魔法の指輪 前編
任務帰りのイルカが帰り道を急いでいると、前の方で小さなものが動く気配があった。
念のため、気配を消して、臨戦態勢で近づくと。
「か、亀?」
小さな緑亀であった。
森の中で緑亀。
急いでいるようだが、所詮は亀。
歩みはノロい。
「どこに行こうとしてるんだ?少しくらいなら、寄り道してもいいか。」
そう自分を納得させてイルカは亀を手のひらに乗せた。
急に状況が変わってビックリしたのか、手のひらの上でジタバタしている。
「可愛いなー。」
笑いを誘ってしまう動きにイルカは和む。
「ほらほら、どこに行きたいんだ?送っててやるから。」
すると、亀は動きをピタリと止めた。
まるで言葉が分かっているように。
「不思議な亀だな。」
亀に導かれるようにイルカは森の奥へと進んでいった。
しばらく歩くと、霧がかかった池が見えてきた。
こんなところに池なんてあったけ?
記憶を探っているイルカを余所に亀は下りたいのか、再び暴れだした。
「はいはい。今、下ろすって。お前のおうちはここなんだな。」
イルカは亀をそっと池のほとりに置いた。
亀はのろのろと歩き、一度、イルカの方をを振り返ると、ポチャンと池の中に姿を消した。
そんな亀を見送り、イルカも里に帰ることにする。
なんとなく、家が恋しい気分になったのだ。
そして、イルカが家に帰ろうと池に背をむけた時。
池の方から派手な音が上がった。
ドドーン、ババーン。
そんな音が聞こえ、イルカが驚き池を振り返ると、そこには。
池の上に、ゆらゆらフワフワ浮かぶ人影が。
キラキラ輝き、薄く揺らめく衣を纏い、女とも男ともとれる美しい容姿。
まるで、天から舞い降りた天女のような。
「だ、誰だ?」
驚くイルカの心に直接、呼びかけるように声が響いてきた。
『うちの亀が世話を掛けたようじゃな。礼を言う。』
「うちの亀って、さっきの?」
『そうじゃ。』
「じゃ、あなたは亀のお母さん?」
イルカがそう聞くと、池から現れた者は眉を顰めた。
『お母さんではない。』
「じゃ、お父さん?」
この時点でイルカは、お母さんとかお父さんとか聞くよりも、まずこの人物の素性を聞くべきであったのに、失念していた。
「え?じゃ、お姉さんか、お兄さん?」
『お姉さんでもお兄さんでもない。そもそも、私は亀ではない。』
「じゃ・・・。」
『私はこの池の主じゃ。そして、亀はこの池に住まうもの。ちょっと目を放した隙に遊びに出てしまい、帰ってこぬものだから心配しておったのじゃ。』
池の主はイルカの的外れの質問に痺れを切らしたように自分から説明した。
「そうだったんですか。良かったですね。」
イルカはニッコリ笑い、池の主に一礼した。
「では、俺は失礼します。帰還途中なので。」
あっさり踵を返すイルカに、池の主は慌てたように呼びかける。
『こ、こら。待たぬか。』
「まだ、何か?」
『礼と言ってはなんだが、これを、そなたに渡そう。』
イルカの目の前にポウッと光が現れた。
手のひらを出すと、ポトリと落ちてくる。
「これ、指輪?」
『そうじゃ。』
鈍い色を放つ、古めかしい指輪。
『恋を司る指輪でな、自分に好意を持っている人間に嵌めれば取れるのじゃが・・・。』
「はあ。」
『自分に好意を持っていない人間に嵌めれば取れない。』
「・・・それで?」
『それだけじゃ。』
「それだけって・・・。」
『自分のことを好いている相手が分かるのだぞ、すごいではないか。』
負に落ちないものを感じたイルカであったが、そう言われると、すごいのかも知れない。
「もしも、取れない場合はどうやって取るんですか?」
『相手のことを好きになれば良い。』
結構無茶なこと言うな、もし指輪を嵌めた相手に特定の相手がいたらどうすんだよ?
イルカがそんなことを考えていることなど、露知らず、池の主は最後に言う。
『亀を助けてくれて、本当に感謝している。では、さらばじゃ。』
再び、ドッドーンと派手な音がしてから、池に静寂が戻った。
とりあえず、イルカは指輪を懐に仕舞い、里を目指す。
いったん、家に帰って考えよう。
落ち着く必要がありそうだし。
家が無性に恋しかった。
魔法の指輪 後編
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