指先の温もり
カカシが任務から里へと帰ってくると里中が、ざわめいていた。
いや、ざわめいているというよりも賑わっていたという方が、しっくりとくる。
それも女の子達が色めきたっていて、きらきらと輝いて、とても綺麗に見えた。
それを気に掛けながらもカカシは自宅へと足を速める。
週末はイルカがカカシの家を訪れるのが、最近の習慣になっていた。
平日はイルカはアカデミーやら受付けやらの仕事があり、更にアカデミーへを持っていく教材や授業の準備などに負われて忙しい。
なので平日はカカシがイルカの家に行くことが多かった。
だけど今日は、もう金曜日の夕方、イルカがカカシの家に来ているかもしれない。
大抵、金曜の夜にはカカシの家にイルカは来る。
いつ来てもいいように合鍵は渡してあった。
いつでも来てもいいと言ってある。
例え、それが真夜中でも早朝でも、だ。
イルカが来るのならカカシは、いつでも大歓迎だった。
今日は、もしかしてイルカが自分を「お帰りなさい。」と笑顔で迎えてくれるかもしれない、そう思うとカカシの足は速さを増した。
「ただいま〜。」
カカシが家に着くと家の中は真っ暗で電気は点いていなかった。
人の気配も、勿論ない。
「残念、まだ来ていないのか。」
イルカ先生、と呟いてカカシは家に上がり暖房器具をつけて部屋の中を温める。
外は寒く、灰色の雲からは今にも雪が降ってきそうな感じであった。
「イルカ先生、遅いな・・・。」
温まった部屋の窓から、カカシが外を見ると雪が降り始めていた。
ちらちら、と小雪が舞っている。
「もしかして今日は来ないかな・・・。」
イルカは仕事が長引いているのかもしれないし、遅くなったら、ここには来ないかもしれない。
会えないのは嫌だな。
カカシは思う。
いっそのこと迎えに行こうか、とも思ってしまった。
でもイルカとの深い仲、友達を超えた親密な関係は公にしていないし、突然、カカシがイルカの職場にイルカを迎えに行ったら、イルカは何と思うだろうか。
皆に知られることに対してカカシは何の抵抗もないのだけれど、イルカは違うかもしれない。
カカシと付き合っているのを上忍に知られてるとイルカが、再び、いい意味で揶揄われたりしてしまうかもしれないし。
そのことを考えると悶々としてしまうのだが、それを打ち消すべくカカシは薬缶に水を淹れて湯を沸かし始めた。
寒い中、イルカが着たら温かい茶でも飲ませてあげようと思いながら。
カカシがイルカと親密になったのは、ちょっとした切っ掛けだった。
切っ掛けというか、怪我をしたイルカをカカシが助けたのが始まりだ。
本当の初めは、もっとずっと前だったけれど。
そして怪我をしたイルカの看病をしたのが功を成し、カカシはイルカとの親密な関係を成立させたのだ。
助ける際に上忍の自分が中忍だと嘘をついた、という都合の悪い部分は、はしょりながらカカシは回想する。
「だって初めてキスした人だから。」
だから好きになってしまった。
それから、ずっと好きだった。
「でもさ〜。」
沸いた湯をポットに入れながらカカシは呟いた。
「もしも、あそこでイルカ先生に口移しをいえどキスしてなかったら、今頃、どうなっていたのかな・・・。」
ちょっと考えてみる。
「あの時、もしもイルカ先生と何もなかったら、今も俺とイルカ先生との間には何もないってことなのかなあ。」
薬缶の湯を入れ終わり、ポットの蓋を閉めるとカカシは眉を潜めた。
「ということは、イルカ先生は俺じゃない他の誰かとキスしたりしてたってことか?」
キス以外のあんなことや、こんなことも・・・。
俺だって、まだしていないのに!
