終幕・恋人
・・・・・・は?
俺は耳を疑った。
今のは幻聴?
わか・・・れた。
『わかれた』って『別れた』ってことか・・・。
何がってか、誰が?
誰と誰が別れたんだ。
真面目に腕を組んで考えてしまった。
別れたって意味は何?
何を意味しているのだろう。
うーん・・・。
聞き間違いだな、きっと。
『別れたんですよね、俺たち』なんて。
俺はベンチに座っているイルカ先生に近づいた。
イルカ先生は俺の接近を気にしているようだったけど、こっちを見ようとはしない。
視線は下に落ちた。
「イルカ先生」
俺はイルカ先生の前に立つと、跪いた。
視線がかち合う。
沈んだ顔のイルカ先生がいる。
「探したんですよ、イルカ先生、家にいなかったから」
「・・・一人で家にいたくなくて」
ぽつっとイルカ先生が呟いた。
「一人でいたくないんですけど、誰かといるのも嫌なんです」
誰かと・・・。
「俺と・・・。俺といるのはイヤ?」
イルカ先生が首を振る。
俺といるのはイヤじゃない。
イルカ先生が俯いて顔が見えなくなった。
「カカシさんと一緒にいたい、んです」
小さな声が聞こえた。
・・・そっか。
そうだよね。
俺はイルカ先生の手を握った。
祈るように握られた両手の上から、自分の手で包み込む。
「ごめんね、イルカ先生」
イルカ先生も俺に会えなくて辛く思ってくれていたんだ・・・。
「変なこと言って、会わないなんて言って。本当はイルカ先生と、ずっと一緒にいたくて、一緒にいないとイルカ先生のことばっかり考えて」
素直に謝った。
「ごめんなさい、イルカ先生。先日の言葉は撤回させてください。会わないなんて無理でした、イルカ先生と会わないと心が張り裂けそうになります」
これは本当だ。
なんか太陽が昇っても明るくならない、そんな感じで。
「こんな俺に愛想を尽かさず、これからも一緒にいてください」
俯いていたいたイルカ先生の顔が、そうっと伺うように上がって、俺を見た。
「それは本当ですか?」
「はい」
不安そうなイルカ先生。
その不安を一掃してもらえるように俺は深く頷いた。
「本当です、俺はイルカ先生がいてくれないと・・・。イルカ先生が好きだから、傍にいてください。もう会わない方がいいなんて言いません」
ほんのりとイルカ先生の頬が染まって、微笑が浮かぶ。
嬉しそうな、それでいて照れていて。
そんなイルカ先生を見て俺は胸が・・・、きゅんとなった。
俺のハートを射止めるじゃなくて、既に射止められてしまっているが、ドストライクな微笑だった。
「嬉しいです」
イルカ先生が自分で握っていた手を解いて、俺の手を握り返してきてくれる。
「俺・・・」
ちょっと躊躇った後にイルカ先生は話してくれた。
「カカシさんに好きだと言われて、同性同士だと、すごく悩んで悩んで、どうしようかと迷っていたんです。だけどカカシさん、真剣だったから」
それは、まあ。
好きな人に告白するときくらい、俺だって真剣になる。
何しろ、一世一代のことだから。
「覚悟を決めてカカシさんの告白を受け入れて。お付き合いしてみて、『ああ、カカシさんと付き合ってよかったな』と思っていたのに」
一旦、言葉を切ってイルカ先生は俺を見つめた。
まるで、心のうちを見透かすような澄み切っている目だった。
「カカシさんは、そうじゃなかったのかなって」
「えっ!なんで?」
思わず、叫んだ。
こんなにイルカ先生のことが好きなのに。
伝わっていなかったか?
「だって」
イルカ先生は恥ずかしいのか、赤くなった。
「俺たち・・・、男同士だし、やっぱりって。今まで何もなかったし、なかったら別れやすいし」
・・・・・・何もなかった、っけ?
