padre 前編
十月末日。
カカシは任務を終えて里に向けて、まっしぐらに走っていた。
木と木の間をすり抜けながら森の中を疾走している。
ひたすら走って里を目指しているカカシは傍目には急いでいるように見えた。
何かを焦っているような・・・。
早く帰りたい。
カカシは思っていた。
早く帰ってイルカ先生に会いたい。
イルカ先生とはカカシが密かに恋をしている相手だ。
片思いして長い。
告白してしまえばいいのだが、しかし。
相手が同性とあって容易く告白できずにいた。
カカシ自身も同性を好きになっている自分に戸惑いの気持ちも多少ある。
でも好きなんだよねえ。
自分の気持ちに嘘はつけない。
イルカ先生にあわよくば告白してオレを受け入れてもらって、あわよくばあんなことやこんなことをしたりされたり・・・。
大好きだと言ってもらったり、抱きしめたり抱きしめられたり、ホッペにチューとかね。
自由な時間ができれば、そんなことを常に夢見てしまっている、心はまだまだ少年のカカシであった。
森の中を走っていたカカシは何かの気配を感じて足を止めた。
気配のする方に神経を集中する。
生き物の気配?
人間、いや違う、動物でもない・・・。
気配はあるのだが、それが何なのか解らない。
こんなことは初めてだった。
生き物だということは確かなのに。
不確かな気配。
カカシは引き寄せられるように、その気配の方へを歩いていった。
導かれるように歩いていくと前方に小さな影が見えた。
真っ黒いマントを頭から被っている。
その姿は人間のように見えた。
真っ黒いマントを着た人影は長細い棒のような物を持って、えっちらおっちら歩いている。
運んでいる物が重いのか、随分、難儀しているようだった。
さっぱり前に進んでいない。
本来ならばカカシは、そんな訳の解らない人物には警戒して近づくことはなかったであろう。
だが、その時、カカシは面倒だと思いながらも、その人物に近づいて声をかけた。
「ねえ、何しているの?」
カカシの声に、その自分は振り向いた。
老婆であった、皺くちゃの。
「重そうだけど運ぶの手伝おうか」
どうしてだが親切心を出してしまった。
「そうかい」
老婆が運んでいたのは竹箒であった。
かなり柄が長い。
「なら頼もうかね」
老婆はカカシの返事を待たずに竹箒を、ひょいとカカシに渡してきた。
ずしり。
「わっ!ちょっ、なにこれ!」
そうカカシが言ってしまうほど竹箒は重かった。
たった一本なのに。
軽そうに見えたのに。
いったい、どのくらいの重さなのだろう。
カカシが持っても相当、重く歩くのに不自由してしまうほどだ。
荷物を持って一歩一歩、歩くカカシの前を老婆は、すすすと歩いて行ってしまう。
「ちょっと待てって!」
カカシの声にも耳を貸さない。
重い荷物を抱えながら必死の思いでカカシは老婆の後についていった。
親切心を出したのを後悔しながら。
十分程歩いて老婆は止まった。
目の前には古ぼけた小屋がある。
こんなところに小屋なんてあったっけ?
