ナチュラル54〜56
『ナチュラル54』
「ただいま〜」
その日、カカシが帰宅したのは深夜零時を過ぎていた。
ぎりぎり終電で帰ってきたら、こんな時間になってしまったのだ。
静かに鍵を開けて、音を立てないように部屋に入る。
寝ているだろう、イルカを起こさないように。
しかし、玄関の電気を点けたカカシは眉を潜めた。
靴がない。
イルカの靴が。
ということは、まだ帰ってないということで。
急に不安になったカカシは靴を脱ぎ、急いで部屋の中に入った。
部屋中の電気を点ける。
真っ先に寝室に行ったのだが、イルカの姿はない。
他の部屋にも、台所にも風呂場にも洗面所にもイルカの姿はなかった。
「帰ってないのかな・・・」
飲み会でもイルカが、こんなに遅かったことはない。
たいていはカカシより早く帰っている。
それにイルカはアルコールが、そんなに得意ではなかったはず。
「大丈夫かな・・・」
心配になったカカシは携帯電話を取り出すとイルカに電話をする。
「飲みすぎて倒れているとかじゃ・・・」
しかし、携帯電話は繋がらなかった。
お決まりの、ただいま電源が入っていないかとか電波の届かないところにとかアナウンスが流れるだけ。
どうやら、イルカの携帯電話の電源は入ってないらしい。
「・・・イルカさん」
どこで、今、何をしているのか。
もちろん、イルカは大人で自分で自分のことは出来る。
だけども。
それとこれとは違う。
カカシはイルカのことが好きだから心配なのだ。
「ああ〜、帰ってこない」
とりあえず、シャワーを浴びたカカシはベッドに入らず、玄関の見える位置に座っている。
玄関を見て、時計を見て、携帯電話を見て。
この動作を何度となく繰り返している。
既に時刻は丑三つ時になっていた。
「遅い、イルカさん、どこにいるんだ」
イライラも募る。
よっぽど、イルカの会社にいる知り合いのハヤテに電話しようとしたのだが、さすがに時間が時間なので電話するのを理性で押しとどめた。
こんな時間に電話したら、ただの迷惑電話だ。
「ああ〜、もう!」
がしがしと頭を掻く。
「こんなことならイルカさんに発信機をつけるとか、携帯電話を二台持たすとか、しとけばよかった」
無茶なことを言い出しているカカシだ。
「どうしよう、探しに行こうかな・・・」
しかし、探すといっても検討がつかない。
心当たりもない。
ただ、イライラと家でイルカを待つしかないのか。
ちなみに明日は平日で休みではない。
仕事がある。
休日前というのなら、多少は遅くなってもしょうがないと思うのだが。
明日も仕事がある場合はイルカは無茶なことはしない。
仕事を大事に思っているし、仕事に差し障りがあるような行動は慎む人間だ。
それなのに、こんな時間になっている。
時計の針は三時になろうとしていた。
おやつの時間ではなくて、深夜の三時だ。
「もしかして、朝帰りとか?」
カカシの顔が蒼褪めたときだった。
玄関から音がした。
どん、と玄関扉にぶつかるような音がしてから、ノブががちゃがちゃと回された。
カカシは鍵を閉めてないので、がちゃっと玄関の扉が開く。
よろよろというより、ふらふらしながらイルカが玄関に倒れこんできた。
「イルカさん!」
慌てて近寄ると、強いアルコールの匂いがする。
「だ、大丈夫?」
倒れこんだイルカを起こそうと肩に手を掛けると払いのけられた。
「イルカさん?」
よく見るとイルカの顔は青を通り越して、真っ白で口元を押さえている。
体が震えていて、とても普通の状態ではない。
イルカは口元を押さえたまま、靴と荷物を放り出すとお手洗いに駆け込んでしまった。
中からは絶え間なく、流水の音がする。
そして、そのまま暫く出てこなかったのであった。
『ナチュラル55』
やっと出てきたイルカの顔は、やつれていた。
「イルカさん、だ、大丈夫?」
体をふらつかせているイルカの体を支えるカカシ。
