眼鏡色の君 9
追いかけていくと、路地裏でイルカは誰かと話していた。
相手は見知らぬ男性で、見たところ一般人のようである。
「今は、もう大丈夫ですから、ぜひ、いらっしゃってください。」
イルカは見知らぬ男性に熱心に言い、頭を下げていた。
「あのときは本当に申し訳ありませんでした。五代目も反省なさっておりますので・・・。」
何やら五代目火影絡みらしい。
そういえば、この任務も火影直々だとか言っていた。
男性は疑わしそうな目でイルカを見ていたが、やがて頷いた。
「・・・そんなに言うのなら。」
「よかった。」
安堵の表情をイルカは浮かべる。
「本来なら、この場にてお返しするのが筋なのですが、現在、持ち合わせがありませんので。」
本当にすみません、とイルカは再度、頭を下げた。
「御都合のよい時に木の葉の里にお寄り下さい、必ず、お返しいたします。」
男性はイルカの真摯な態度に納得したようだ。
「分かった。必ず、行かせてもらう。」と言いイルカの背後に立っていたカカシを一瞥すると行ってしまった。
男性の行ってしまってから、カカシはイルカに訊いた。
「あいつ、誰ですか?」
当然の質問だ。
「ああ。」
イルカは苦笑いをする。
「あの方は五代目にお金を貸している人です。」
「金!」
「そうです、前に木の葉にいらしてお金を返してほしいと五代目に言ったのですが。」
男性は金貸し、つまり借金取りだったらしい。
そこでイルカは、ふっと息をはく。
「五代目は持ち合わせがなかったのでしょうか・・・。鉄亜鈴をあの方の目の前で握り潰しながら、もう少し返済を待ってくれるように、にこやかにお願いして。」
結果は聞かずとも分かる。
金の返済を迫った相手は五代目の怪力に、びびって逃げてしまったに違いない。
「それを目の前で見ていた俺は五代目を止められず、五代目も後にシズネさんに、たいそう怒られていて。」
イルカはそのことを、ずっと気に病んでいたに違いない。
悪いのは金を返さない五代目なのに。
「今は、ちゃんとお金を返す用意が出来たので、五代目も先のことを詫びてからお返ししたい、と仰っているんです。」
それで顔を覚えていたイルカが先ほどの男性を捕まえて、五代目の元にお金を取りに来るように伝えていたらしい。
「ふーん、そうだったんですか。」
何気なく聞いていたカカシだったが、ふと悪い予感がした。
「まさか、とは思いますが・・・。」
「なんでしょう。」
「その借金取りを探すのが任務だった、とは言いませんよね?」
火影直々の任務だとイルカは言っていたし、違うとは言い切れない。
五代目火影なら、やりそうであった。
イルカはカカシの言葉を聞いて微笑み、否とも応とも言わなかった。
その時、どこからか低い独特の笛の音が聞こえてきた。
忍の耳に、ようやく聞こえる笛の音で一般人には解らない。
イルカは、その笛の値を聞いて空を見上げた。
カカシも釣られて空を見上げる。
白い鳥が空を待っていた。
何かの合図のようだ。
その鳥を見てイルカの顔が、ぱっと明るくなる。
「どうしたんですか?」
「終わりです。」
「終わり・・・。」
終わりと言えば、一つしかない。
イルカの任務が終わったのだ。
「意外に早かったな。」
イルカは呟くとカカシの手を握った。
「里に帰りましょう。」
とても嬉しそうな顔だった。
任務が終わってからのイルカは実に素早かった。
仮の住まいに帰ると荷物が少ないせいもあったが、いつでも出ていけるように荷物が纏めてあった。
カカシの荷物も、もちろん少ないので、すぐに纏められる。
「行きましょう、カカシさん。」
「うん。」
イルカは特に、この街にも住まいにも未練はないようだった。
今まで住んでいた家にも、もう人がいたという痕跡はない。
忍は消える前にすべての痕跡を消していくが、イルカは実に鮮やかな手際である。
「店とかはいいの?」
「それは大丈夫です。」
辞める手配はしておいておいたらしい。
