恋人
上忍てのは、ホント厄介な連中だとつくづく思った。
隣でされる会話を聞きながら。
上忍だけで任務に来ていて、今はちょっとした待機時間。
その待機中に数人の上忍たちが話していたのだ。
「お前らなあ、里で俺が彼女といる時に尾行するのはやめろ」
最近、恋人ができたという上忍の一人が何人かを指差して怒っていた。
忍ではなく、一般人の彼女らしい。
「デート中に姿を隠していても気配でバレバレなんだよ。彼女も不気味悪がるし迷惑なんだよ」
「え〜」
「いいじゃ〜ん」
指差された上忍連中は肩を竦めてはいるが、反省の色がこれぽっちも見られない。
「人の恋人って気に掛かるし」
「仲がいいのを見ると、、こっちも、ほんわかした気分になるし」
「ほんわか気分になると、人の恋人をいいなって思ってさ」
「そうそう。つい、好きになっちゃうんだよね」
だよね〜、と顔を見合わせて言っている奴らは、もちろん恋人はいない。
「お前ら、自分で自分の恋人作ればいいだろうが」
恋人との仲を邪魔されている上忍がしごく当たり前のことを言う。
「人の恋路を邪魔するな」
「でもさ」
「俺達、戦いに明け暮れているだろう、だから」
「愛が欲しいんだよな」
「だから愛し合って恋人たちの愛を少し分けてほしいだけなんだ」
急にしんみりした雰囲気なる。
「そうか、そうだよな。愛されてたいよな」
怒っていた上忍はさっきの勢いはどこへやら。
なんとなく、連帯感が生まれつつある。
だから、俺は言ってやった、一言だけ。
「それでいいの?恋人取られそうだけど?」
はっと気を取り直した件の上忍。
「それとこれとは話が別だぜ。とにかく俺と恋人との仲を邪魔するな」
最後にぴしりと言うと、その場から離れていった。
「ちっ。カカシが余計なこというから」
「人の恋人ってところがいいのにな〜」
口々に文句を言われたが知ったことか。
それから心に決めたことがある。
大事な恋人の大事なイルカ先生のことを隠して隠して隠し通そう。
こいつらには絶対に知られないように。
苦節、一年くらい。
イルカ先生と恋人になれたのは運が良かったとしかいえない。
会ったときから心奪われて、シャイな俺は中々、想いを言い出せず。
その間にも俺のイルカ先生に近づこうとする不埒な輩がいたので、それを人知れず闇に葬ることしかできなかった。
そうして、そうして・・・。
俺は戦略や諜報の技術を巧みに応用して、細密な心理的な計算をしながらイルカ先生に近づいていった。
つまり使えるものは何でも使って、イルカ先生の懐の奥深くに入り込み、気がついたときには俺なしではいられないように・・・・・・までは出来なかったけど、とにかくイルカ先生の信頼と信用を得ることには成功した。
念のために入っておくけど、術や薬の類は一切、使ってはいない。
大事な人に、そんなことをするのは根本的に間違っているし。
恋人になるなら正々堂々、告白するして了承をもらうのが恋人道だと信じている。
そして念願叶って、告白してイルカ先生と晴れて、恋人になったのだ。
最初は男の人同士で恋人は、って難色を示していたイルカ先生であったが、最近は俺になれてくれたのか・・・。
心を開いてくれているのがよく分かり、とっても素敵な笑顔を俺に見せてくれている。
「ただいま〜」
任務が終わると俺はイルカ先生のいる家に帰る。
もっぱら、それはイルカ先生の家。
普段、任務で自宅に不在の多い俺の家よりもイルカ先生の家にいる方が多い俺だ。
「お帰りなさい」
夜、遅くに帰ってきたのにイルカ先生は笑顔で出迎えてくれた。
「任務、お疲れさまでした。怪我はありませんか?」
「ただいま、イルカ先生」
俺は、すぐにイルカ先生を抱きしめた。
「怪我なんてありませんよ」
ぎゅーっと抱きしめるとイルカ先生の匂いがして、ああ帰ってきたなあ、って実感する。
抱きしめているとイルカ先生の体温が徐々に上昇してくるのが伝わってきて、それもいい。
俺に抱きしめられて心臓ドキドキしちゃって、かわいいなと愛しさが募る。
「あ、あのカカシ先生」
「カカシさんでしょ」
緊張するとカカシさんからカカシ先生になるから、すぐに判る。
抱きしめる腕を緩めて、イルカ先生の顔を見ると上気していた。
いつまで経っても、照れちゃうイルカ先生、かわいい。
「カカシさん」
「そうそう」
イルカ先生に名前を呼ばれるのは好きだ。
カカシさん、その響きの中に色々なものが詰まっている。
俺を心配してくれる気持ち、労わりに会えて嬉しいとか、一緒にいたいとか。
何より、俺のことを好きでいてくれるんだなあって・・・。
名を呼ぶ、イルカ先生の声から感じてしまう。
ああ、幸せだなあ。
にやついているとイルカ先生が不思議そうな顔をして俺を見ていた。
「何か良いことあったんですか?」
「ん?好いこと?イルカ先生のいる家に帰ってきてイルカ先生に会えたことですかねえ」
そう言うとイルカ先生が「また、俺をからかって」と、ちょっぴり怒って俺の腕から離れていった。
ずんずん、と奥へ行ってしまう。
「あ、待ってよ、イルカ先生」
本当のことなのに、と言い訳しながら追いかけた。
怒るといってもイルカ先生は滅多に本気で怒ったりしないので、その後、俺はイルカ先生の作っていてくれた晩飯にありつけた。
イルカ先生は、もう食べたとかで俺の給仕をしてくれる。