「大丈夫、です」
カカシの腕に支えられているイルカは、ちっとも大丈夫そうに見えない。
「とりあえず、風呂・・・、シャワー浴びてきます」
「あ、うん、そうだね」
イルカを風呂場まで誘導する。
「イルカさん、気分が悪くなったら呼んでね」
「はい、すみません」
そしてイルカは風呂場に消えた。
風呂場からは、ザーザーとシャワーの音が聞こえる。
イルカが倒れでもしたら、と心配なカカシは風呂場の前を、うろうろと行ったり来たりしていた。
「イルカさん、気分悪くなったりしていないかな」
声を掛けようとしたとき、シャワーの音が止んだ。
「イルカさん」
呼びかけると「今、出ます」とイルカの先ほどよりも、しっかりした声が聞こえた。
「分かりました」
おそらく、喉が渇いているだろうイルカのためにカカシは冷たいものを用意しに台所へと向かった。
冷蔵庫から冷たい飲み物だし、グラスに注いでいるところへイルカが現れた。
濡れた髪をタオルを拭きながら。
「イルカさん、これ」
飲み物を差し出すとイルカは、一気に飲み干した。
やはり、喉が渇いていたらしい。
立て続けに二杯飲んでイルカは、ふうっと息を吐き出し、生き返ったような顔をしている。
「おいしい・・・」
「そ、よかった」
イルカの様子にカカシは、ほっとする。
「具合、良くなってきたみたいだね」
「ええ、はい・・・」
そこで、はっとしたようにイルカはカカシを見た。
「カカシさん、もしかして寝てないんですか?」
時計の針は、もう四時だ。
早朝の。
「え?ああ、そうですね」
イルカのことが心配で、とても寝れなかった。
「ご、ごめんなさい!」
イルカが、がばっと頭を下げた。
「すみません、連絡もしなくて。途中で携帯の電源切れちゃって。公衆電話から電話と思ったんですけど、抜けられなくて。借りようにも借りれなくて」
「まあまあ、気にしないでください」
イルカが帰ってくれば、睡眠不足くらいなんてことない。
「それより珍しいですね。イルカさん、こんなになるまで飲むなんて」
「それが・・・」
イルカの眉が八の字に下がる。
「お得意さまの偉い人が来て、その接待だったんです」
「へえー」
「四次会まで付き合わされて。ハヤテやゲンマさんは要領よく、二次会で姿を消しているし」
そこら辺はイルカは立ち回りが下手なのであろう。
人がいいから断れない。
「久々にグロッキーです」
頭を上げたイルカは倒れるようにカカシに抱きついてきた。
というよりも、寄り掛かってきた。
「すみません、カカシさん」
迷惑掛けて、と。
「迷惑なんて」
滅多に甘えてくれないイルカの甘える仕草にカカシの頬が緩む。
抱きついてきたイルカを、軽々、持ち上げた。
「とりあえず、出勤まで時間があります。少しだけでも眠りましょ」
出勤時間まで二時間くらい。
短い時間だったけれども、しっかりとイルカを腕に抱きしめて眠るカカシは満ち足りた気分であった。
『ナチュラル56』
たった二時間だけであったが、イルカを腕に抱いて寝てカカシは大満足であった。
ものすごく満たされて、幸福の絶頂だ。
朝から、こんなに幸せだなんて・・・。
深酒をしてだいぶ、ダメージを食らっていたイルカも二時間寝てから、きっちりと起きた。
以外に、しゃっきりとしている。
二時間前とは別人のように、すっきりと爽やかだ。
「時間は短かったですけど、睡眠の質が良かったんでしょうね」
微笑んだイルカは、そう言った。
少し照れて、頬がほんのりと赤い。
カカシと一緒に寝たから、だとはストレートに言わないのがイルカらしくて可愛くて、にやにやとしてしまう。
「俺はイルカさんと寝たから、ぐっすり寝れましたよ」
ほんのり赤のイルカの頬が、くっきり赤に変化しつつある。
「イルカさん、抱き心地最高!」
「・・・カ、カカシさんてば、朝から」
「あーあ」