「俺は消えればいいだけです、後のことは仲間がやってくれますので。」
「そう。」
「さあ。」とイルカに強く促されて、カカシはイルカと共に街から姿を消したのだった。
街から放れ、人里離れた場所へ来るとイルカは立ち止まり、掛けていた眼鏡を外した。
元の顔がばれないように、念のために眼鏡はしていたのだ。
ここまで来れば眼鏡をしていたイルカを知っている者はいないだろう。
ついでにイルカは顔の傷を隠していた化粧のようなものも落とす。
薬品をつけた布で顔を擦ると本来のイルカの顔が現れた。
顔を横切るの傷のあるイルカの顔だ。
「あー、さっぱりした。」
はああ〜、と大きく息を吐きイルカは肩の力を抜いた。
腕を伸ばして伸びをしている。
「変装って疲れますね。」とカカシに言う。
「そうだねえ。」
いつものイルカに戻ったイルカをカカシは、まじまじと見た。
眼鏡を掛けたイルカも良かったが。
やっぱり、いつものイルカ先生が一番いいなあと思っていた。
鼻傷があるイルカの方がイルカらしい。
髪も、いつもの髪型に戻っていた。
結んだ髪が頭の天辺で楽しそうに揺れている。
ああ、なんていうか・・・。
いつものイルカが戻ってきた、そんな感じだ。
「俺のイルカ先生だ。」
久しぶりに見る、いつものイルカにカカシは抱きつく。
そして抱きしめた。
「眼鏡のイルカ先生もいいけれど。」
抱きしめる腕の力を強くする。
「このイルカ先生が一番好き。」
「カカシさん。」
カカシの言葉を聞いてイルカは照れくさそうに笑っていた。
帰る道々。
カカシはイルカに質問していた。
どうしても気になることがあったから。
「そういや、あの男・・・。」
思い出すと、むかっとなるが、はっきりさせておかなければならない。
「イルカ先生の肩に手をかけたり、店でやたら手を触っていたりした・・・。」
やはり思い出すと腹ただしい。
「あいつは誰なの?」
イルカに限って余所に心を移したとかではないとは思うし、信じてはいるが訊いておきたい。
「あいつ?」
首を捻っていたイルカは「ああ!」と言って、ぽんと手を打つ。
「あの男の人ですね。」
「・・・そう。」
ついカカシは仏頂面になる。
イルカは軽快に話した、特に後ろめたいところもないように。
「あの人の亡くなった弟さんに俺が、とても似ていたそうで。」
「弟?」
「はい。俺を見て、まるで弟が帰ってきたようだって。それで少しの間だけでも弟代わりになってほしいと涙ながらに頼まれたんです。」
蓋を開けてみれば、あの男は任務には全く関係なかったのだ。
弟としてだったから肩を抱かれても手を触られても、イルカは何も疑問を抱かなかったらしい。
「あのねえ、イルカ先生。」
がくっとカカシは肩を落とした。
そういうのはナンパの常套句、常套手段とも言える手口なのだ。
誰かに似ている、と言えば油断や同情を誘える。
それにイルカは肉親を亡くしているので、その手合いには弱いに違いない。
そう言おうと思ったが、カカシは黙っていることにした。
下手に言ってしまうとかえって、おかしな方向に話が行ってしまったりする、イルカの場合。
とりあえず、自分が目を光らせていようと心に誓うカカシであった。
「じゃあ、いつかの目元の傷やらは、あの男に殴られたんじゃないの?」
「殴られた・・・んじゃありません。」
イルカは首を振った。
「それは違います。」と否定する。
「じゃ、あの怪我は、どうして?」
イルカは言いたくないようであったがカカシは引かなかった。
だって、すごく心配したのだ。
「どうして怪我したの、イルカ先生?」
「・・・言わなきゃダメですか。」
「ダメです。」
きっぱり言うとイルカは観念したように白状した。
小さい声で。
「あの傷はターゲットを追跡していたら眼鏡が邪魔になって足元が見えなくなって。」
派手にすっ転んだんです、頭からとイルカは言った。
「情けないから内緒にしておきたかったんですが。」
