愛の逃避行(前編)
「しっかりイチャイチャしてほしいです」
ある日、カカシさんに猛烈に要求された。
って言われても、何が何やら・・・。
脈絡もなくて、さっぱり解らない。
「あの、それはどういう?」
カカシさんに説明を求めた。
「どういうって、イルカ先生」
腕組みして仁王立ちしたカカシさんは俺を見下ろしている。
・・・なんか、怖いなあ。
何を考えているんだろ。
カカシさんの行動は予測不可能なことが多い。
「解らないんですか!」
あ、怒っている・・・ような気がする・・・。
「あー、うーんと」
何かあったかな、カカシさんを怒らせるようなこと。
怒らせるたって、カカシさんは今まで本気で怒ったことなんてないし。
喧嘩も、ほとんどしたことがない。
仲良く過ごしてきたと思うんだけど。
あ、仲良くっていってもカカシさんと俺は友達の仲良くってのじゃない。
もっと深い関係って意味で、仲良くね。
つまり、あれだ。
所謂一つの恋愛関係で至るところの恋人みたいな・・・。
ちなみに、お互いに自分の家はあるけどカカシさんは専ら俺の家で生活している。
偶には俺もカカシさんの家に行くけどね。
「イルカ先生、聞いています?」
腕を組んだカカシさんが、びしっと俺に指を突きつける。
俺は素直に謝った。
「すみません、解りません」
ほんとに。
何がカカシさんがこんなに激高させているのか。
激高ってほどでもないけど。
俺はカカシさんの前に正座した
「ごめんなさい、カカシさん。何で、怒っているんでしょう?」
下からカカシさんを見上げる。
見上げるとカカシさんは「う・・・」と押し黙った。
ちょっと顔が赤い。
「あのね、イルカ先生」
腕組みをしたまま、カカシさんは俺の前に俺と同じく正座した。
「そんな顔しても駄目です。色っぽく髪を下ろして、無邪気な上目遣い攻撃で俺の心を乱そうとしても、そうはいきません」
色っぽさと無邪気のギャップも堪らない〜ってカカシさんは身悶えしながら言っているが。
・・・上目遣い攻撃してないし。
仮に、そんな攻撃してもカカシさんを倒せるわけないじゃないか。
「とにかく」
ごほん、と咳払いを一つして落ち着きを取り戻したカカシさんは神妙な顔で俺を見た。
「この頃のイルカ先生は忙しくて、俺にちっとも構ってくれません」
「はあ」
「構わないどころか、お楽しみのイチャイチャもなし。それでは俺は身が持ちません、精神的にも身体的にも」
「・・・はあ」
「俺はイルカ先生だけが生き甲斐なのに!」
そんなこと力説されても困る。
俺が生き甲斐ってのは、いまいち意味が不明だし。
そりゃあ、俺もカカシさんがいないと生きていけないけど、それとは違うような気がする。
カカシさんと俺とでは意識に齟齬があるよなあ。
「大体にしてイルカ先生の仕事が超多忙なのがいけないんです」
そんなこと言われても・・・。
アカデミーの教師の俺は四月、五月は忙しいって定番だし。
おまけに兼務している報告書も新年度の引継ぎでバタバタしているし、それらの余波を受けて更に忙しい火影さまのお手伝いに行ったりもして。
忙しくて、帰りが遅くなるなんてことは、しょっちゅうだ。
言われてみれば、カカシさんと最近、余り話をしていないかも。
してはいるけど、ゆっくり落ち着いてということはないかもなあ。
俺は己の行動を省みて、反省した。
「ごめんなさい、カカシさん」
ぺこっと頭を下げると、家では結ってなかった髪が垂れ下がる。
「忙しすぎて、家のこととかカカシさんに任せっきりでしたね。カカシさんも疲れているのに」
そう、カカシさんは家事も万能。
料理も洗濯も掃除も何でも出来て、俺より上手。
「会話も減っていましたし」
もしかしたら、カカシさんは悩みとか有って、それを吐き出したかったのかもしれないのに。
俺は忙しさにかまけていた。
諸々と猛省。
共同生活をする上では、もっと相手のことを思いやらないと駄目だな。
俺の言い分を聞いたカカシさんは「違うでしょ」と俺の額を拳骨で、こつんとした。
「俺はそんなことを言っているんじゃありません。そういうのは大歓迎なので、もっともっと、どんどこ俺に甘えてください」
むしろ、どっかり寄り掛かって、俺に寄り掛かりっぱなしのままでいいです、って。
・・・・・・・・・ん?
じゃあ、なんだ?
