくるイルカ先生に、頑張って俺も付き合って入っていたら、のぼせること三回。
のぼせてイルカ先生に介抱されたのは、いい思い出になるだろう。
・・・イルカ先生と次に温泉に来る時は、普通の旅館の温泉に来ようと俺は密かに思ってしまった。
温泉宿なら、こんなにイルカ先生が入りまくることは有るまい。
食事は俺が作ったが山奥なんで、簡単なもの。
イルカ先生は「自然がご馳走です」なんて言いながら、嬉しそうに食べてくれた。
そうして温泉三昧の、二泊三日の温泉旅行は幕を閉じた。
「はあ〜、とっても楽しかったです」
イルカ先生は晴れやかな顔。
疲れなんて、綺麗さっぱり吹き飛んでいる。
「いい温泉でしたね!」
俺の野望は果たせなかったが、イルカ先生が喜んでくれているのが救いだ。
「また、来ましょうね!」
イルカ先生に言われたが俺は素直に頷くことができない。
「そうですね、出来たら・・・」
やや消極的になっていた。
「カカシさん」
「はい」
帰り道、声を掛けられて顔を上げるとイルカ先生が微笑んでいた。
「素敵な誕生日プレゼント、ありがとうございました」
「あ、はい・・・」
って、ここで俺は重大なことを思い出した。
温泉にかまけていてイルカ先生の誕生日のことを忘れていたのだ。
昨日がイルカ先生の誕生日だったのに。
「あ、あの、イルカ先生」
「何ですか?」
「ええとですね」
あたふたしているとイルカ先生が、すっと手を差し出してきた。
「・・・手、繋いで帰りませんか」
「あ、はい!」
急いで、ぎゅっと握る。
手を握るとイルカ先生が俯いた。
耳が真っ赤になっている。
それから小さな声。
「その、温泉でイチャイチャ・・・」
耳を澄まさないと聞こえないような声だ。
「できませんでしたから」
せめて、帰り道だけでも。
イルカ先生は俺が言ったことを覚えていてくれた。
「俺、温泉に夢中になっちゃって」って、恥かしそうに。
こういう・・・、イルカ先生のところ、すごく好きだ。
かわいくて、愛しくなる。
俺は握った手に力を入れた。
「だったら」
気持ちが急速に軽くなる。
「家に帰ったら、イチャイチャしましょ」
「えっ」
うんうん、それがいい、それが。
「家に帰ったら、容赦しませんから」
イチャイチャするのを。
冗談めかして言うとイルカ先生が笑う。
「それから、遅れたけれど」
握った手を引き寄せて耳元で囁いた。
「誕生日、おめでとう」
そして、そのまま頬にキスをする。
来年も祝わせてね、誕生日。
来年も、こうして二人で祝えるといいですね、って。
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