そんなことを考えるとカカシの胸の中は猛烈に、もやもやとしてくる。
「他の誰かって誰だよ。そんなの許せん!」
自分で勝手に考えたことにカカシは怒っている。
仮定の話なのにだ。
カカシが、しょうもないことを考えていると玄関の扉が控えめに、こんこんとノックされた。
気配でイルカと分かる。
「はーい、どうぞ。」と返事をすると、がちゃり、と扉が開く。
「こんばんは、カカシさん。」
両手に荷物を持った、体中、雪だらけのイルカが、にこりと笑って挨拶をしてきた。
「あ、いらっしゃい。」
途端に、ころっと態度を変えたカカシは、いそいそとイルカを出迎える。
イルカの手から荷物を受け取り、雪が積もって白くなったイルカの頭や肩の雪を払う。
降り落ちる雪の中を歩いてきただろうイルカは、体に積もった雪で黒い忍服が真っ白になっていて、とても冷たかった。
「こんなに冷たくなっちゃって。」
玄関先でカカシはイルカの体に手を回して、ぎゅうと抱きしめた。
「ここも冷たいですよ。」
顔を近づけてイルカの耳朶に唇を寄せる。
むき出しの耳朶は、特に氷のように冷えていた。
カカシが、ふっと温かい息を吹きかけるとイルカの体が震える。
寒さのためなのか、はたまた、違う意味でなのか。
そんなイルカの反応を楽しそうに眺めたカカシはイルカを抱きしめていた腕を離した。
「さ、あがってイルカ先生。今、熱いお茶でもいれますから。」
「あ、はい。」
カカシはイルカが持ってきた荷物を受け取り台所へと運ぶ。
「あ、それ、今日の夕飯の材料です。適当に買って来ました。」
靴を脱ぎながらイルカが言った。
「カカシさん、今日くらいに任務から帰ってくるって言っていたから。こっちに来てみてよかったです。」
イルカは額当てもベストもとり、寛いだ姿になる。
結っていた髪も雪で濡れたのが気になったのか、解いてしまっていた。
「はい、お茶ですよ〜。」
カカシがマグカップに淹れた熱い茶を持ってくるとイルカは丁寧に礼を言ってから受け取った。
イルカはカカシのベッドの端に座っていてカカシも、その隣に腰を下ろす。
湯気の立つマグカップを、ふうふう、と冷ましてイルカは一口飲んだ。
「美味しいです。あったまりますね。」
「じゃあ、俺も一口。」
イルカの手に持っていたマグカップから、カカシも一口、茶を飲む。
「あ、ホント、美味しい。イルカ先生の味がするね。」
「・・・そんな味ありませんよ。」
体が温まったのかイルカの顔は、ほんのりと赤い。
他にも理由があって赤いのかもしれないが・・・。
そんなイルカを微笑ましく見詰めながらカカシは、幸せに浸る。
一緒にいられて幸せだなあ。
ほんと、俺って幸せ者だ。
にこにこ、とする顔が止められない。
「あ、そうだ。」
イルカがベッドの脇のサイドテーブルにマグカップを置くと立ち上がった。
自分が持ってきた荷物の方へ、すたすたと歩いていく。
荷物は台所のシンクの横に置いていった。
その荷物の中をイルカは、がさがさと漁っていたのがお目当てのものが見つかったのか、小さな包みを手に持って再びカカシの横に戻ってきた。
「実はカカシさんに、いいもの買ってきたんです。」
「いいもの?」
「はい。カカシさん、最近、疲れ気味だと言っていたので、甘いものでも食べないかなあって・・・。」
「甘いものねえ。」と言いながらカカシは首を傾げた。
最近疲れ気味だ何て言ったけ?と思いながら。
「えっと、ほら、一ヶ月くらい前にカカシさん疲れたって言っていたじゃないですか。その時、肩を揉んであげたら、すごく喜んでくれて・・・。」
「一ヶ月前は最近じゃないでしょう。」
突然、何と言い出すのかとカカシが訝しげにイルカを見ると、イルカは急いで付け足すように言う。
「でも、今日だって任務から帰って来たばかりで疲れているでしょう?」
「まあ、疲れてないこともないけど。イルカ先生の顔を見たら元気になりました。肩を揉んでくれたら、もっと元気になるし・・・。」
一旦、言葉を切って伺うようにイルカを見る。
「キスしてくれたら、もっともっと元気になります。」
ストレートにお願いしてみた。
「イルカ先生がキスしてくれた分だけ、俺は元気になります。」
ベッドの上でカカシは身を乗り出してイルカに迫ってみる。
要するにキスを強請っているのだ。
身を捻って交わそうとするイルカだったが、イルカの体の両脇にカカシに手をつかれて囲むように迫られると逃げ道はなく、そのままイルカは、ぽすんとベッドに押し倒された。
カカシがイルカを見下ろす体制になる。
これは楽しい。
口端をあげてカカシは思わず、にやりとしてしまった。
なんというか、これからイルカを自分の手で、どうにでもできるかもしれないと思うと自然に、わくわくしてしまう。
イルカは、ちょっと怯えながらもカカシを信頼している目で見詰めている。