「カカシさん、現実に気がついて、じょ・・・女性の方がいいのかなって」
「そんなことないです」
すぐさま、否定した。
だって、イルカ先生だから好きになったのであって。
性別は関係ない。
「会わない方がいいって言われて、それって体のいい別れの言葉なのかなって。カカシさん、俺のことを傷つけないように言葉を選んでくれたのかなって」
そうか、あの『会わない方がいい』はイルカ先生に、そんな風に捉えられていたのか。
・・・って、よく考えると、そうとしか受け止められない言葉だよな。
浅はかだった。
なので、この際だから、きっぱりはっきりイルカ先生に宣言した。
「イルカ先生、好きです。この先、何があってもイルカ先生が好きという気持ちは変わりません」
絶対に、だ。
イルカ先生が俺を嫌いになっても、・・・そんなのヤダけど、そうなってもイルカ先生を離すつもりはない。
一生涯、イルカ先生は俺のもので、俺はイルカ先生のもの。
そう決まっている。
「じゃあ、決意表明として」
俺はイルカ先生としたいことがある。
イルカ先生は何もないって言っていたけど、考えてみれば何もなかった。
恋人同士の触れ合い程度はあったけど。
なんかイルカ先生と一緒にいると、それだけで満たされちゃうから、それでよかったんだけど。
最近、ちょっと欲が出てきたみたいで。
「イルカ先生」
「はい」
俺の真剣な声にイルカ先生が目を瞬かせた。
少し緊張しているのが分かる。
「あの、えーと」
いざ、口に出すとなると恥ずかしいかも。
さっき、イルカ先生が赤くなったのも解った。
「その、できたらでいいんですけど」
声が知らず、小さくなっていく。
俺って、実は臆病だったのか。
自分に新発見、なんて言っている場合じゃなくて。
「キス、させてください」
キスしてもいいですか、と。
イルカ先生は、ちょっと笑って頷いた。
「でも、ここじゃないところがいいです」
「それは、そうですね」
公園なんて場所で、いずれはロマンチックにしてみたい気もするけれど。
だけど、初めてのキスは誰もいない場所で二人きりがいい。
イルカ先生の手を握って俺が立ち上がるとイルカ先生も立ち上がった。
顔を見合わせると、お互いの顔に笑みが浮かんだ。
「イルカ先生、好きですよ」
「・・・俺も好きです」
カカシさんが、って声も聞こえて。
それから二人で家に帰って。
キスをした。
とても幸せだった。
無事にイルカ先生と仲直りをした次の日。
紅に言われた。
「馬鹿じゃないくだらない時間の無駄じゃない」
手厳しく。
何でかっていうと、あれだ。
イルカ先生との一件を問われて、すっとぼけようとしたのだが無理だった。
洗いざらい白状させられてしまったのだ。
・・・隠しているつもりが総て、バレていたってのもある。
思い返せば、紅は『イルカ先生を振るなんて、馬鹿な男もいたもんよね』って言っていた。
馬鹿な『男』って俺を指していたんだよね。
まさか、そこまで知っていたとは。
恐るべし、くの一情報。
侮るべからずって痛感した。
俺の知らないことまで知っていた。
「なんで、そこまで知ってんの?」
逆に訊いてしまうほど。
「なんでって、見ていれば判るわよ」
あっけらかーんと紅は言い放った。
「だって、イルカ先生、カカシと付き合うようになってから格段に変わったじゃない」
「変わった?」
「そう」
紅が、さらっと髪をかき上げた。
「カカシもだけど、イルカ先生は綺麗になったわよ〜。男に綺麗って変だけど。愛されて、身の内から輝くようになったわ」
以前にも益して輝くようになって、人を惹きつける様になったって。
紅は、そう言う。
「人が綺麗なものを欲しがるのは当然よ、誰だって手に入れたいと思うものよ」
「ふーん」
「隠そうとしたって駄目だわ」
ま、確かに。
隠しても隠せるもんじゃないしね。
「だから、発想を逆転させればいいじゃない」
くるっと面白そうに目を、きらめかせる。
「下手に隠さず、見せ付けてやればいいのよ、恋人なんだから。俺たち、こんなに愛し合っちゃっているのって」
「なるほど」
「寄ってくる輩は蹴散らす勢いでいいのよ、月まで吹っ飛ばしてしまいなさい」
「ふむふむ」
為になる言葉だ。
「解った!」
イルカ先生と人目憚らず、ベタベタすればいいんだな。
そんなの簡単、楽勝楽勝。
だって、それ、俺はしたかったんだもん。
どこでもいつでも、イルカ先生と一緒。
なんて、素敵な響きだろう。
早速、実行に移すことにした。
「んじゃ、俺、行くから」
「どこに」
「イルカ先生んとこ」
今の時間帯ならイルカ先生は受付所にいるはず。
顔を見がてら、行って来よう。
スキップするようにイルカ先生のところに向かう。
そういえばイルカ先生に俺と会わない間、姿が見えなかったので、どこに居たか尋ねたら、どうやら三代目火影の蔵の整理と掃除を頼まれていたらしい。
だから、アカデミーにも受付所にもいなかった訳だ。
イルカ先生、俺のことも好きだけど火影さまのことも大好きだから。
ナルトもサクラもサスケも大好きで。
そんなイルカ先生を余すことなく残らず、一切合財、全部ひっくるめて俺は大好きで愛している。
昨夜、ちゃんとキスをした。
唇には、まだイルカ先生の唇の感触が残っている。
いつでも思い出せるな、多分・・・。
このイルカ先生の唇の感触だけで一生、生きていけそうな気もするのが怖い。
受付所に入るとイルカ先生が受付に座っていた。
俺を見つけて微笑んでくれる。
その微笑みは輝いていて、とても綺麗で、目が離せない。
ああ、イルカ先生が好きだ。
とっても。
終わり
続々・恋人
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