若き忍の星1
イルカは森の中を疾走していた。
時刻は夕方に近い。
木から木へ、枝から枝へと次々に飛び移っていく。
走りながら舌打ちをして愚痴っていた。
「ちっ」
舌打ちした顔は眉間に深く皺を寄せて苦い顔をしている。
「くそ〜、あの殿様、バッカじゃないか」
いささか乱暴な言葉も飛び出てきていた。
「毎年毎年、盟約の更新に自分の領地まで来させてさ〜」
まあ、それは別にいいとイルカは飛び移っていた木から地上に飛び降りた。
長いこと走って少し疲れてしまった。
今は通常の体ではないのもある。
息を整えながらイルカは走るのを止めて森の中を歩き出した。
「若い活きのいい忍者で薬の実験するの止めてほしいよ、まったく」
とイルカは怒っていた。
イルカは現在、十八歳になるかならないかの年齢だ。
中忍試験は二年前にパスしており中忍としても若者としても、いささか生意気な年頃でもある。
反抗期は過ぎて元気が良いといえば聞こえはいいが、頑固で意地っぱりな面もあった。
それが時折、表面に出たりもしている。
要するに若くて活きのいい忍者に間違いはなかった。
イルカは同盟を結んでいる国へ、盟約の更新の親書を取りに行くという任務を受けて、その同盟国からの帰りなのである。
始め、その任務を与えられた時イルカは喜んだ。
「すごいじゃん、それ!」
中忍になってから初めての高ランクの任務であった。
「もしかして俺って、すごい忍者の仲間入り?」
しかし、内容を聞かされるにつれ憂鬱になっていった。
「それって、俺、一人で行くわけ?」
沈むイルカに薬品開発を主とする部にいる友人が慰めてくれた。
「まあ、そんな気を落とすなって」
友人はイルカの細い腕に慎重に注射している。
これで五本目だ。
その盟約を結んでいる国へ行くには体内に、あらゆる薬を注入させておく必要があるらしい。
「その国の殿様が、ちょっと変わっているだけだから」と友人は言う。
「変わっているって盟約の親書を取りにきた忍に毒薬を飲ませることがか?」
イルカは呆れた顔になる。
「毒薬たって」
友人は肩を竦めた。
「死なない程度の毒だって。神経系やら幻覚系やら色々だけど」
それに、と友人は忍らしく目を鋭くさせる。
「これくらいの毒薬で死ぬような忍がいる国とは盟約を結ばないって暗に言っているのさ」
注射が終わるとイルカに数種類のカラフルな錠剤を渡した。
「あ、あと、これ飲んでな」
「うん」
薬と共に渡された水を口に含み、イルカは錠剤を飲み下した。
ごくり、と錠剤を飲み干したイルカに今度はオブラートに包まれた粉薬が渡される。
「これも飲んどいて」
「たくさん、あるんだなあ」
ぶつぶつと言いながらもイルカは素直に従った。
「こんなに、いっぺんに飲んで平気なんだろうな」
「イルカの薬へのアレルギーテストは済んでいるから大丈夫だ。安全性も確認されているし、上からもお墨付きの薬だし」
それに、と薬品開発部の友人は胸を張った。
「木の葉の医療は世界一!」
ついで言った。
「うちの薬品開発部も世界一!」
「あ、そー」
イルカは支持されたとおり一応、薬を飲んだのだった。
そういう訳でイルカは盟約の更新には毒を盛るという一風変わった国へと行ってきたのだ。
「なーんか。体、だるいな」
体の動きが、いつもより鈍く感じる。
「ったく、もー」
溜め息を一つ、吐いてイルカは木の根元に腰を下ろした。
ぶつぶつ言って腰の水筒に手を伸ばす。
貴重な水を一口、飲むと目を閉じる。
薬品開発部の友人との会話が思い出された。
友人は言っていた。
「まあ、毒を盛るのを除けば、その国の殿様はいい人だから」
「いい人が毒を盛るのか?」
「ある種の趣味なんじゃないの」
「趣味で毒を盛るって・・・」
イルカが絶句していると友人は軽く笑った。
「そういう人間もいるってことだろ。だからイルカの体には、どんな毒にも対抗できるように解毒剤やら中和剤やら仕込んだんだから」
任務前の注射やら錠剤、粉薬は全部、毒に対抗する処置だったのだ。
「あ、効果は一週間くらいだから」
それは忘れるな、と友人は念を押した。
「行って帰ってくるだけだから一週間もあれば充分だろう」とも。
「でもさー、薬が利きすぎて体が思いんだけどな〜」
木の根元に座って空を見上げる。
空は夕暮れ色に染まっていた。
もう歩く元気はイルカにはない。
「今日は、この近くの隠れ家で一泊するかな」
幸いにも歩いて数分の場所に木の葉の忍専用の隠れ家があった。
結界が張られて一般人には見えないようになっているが場所は分かる。
「そうしようっと」
水筒を腰に戻してイルカが立ち上がった時だった。
がさ、と座っていた木の葉が揺れた。
風で揺れたのではない。
すっと立ち上がったイルカは気配を消した。
手には既に武器をなるクナイを持っている。
戦闘準備に入っていた。
がさがさと枝が揺れて、人の気配が濃厚になる。
きた!
イルカが思ったと同時に木から人が降ってきた。
「わ、わーっ!」
叫んだイルカは咄嗟に降ってきた人を受け止める。
しかし受け止めたもののイルカの細腕では、その重さに耐え切れず地面に尻餅をついてしまった。
「いてて」
顔を顰めて腕の中の人を見る。
その人間は変わった格好をしていた。
肌蹴た黒いマントから見た、その装束。
イルカも一度だけ、その姿を見たことがある。
暗い闇の中で。
「暗部?」
木の葉の暗部の格好そのものをしていたが、なぜかトレードマークの獣の面をしていない。
素顔をさらけ出していた。
左目の上には傷があり、髪は灰色という珍しい色合いである。
気を失っているらしく意識がない。
体格はイルカよりもよく、顔立ちを見るとイルカよりも年は上だろうか。
降ってきた人に外傷も特に見当たらない。
「この人」
ぽつっとイルカは呟いた。
「どうしてこんなとこに」
存在自体が秘密裏の木の葉の暗部が目の前にいることに呆然となる若きイルカであった。
若き忍の星2
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