カカシはイルカに纏わりついた。
「なーんで、今日、仕事なんでしょうね〜。イルカさんを抱きしめて、もっともっと、出来たら一日中、、寝ていたかったのに」
「朝から何を言っているんですか」
完全に赤くなったイルカはカカシから、すすっと離れる。
「じゃ、じゃあ、俺はもう出勤しますから。鍵をお願いしますね」
「え〜、もう行っちゃうの?」
「はい、朝に会議があるので。それと・・・」
イルカが心配そうにカカシを見た。
「カカシさん、寝不足で大丈夫ですか?なんなら、今日は会社を休んだ方が」
「俺よりイルカさんでしょ」
カカシは呆れて、肩を竦めた。
「昨日ってか、今朝まで飲んできて睡眠も碌に取らないで。おまけに朝飯も抜いて」
イルカのことなら何でもお見通しで。
どことなく、叱るような口調だ。
「俺なら大丈夫ですから」
玄関で靴を履いたイルカがドアノブに手を掛ける。
「駅のコンビニでドリンク剤でも買って飲みますから」
行って来ます、とイルカは慌しく出勤してしまった。
「ったく、もう。イルカさんたら」
イルカを見送ったカカシは溜め息を吐いた。
「無理しちゃって」
いつも無理をするイルカが心配で堪らない。
「倒れたりしないかな・・・」
今日は、いつもより多めにメールと休憩中に電話を入れようと思う。
「さてと俺も出勤しなきゃ」
準備準備、と合間に欠伸が立て続けに出た。
「ちょっと眠いかな〜」
今日は早めに帰ってきて、早く寝よう。
カカシは、そう思っていたのだが。
その日は猛暑で、カカシは外回りの仕事が待っていて。
そして、悲劇は起こった。
「カカシさん、大丈夫ですか!」
玄関の扉が、ばんと音を立てて開き、ばたばたと足音がして、慌てたイルカが寝室に飛び込んできた。
「カカシさん!倒れたって聞いて!」
「あ、イルカさん」
暢気にベッドで寝ていたカカシは上体を起こした。
「大丈夫ですよ。ってか、何で知っているんですか?」
「ヤマトさんから連絡を貰って」
「・・・ヤマト」
「カカシさんが仕事中に倒れて、病院で点滴受けて、帰宅したって」
イルカの顔は泣きそうになっている。
「ヤマトさんは先輩も年だからとか、鬼の霍乱とか冗談言ってましたが、俺、心配で心配で」
「・・・あいつの言うことは気にしないでください」
後で問い詰めると心の中で思ってから、カカシはベッドから起き上がり、立ち尽くすイルカの手を取った。
「暑さにやられただけですよ、一時的なものです」
本当に、それだけだった。
「でも、俺の所為です」
「イルカさんの所為じゃないですよ」
「睡眠不足が祟ったんですよね」
「違いますよ」
どんなに否定してもイルカは納得しなかった。
自分を責めている。
「だって、カカシさんの普段の体力を考えると倒れるなんて・・・」
それを指摘されると何も言えない。
やはり、ヤマトの言うとおり、年なのだろうか?と真剣に考え始めたとき、ふとイルカの額が目に入った。
痣が出来て擦り傷もあり、出血している。
「どしたの、これ?」
手を伸ばして、そっと傷に触れる。
「え?何ですか?」
「おでこに怪我しているよ」
たった今気がついたようなイルカは、首を傾げいるがは心当たりがないようで。
「そういえば、カカシさんが倒れたって連絡貰ったときは、まだ会社で」
動揺して座っていた椅子から落ちて、部屋から出るときドアに頭をぶつけて、会社のロビーの階段から転がり落ちそうになって危うく転んだだけで済んだ、かもしれないとイルカは話してくれた。
「あのねえ、イルカさん」
イルカの話を、どきどきしながら聞いていたカカシは、ぎゅっとイルカを抱きしめた。
「イルカさんの方が、よっぽど心配ですよ」
気をつけてね、と。
カカシは心の底から言ったのだった。
ナチュラル50〜53
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