解らない。
また、最初に逆戻りだ。
首を傾げて本気で悩んでいるとカカシさんが言った。
「だから、俺はイルカ先生と、しっかりとイチャイチャしたいだけなんです」
それが俺の原動力!と胸を張っている。
「イルカ先生とイチャイチャしないと元気が出ないんです」
「そ、うですか」
今まで・・・、今まで、そんなにイチャイチャなんてしたことないような気がするんだけど。
カカシさんて、あっさり淡白。
優しいけれど、必要以上に口出ししないっていうか。
お互いを尊重して、お互いの領分には踏み込まず。
そんな大人なイメージなんだけど。
イチャイチャって・・・。
「俺はですね」
カカシさんは俺の両手をしっかりと握った。
「イルカ先生に触れて触って撫で繰り回して、イルカ先生を一日中抱きしめてたいし、イルカ先生の姿を一日中見つめていたいし、イルカ先生の声を一日中聞いていたいし」
・・・そんなこと思っていたんだ、カカシさん。
「イルカ先生を一日中、いや、出来ることならいつまでも独占していたいんです!」
他の誰の目にも触れないで、俺だけを見てほしい。
熱っぽく語られる。
にへっ。
ってな感じで俺は内心、嬉しかった。
あー、カカシさんに愛されているなあって。
すごく嬉しい。
「それにイルカ先生、仕事しすぎで体が心配です。ここらで、ちょいと休憩した方がいいですよ」
体のことも心配してくれる。
確かに、ここんとこ疲れが取れなくて肩凝りもひどい。
毎晩、カカシさんに肩を揉んでもらっている。
「思い切って仕事を休んで、骨休めに行きましょう!」
骨休めか〜、いいなあ〜。
「いいですねえ、それ」
まあ、出来たらの話だけど。
忙しい最中に休みなんて到底、無理だ。
「本当ですか?」
カカシさんが俺の発言を耳にして、勢い込んで訊いてきた。
「骨休みしたいですか?」
「ええ、出来たらですけど・・・」
控えめに言うとカカシさんの目が、きらーんと光った。
怪しい光だ。
「ふっふっふっふっ」
不気味に笑っている。
「でしたら、心配御無用です」
何が?
「イルカ先生が、そう言うだろうと予測して」
予測したのか!いつから?
「抜かりなく準備してあります」
ぴら、とカカシさんの右手の人差し指と中指で挟んである何かを示された。
チケット?券?
「火影さまからの休暇の許可証です、俺とイルカ先生の」
「えええっ!」
いったい、いつの間に・・・。
しかも俺の分も。
どうやって?
「手品みたい・・・」
そう言うとカカシさんは「あははは〜」と陽気に笑った。
「俺だって、やる時はやるんです」
ぐいっと腰に手を回され引っ張られた。
そのまま、カカシさんの膝の上に乗り上げる。
・・・この格好は、かなり勇気がいるよなー。
誰かに見られたら、とてもじゃないけど恥かしくて外を歩けない。
「温泉行きましょ」
ちゅっと鼻先にキスされた。
「イルカ先生、温泉好きでしょ」
「え?ああ、はい」
実は俺は温泉が好きだ。
なかなか行けないから、普段は自宅で温泉の素入れたり、里の銭湯の広い風呂で温泉気分を味わう程度で。
カカシさんに温泉に誘われて、とても嬉しかった。
「嬉しいです!」
喜びのままにカカシさんに抱きついてしまった。
「温泉に行けるなんて!」
しかもカカシさんと一緒で、嬉しさ倍増。
嬉しーって、はしゃいでいたらカカシさんも嬉しそうな顔になる。
「どこの温泉ですか?いつから行くんです?」
もう気分は温泉。
温泉温泉温泉だ!
「うん、明日からです。温泉は、まだ秘密」
カカシさんの機嫌は直っていた。
「明日から二泊三日で。つまりは温泉旅行ですね」
「二泊三日・・・」
そんなに休めるんだ〜。
「だって、ほら」
カカシさんが優しく目で俺を見る。
「イルカ先生、誕生日でしょ。温泉旅行は俺からのプレゼント」
「誕生日・・・」
そういえば、すっかり忘れていた。
明後日は俺の誕生日。
俺の誕生日を挟んで、二泊三日の温泉旅行か〜。
「イルカ先生は温泉で大いにリフレッシュして、俺は温泉でイルカ先生を独り占めして十二分に堪能します」
ちょっとだけカカシさんの言い方に引っ掛かったが。
俺はとっても嬉しかった。
愛の逃避行(後編)
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