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鳴き声 後編



「カカシ先生!」
赤い顔のまま、ばっと立ち上がったイルカはカカシをぐいぐいと押して受付所の外へ出そうとした。
「任務でお疲れですよね、早いとこ帰って休んでください!」
「え、だって、子犬が・・・」
先ほどの切なげな子犬の鳴き声が気に掛かる。
「こ、子犬なんて、ここに居る訳ないじゃないですか。カカシ先生の空耳ですって」
「いや、確かに」
確かに聞いた。
だけどもイルカは否定する。
「気のせいです、疲れているんですよ」
「そうかなあ」
「そうです」
力いっぱいイルカは、今度は肯定する。
「幻聴です、俺は聞こえてません」
きっぱり言い切られると、そんな気になってくるから不思議だ。
それに今は聞こえていない。
「そうかもね」
納得できない部分があるのだが、ここは一先ず退散することにした。
「じゃ、帰ります」
お休みなさい、イルカ先生。
カカシが、そう言うとイルカが、ほっとしたような顔を見せた。



しかし、次の日。
事の真相は、あっさりばれた。
昼近く、カカシは同じ上忍のアスマと歩いていた。
調べるものがあったので資料室に行った帰りだった。
「あ、イルカじゃねえか」
見ると廊下の角から両脇にファイルや書類を抱えたイルカが歩いてきた。
「本当だ。イルカ先生、夜勤だったのに、まだ帰ってなかったんだ」
夜勤だったイルカは継続して、そのまま仕事をしているようで。
「あ、アスマ先生、カカシ先生」
二人の姿を見つけると、ぺこりと頭を下げてくる。
「こんにちは、お疲れ様です」
「お疲れなのはイルカ先生でしょ、昨日は夜勤だったのに」
「だな、目の下に隈が出来ているぞ。早く帰れ」
アスマの指摘にイルカは、はははと笑う。
「なんか帰りそびれちゃって」
昨日はカカシに、あれほど帰れと言っていたのに。
「これが終わったら、帰ります」
両脇に持っているファイルや書類を片付けたらということらしい。
「今日は、それが終わったら終わりなのか?」
「はい、後は帰って寝るだけです」
出勤は明日です。
夜勤などはないようだ。
ふとカカシは昨日の夜にイルカと約束したことを思い出した。
今夜、食事に行こうと誘っていたことを。
「イルカ先生、今日の夜なんですけど」
疲れているなら今度、と確認しようとしたときだった。
くうくう、きゅうん。
昨日、聞いた子犬の鳴き声が聞こえてきた。
空耳でも幻聴でもない。
きゅうんきゅうん、くうん。
発信源は・・・。
声のする方に視線を向けると、イルカが昨日の夜と同じく真っ赤になっていて。
くう、とまた鳴き声がする。
イルカの腹部の辺りから。
「イルカ」
アスマがポケットからチョコレートを取り出す。
「食べろ、腹が減ってんだろ」
それはイルカのお腹の音だったのだ。
お腹が減ったときのイルカのお腹の音。
子犬の鳴き声にしか聞こえない。
「・・・イルカ先生のお腹の音?」
「そうなんです」
真っ赤になったイルカが、こくりと首を縦に振る。
その間にも音は鳴っている、子犬の鳴き声としか思えない音が。
くんくん、きゅううん。
「え・・・・・・。えええええ〜」
生まれて初めてカカシは心底、驚いた声を出したのだった。