お茶だけ飲んでいた。
「そういえば」
イルカ先生が世間話のついでみたいに話してくれた。
「最近、知らない上忍の方に、よく話しかけられるんですよね」
ん?やな予感がする・・・。
「カカシさんの知り合いですか?」
尋ねられても心当たりがない。
「どこで話しかけれるんですか?」
気になって訊いてみた。
「どこって・・・。受付所や廊下で擦れ違いざまにですね。上忍の控え室にお邪魔したときも。あ、里で歩いていたときも話しかけられたりもします」
「ふーん」
イルカ先生の話を聞いて、飯が喉を通らなくなってきた。
やな予感が当たりそうな気がする。
「一度、カカシさんのお知り合いですか、と聞いてみたことがあったんですけど否定されて」
「なんて、声かけられるの?」
「えーっと、『今、暇?』とか『お茶でもしない?』とか。あ、『前に任務で一緒にならなかった?』とか『前に会ったことあるよね?』とかです」
それって・・・。
典型的な誘うときに言葉じゃないか、しかも捻りがない。
「他には?何か言われていませんか?」
不安になって更に訊いた。
「他?他には特に何も」
イルカ先生は嘘は言わない。
なので、本当にこれだけなのだろう。
しかし・・・。
イルカ先生の作ってくれたご飯を食べ終えて俺は考えた。
どこから、俺とイルカ先生の関係が漏れたのだろう?
外では普通の友達みたいに接していたのに。
お互いの家に行き来するときも幸いなことに、家の周りに人けがないので見られている確率は低い。
バレてないはず。
それとも、単にイルカ先生に興味があるだけ?
それも厄介だ・・・。
うーむ、どうしたらいいんだ。
「カカシさん、どうかしました?具合が悪いとか・・・」
考えすぎて、唸っていたらしい。
「あ、いや、なんでもないです」
慌てて否定する。
だけども、きっとイルカ先生にチョッカイを出しているのは、あいつらの様な気がする。
任務のときに人の恋人を好きになっちゃうとか、ふざけたことをほざいていたやつらに違いない。
俺の大事なイルカ先生に手を出すなんて許せない。
どうやったら、イルカ先生を守れるだろう。
考えた俺は一つの結論に達した。
「イルカ先生!」
「あ、はい」
食べた食器を片付け運ぼうとしていたイルカ先生は俺が大声出したもんだから、びっくりして食器を落としてしまった。
がちゃん、と割れる食器。
白くて丸いお皿が真っ二つに割れた。
未来を暗示するような不吉な割れ方。
「あ・・・」
「す、すみません」
拾おうとしたのだが、イルカ先生に止められた。
「触ると怪我しますから」
箒と塵取りを持ってきて、てきぱきを片してしまう。
手際がよい。
「ごめんなさい、イルカ先生」
「いいえ」
イルカ先生は微笑んで言った。
「カカシさん、任務でお疲れなんじゃないですか。もう休んだ方が・・・」
「そうですね」
何もなければ、たいてい、俺はイルカ先生の家の風呂を借りて泊まっていくパターンだ。
イルカ先生が俺の家に泊まるパターンもある。
イルカ先生と恋人になって俺が片時も離れなくないから、仕事と任務以外では常に一緒にいる。
「それより、先ほど何か言いかけてましたよね?」
あ、そうそう。
「あのですね」
俺は真面目に切り出した。
「思ったんですけど、俺たち暫くの間、会わない方がいいかなと思いまして」
俺とイルカ先生が恋人だと示唆するような行動はしない方がいいと思うんだよね。
「家でも、家の外でも会うのを控えた方がいいと」
とにかく、イルカ先生との接触を避ければ、チョッカイも止むと思われる。
「そうですか」
イルカ先生の声が、やけに静かに響いた。
「暫くって、どのくらいですか?」
「そうですねえ」
どのくらいだろ?
「一ヶ月とか二ヶ月くらいですかね」
イルカ先生の周囲が落ち着くまでかなあ。
「理由は何ですか?」
「あ、理由は・・・」
理由はあるけど言いたくない・・・。
イルカ先生の耳に入れるのが得策とは思えない。
知らない方が事が有利に運ぶこともある。
「今は言えません」
これだけ言った。
イルカ先生は長い間、俺を黙って見つめていた。
見つめてから俯いて、長い息を吐き出した。
「解りました」
「解ってくれましたか!」
「はい」
よかった、これでイルカ先生を守れる、あいつらから。
ほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、そういうことで」
膳は急げ、ということで、その夜、俺はイルカ先生の家を辞した。
泊まることもせずに。
「イルカ先生、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
イルカ先生は、いつも通り俺を見送ってくれた。
任務に行くときのように。
だけど。
玄関が閉まる瞬間、聞こえたような気がした。
「さようなら」って。
イルカ先生の声で。
「さようなら」って別れの言葉だ。
別れなんて微塵も頭になかった俺は気のせいだと思った。
だって、俺とイルカ先生が別れるなんて、世界が滅んでも絶対にない、と言い切れたから。
今だって、そう思っている。
そう思っているのに。
イルカ先生の気持ちに気が付けなかった。
続・恋人
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