カカシが色々な何かをイルカにしたい、と考えているとは微塵も思っていないような目であった。
「・・・あ。」
何かを思いついたらしいイルカは手に持っていた包みを開けて、小さな何かを指先で摘んだ。
「はい、カカシさん。あーん、ってしてください。」
指先で摘んだ何かをカカシの口元に持ってくる。
「はい、あーん。」
イルカの顔は笑顔だ。
その笑顔に釣られてカカシは口を開けた。
イルカの指先がカカシの唇に触れる。
そっとカカシの口の中に、それは入れられた。
口の中に広がる甘さと独特の匂い。
「・・・チョコ。」
「はい、そうです。」
カカシの下でイルカは笑った。
「美味しい?カカシさん。」
イルカは、もう一つ、チョコを指先で摘むとカカシに口に持ってきた。
そのチョコは小さな可愛いハート型のチョコである。
そこで始めてカカシは思い出した。
「今日って、チョコレートの日?」
「・・・まあ、そうです。」
イルカが苦笑いをする。
「カカシさんにチョコをあげようか、どうしようか、ずっと迷っていて・・・。」
夕飯の材料をスーパーで買いながらイルカは迷っていたらしい。
チョコなんて男同士であげるものなのかな、と。
「でも、好きな人にはチョコをあげようと決めたら、どんなチョコがいいのかと、また迷ってしまって・・・。」
煌びやかなチョコを女の子たちに混じって買う勇気もなく、結局、スーパーに売っていた、ちょっと可愛らしい小さなハート型のチョコにしたのだという。
「そうだったの。」
カカシのためのチョコを買うのを悩んでいたためにイルカはカカシの家に来るのが遅くなったらしい。
任務から帰ってきて里がにぎやかになっていたのも、女の子たちが色めきたっていたのも、今日は年に一度、好きな相手にチョコを送る日だったからなのだ。
「こんなチョコで、ごめんなさい。」
イルカは済まなさそうな顔をした。
「もっと美味しいチョコがあるって聞いたんですけど、そういうチョコを売っている店は女の子だらけでは気が引けて・・・。」
「いいんですよ。」
カカシの下で、しょげているイルカの額にキスしてからイルカの指先のチョコを、ぱくりと食べる。
甘いチョコが今日に限って、やたら甘く感じられた。
「イルカ先生が食べさしてくれるなら、どんなもので美味しいし。このチョコなんて。」
今度はイルカの頬にキスしてからチョコを食べる。
「こうして食べると、すごく美味しいです。」
「・・・だったら、よかったです。」
カカシにキスされてから、イルカの指先で摘んでいるチョコをカカシが食べる。
恥ずかしさからなのか、チョコを摘むイルカの指先が少し震えていた。
遂にカカシはイルカの持ってきたチョコを、キスしながら全部食べ終わってしまった。
イルカが持ってきたチョコも数が少なかったのもある。
チョコがなくなってイルカは少し、ほっとしていた。
キスされるって緊張するなあ、なんて、のんびり考えている。
最後のチョコを食べ終わるとカカシは自分にチョコを食べさしていたイルカの手首を掴んで、その指先にキスを落とした。
可愛い人だなあ、とカカシはイルカのことを愛しく思う。
今度はチョコのお礼を俺がしないとね、イルカ先生が驚いちゃうようなことをしようかな〜、と物騒なことも考えていた。
「ねえ、イルカ先生。」
「はい?」
「俺、チョコのお礼がしたいなあ。でも、生憎、今、チョコはないから・・・。」
ないから別のもので、と言いかけたのにイルカは笑って肩を竦める。
「じゃあ、今度、ケーキでも買ってください。」
イチゴのショートケーキとか、なんとか言っている。
「え、あの、そういうことじゃなくて・・・。」
「あ!それか、今日の夕飯作ってくれるとか?」
イルカは嬉しそうに提案した。
「・・・まあ、それでもいいですけどね。」
カカシは続きを諦めてベッドから身を起こして立ち上がった。
念願のイルカから「あーん。」って食べさせてもらったことだし。
「いいですよ、ケーキでも夕飯でも何でもしましょう。」
「え?いいですよ。カカシさん、任務でお疲れなのに。冗談で言ってみただけですから。」
慌てたイルカが「カカシさん。」と引き止めるとカカシは、にやっと笑って振り向いた。
「やっぱり、ちょっとだけ。」
何を?とイルカが聞き返す暇もなくカカシはイルカを、しっかりと抱きしめて口づけた。
キスをした、イルカに。
有りっ丈の愛をこめて、いつもより長く強くキスをする。
キスが終わった時のイルカは、仄かにチョコの香りを口元から漂わせ息を切らしていた。
そんなイルカを満足そうに眺めてカカシは、上機嫌で夕飯の準備に取り掛かったのだった。
その手の温もり20
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