「つまりだな」
イルカと別れた後、上忍の控え室に戻るとアスマが説明してくれた。
「昔から、ああなんだ、イルカは」
子供の頃から腹の音が、あんな音だと。
「特異体質なのか、ただの偶然なのかは知らんがなあ」
「ふーん」
「イルカが子供の頃は大変だったんだぜ」
アスマが、以前に子供たちがしていたような遠い目をして昔話をしてくれた。
「イルカが子供の頃はなあ、よく悪いことして叱られるとおやつ抜きとかあったんだよなあ」
「ふーん」
イルカが子供の頃の話は興味深い。
むしろ、興味津々だ。
「やんちゃで悪戯っ子だったからな、イルカは」
今の姿からは想像できない。
「で、よく叱られては親父さんやお袋さんに、罰としておやつ抜きとか、ご飯抜きとか言われてたもんだぜ」
子供の頃には、よくある叱り方だ。
たいてい、謝れば食べさせてもらえるのもセオリーだ。
「そんな時、イルカはよう」
何かを思い出したのか、アスマは苦い顔をする。
「謝るんだ、ごめんなさいって」
「・・・で?」
悪いことをしたら、謝る。
普通のことだ。
子供のイルカも、そこんところはちゃんと解っていたのだろう。
「その謝り方がなあ、まあ、なんつーか・・・」
「何か問題あったの?」
「問題っていうかな〜」
中々、話さないアスマにカカシが焦れる。
「さっさと話しなさいよ、こっちは楽しみに待っているんだから」
「子供のイルカは俺が言うのもなんだが、可愛かったぜ。ちっちゃくてよ」
「ふーん」
少しだけ、カカシはムカッとなる。
自分の知らないイルカをアスマが知っていることに。
「イルカは子供の頃、叱られると反省のためか、部屋の隅で膝を抱えていて俯いていた」
その様子をカカシは想像してしまう。
「暫くするとな、叱ったお袋さんや親父さんのところに行って、こう言うんだ。『ごめんなさい、もうしません』って」
「それで?」
「ちっちゃいイルカが黒い大きな目に涙をいっぱいにして、謝ってこられると何かこう、こっちが罪悪感を覚えるって、よくイルカの親父さんは俺の親父に愚痴っていた」
アスマの親父とは現火影の三代目だ。
三代目とイルカは家族は親交があったらしい。
「・・・それで?」
「イルカの親父さんは厳しい人だったんだが、謝ってくるイルカには激しく弱かったらしくてな。ちっちゃい育ち盛りのイルカがおやつ抜きにされて腹が減って、腹をくうくう鳴らしながら謝ってくると壊滅的なダメージを受けるとぼやいていたぜ」
そんなイルカが謝ってくれば、破壊的だ。
例え、イルカが悪くてもカカシなら許してしまうかもしれない。
というか、アスマの話を聞いてカカシは燃え上がっていた、否、萌え上がっていた。
「なにそれ、可愛い!」
実物を自分の目で見てみたかった。
そんなイルカを見ているアスマが憎い。
「ずるい、そんなイルカ先生を見ているなんて!」
「ま、可愛かったぜ、実際」
アスマは肩を竦める。
「可愛すぎて、食べ物系の罰はちっちゃいイルカにするには、こちらにダメージがでかすぎたし」
それの名残だろうか、アスマがイルカを見ると菓子やら何やらあげてしまうのは。
「だってなあ、あの鳴き声みたいな腹の音を聞いたらよ」
ふう、とアスマは息を吐き出す。
「可哀そうになって、こっちの胸が痛むからな」
同感だった。



それから。
カカシは、あの日の夜、イルカに差し入れしていた上忍に話を聞いた。
「一度、任務で一緒になったときに腹の音を聞いたんだ」
忍犬使いで犬好きの上忍には堪らなかったらしい。
「あんな腹の音をするなんて反則だよなあ」
くうくう、きゅうんなんて子犬の泣き声を聞いたら。
「犬好きなら黙ってられないだろう?そうだろう?つい、腹を減らしてないか気になってしまうだろう?」
力説された。
それから、イルカを見かけると差し入れを欠かさなくなったとのことだった。
また、子供たちにも話を聞いた。
「一度、昼飯前の授業でイルカ先生のお腹が鳴ったんだってば」
「丁度、そのとき、道徳の授業で運の悪いことに子犬が捨てられた話をしていたのよね」
「静かになった教室で、しんみりとした空気の中、急に子犬の鳴き声が聞こえてきた」
それがイルカの腹の音だったらしい。
「すっげえタイミングよく聞こえてきて、俺、びっくりしたってば」
「子犬の鳴き声が余りにも哀しく聞こえて胸が痛くなりました」
「・・・イルカ先生から聞こえてくるのが解って、更にびっくりしたが」
そのとき、イルカは朝ご飯を抜いてきたからとか必死に言い訳していたらしい。
「それ以来、イルカ先生が気になって気になって」
「お腹を空かして鳴いているんじゃないかと」
「それで差し入れしてしまうんだ」
子供ながらに考えるものがあったのだろう。
「なるほどねえ」
つまり、イルカに食べ物を差し入れする人間はイルカの鳴き声を聞いたということなのだ。
「ま、あれを聞いたらねえ」
聞いてしまった人間の心理が、よく解る。
「腹が減ってないか、気になっちゃうよねえ」
斯く言うカカシも、その一人になっている。



あの日、イルカと夜、食事に行ったときに謝られた。
ご飯を食べる前に。
「すみません、腹の音が変で」
子供の頃はともかくとして、大人になった今では鳴らないように気をつけていたのだという。
「なんですけど、時々、鳴っちゃって」
ひどく恥ずかしそうにするイルカはカカシの目には可愛く映る。
ちっちゃいイルカじゃなくても可愛かった。
「いいんですよ」
カカシはイルカの頭を撫でたくなる衝動を抑えるのに一苦労だ。
「俺の前では、幾らでも鳴いてください」
「え?」
「鳴いても笑ったりはしませんから」
もっと聞きたい、カカシだけが。
「イルカ先生の鳴き声を聞くと、胸がきゅんきゅんするんです」
何を言っているのか、とイルカが首を傾げる。
「イルカ先生に恋しちゃいました!」
「・・・・・・は?」
イルカの黒い目が大きくなる。
「可愛くて仕方ありません」
何を言えばいいのか、何と言えばいいのか。
戸惑っているのがイルカは顔に出る。
「好きです、イルカ先生」
イルカが返事をする前に。
くうん、と鳴き声が聞こえた。
嬉しそうな甘えるような。
そんな鳴き声だった。



鳴き声 前編




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