確かに、そんな事情なら内緒にしておきたいだろう。
「そっか、ごめんね。」
訊いたカカシは、ちょっと後悔してしまう。
でも、なんとなく、そんなイルカが可愛くて笑ってしまった。
「なに笑っているんですか?」
眉を顰めたイルカがカカシを、ちょっと睨む。
「いやあ、可愛いなあと思って。」
素直に言うとイルカは、ますます、眉を顰める。
「男に可愛いってなんですか。」
拗ねるように言うイルカにカカシは、つつつと傍に寄った。
「男が可愛いんんじゃなくてイルカ先生が可愛いの。」
「そんなことないでしょう。」
話しながら、じゃれていると気がつけば、木の葉の里はもうすぐだった。
二人の家が待っている。
今夜は久しぶりに、ゆっくりイルカと二人きりの時間が過ごせるとカカシは色めきたつ。
離れていた分、二人の仲に何か劇的な進展があるかと期待した。
後日、カカシは五代目火影に言っていた。
「イルカ先生をご自分の借金取りを探すのに使わないでくださいよ。」
「なに言ってんだい。」
火影は訝しげにカカシを見る。
カカシが、この間のイルカの任務での一件を話すと五代目は「あれね〜。」と了解したようだ。
「ま、借金の返済をしたいからイルカには、もしも借金取りを見つけたら一報するように伝えてほしいと頼んだけれどね。」
「ほーら、そうじゃないですか。」
「だがねえ、カカシ。」
得意そうに言うカカシに、呆れたように火影は言った。
「そんなことを任務にするはずないじゃないか。」
「え。」
「解決したから言うけれどイルカが、その任務でやっていたのはある組織の資金となる裏金のルートを調査するって、すごくデリケートな任務だったんだよ。」
「・・・え。」
「カカシが途中、変なところで現れたから大変だったみたいだけど上手くやってくれたよ。」
「・・・・・・う。」
「イルカはアカデミーの教師で子供を教育する立場上、人と形をよく見ていて観察眼が鋭いし、人懐こくて警戒心を持たれない性格から任務に抜擢したんだよ。」
分かったかい?と火影に言われカカシは黙り込むしかなかった。
その夜。
「カカシさん?」
イルカに話しかけれれてカカシは、はっとした。
「あ、なんですか。」
「何かあったんですか。」
逆に訊かれた。
「え、なんで。」
「話さないし、悩んでいるような感じですよ。」
言われてカカシはイルカに笑ってみせた。
「大したことじゃないんですけどね。」
イルカを傍に引き寄せた。
「ちょっと、この前のイルカ先生の任務を思い出して。」
「はい。」
「俺って、なにしてたんだろうとか思っちゃって。」
結局、カカシはイルカの任務の邪魔をしたのかもしれない。
「なあんだ。」
イルカは笑ってカカシを抱きしめてくれた。
「気にしないでくださいよ、あんなことも偶にはありますって。」と慰めてくれる。
「長い人生、何があるか分かりませんからね。」
「そうですか。」
「そうですよ。」
それに、とイルカは、こつんと自分の額をカカシの額にぶつけてきた。
額と額を、ごっつんこだ。
「眼鏡をかけたカカシさん、格好よかったですよ。」
照れたように言うのが愛らしい。
「そうですね。」
イルカの眼鏡姿を思い出してカカシの気持ちも浮上してきた。
「イルカ先生が眼鏡をかけた姿も格好よくて可愛かったです。」
「お互い、好きな人のいつもと別の姿を見れてよかったということで。」
任務は一応、成功に終わっています、とフォローもしてくれる。
「イルカ先生。」
額をぶつけたまま、カカシは言った。
イルカを抱きしめ返す。
とても愛しく思う。
もう離れなくないほどに。
「イルカ先生、好きです。」
そう言って。
カカシはイルカにキスをする。
眼鏡がないとスムーズにキスできていいなあ、とカカシは密かに思っていたのだった。
終わり
眼鏡色の君 8
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