カカシが不審に思っていると老婆はカカシを振り返る。
「ここでいいよ」
運んできた荷物を置くように命じられた。
「あー、はいはい」
言われたとおりにカカシは荷物を置いて自分の腰を叩いた。
「あー、重かった。腰が痛いよ〜」
「まだ若いのに何を言っているんだい」
老婆は笑った。
にやりと、といった風情で。
「でも、まあ運んでくれたのには感謝するよ」
ちっとも感謝してないといった感じで老婆は言う。
「なにしろ、今夜は特別な日だからねえ」
「特別な日?」
カカシには何のことだか、さっぱりだ。
「今夜くらい人間に見られてもいいのさ」
ますます意味不明だった。
「さ、これはお礼だよ」
老婆は懐から何かを取り出した。
「ほら」
言葉に押されて受け取ってしまう。
それは小さな粒で金色に光っていた。
「それを好きな人間に飲ませれば望みが叶うだろう」
「好きな人間?」
咄嗟にイルカの顔が思い浮かぶ。
「そう、その人間だよ」
「え?」
「その黒い髪の顔に傷がある人間の男だ、イルカっていう」
カカシが思い浮かべた人間を言い当てた。
「あんた、誰だ」
さすがに不気味になってカカシが老婆を凝視する。
老婆は、ヒヒヒ、と笑うとカカシに人差し指を突きつけた。
節くれだった長い指だ。
「もうお帰り」
カカシが覚えていたのは、そこまでだった。
「あ」
はっとして見回すと人ごみの中だった。
覚えがある町並み。
「里?」
もう一回、見回すと間違いなく木の葉の里である。
「なんで?どうして?ここに?」
確か、任務からの帰りで森の中で、そこで知らない老婆に会って、それから・・・。
それからが思い出せない。
「もしかして夢か?」
そう思いたかったが手の平を見ると老婆から貰った怪しげな金色の粒がある。
「好きな人に飲ませろって言っていたけど」
こんな怪しげな物を好きな人に飲ませられるわけがない。
しょうがないから後で捨ててしまおう。
カカシは現実に戻り、まず任務の報告に受付所に行かないと、と歩き出した時だった。
「カカシさん!」
自分を呼ぶ声があった。
「イルカ先生!」
それはカカシの想い人のイルカであった。
「任務からお帰りだったんですね」
弾む声が嬉しげに聞こえるのは気のせいだろうか。
「え、ええ、ついさっき」
どうやって帰ってきたのか解りませんが、という言葉は飲み込んだ。
面倒なことは後で考えればいい。
「報告書を出しに、これから受付所に行こうかと思って」
「そうなんですか、オレもです」
にこと笑ってイルカはカカシを魅了する。
「お使いの帰りで、このまま受け付けに入ることになっているんです」
イルカはアカデミーの教師なのだが時折、受付所も手伝っている。
「じゃ、一緒に行きましょうか」
うきうきとしてカカシはイルカを誘った。
あれこれ、イルカと話していると、ごほっとイルカが咳き込んだ。
口元を手で押さえていた。
「風邪ですか?」
心配するとイルカは首を横に振る。
「いえ、最近、空気が乾燥しているみたいで咳が出てしまうんです。持ち歩いている飴も切らしてしまって」
「そうですか・・・」
生憎とカカシは飴を持っていない。
イルカの役に立ちそうにはなかった。
「あ、そうだ」
カカシは握っていた手の平を開く。
そこには老婆に貰った金色の粒がある。
怪しげに見えるが、もしかしてこれは飴の類なのかもしれない。
・・・ものすごく怪しげだけど。
「綺麗ですね、何ですか?」
カカシの手の平の金色の粒にイルカは気が着いた。
興味津々といった様子で覗き込んでくる。
「金色に光っていますね」
「ええと、これは・・・」
その時、カカシの脳裏に老婆の言葉が蘇ってきた。
『好きな人間に飲ませれば望みが叶うだろう』
カカシの好きな人は目の前にいるイルカだ。
イルカに飲ませれば、どうにかなるというのだろうか・・・。
いけないと思いつつ、カカシは誘惑に負けた。
「飴ですけど」
言ってしまった。
「よかったらいかがです」
「ありがとうございます」
イルカは何も疑うこともせず、何も躊躇うこともせず、その金色の粒を口に入れた。
「おいしい〜!」
ぱっとイルカの顔が輝く。
「あまい〜」
顔が蕩けている。
「カカシさん、ありがとうございます」
そう言った途端、イルカの体が、ぱあっと光った。
体から金色の光を放っている。
「イルカ先生!」
眩しくて近寄れない。
数秒間で光は収まったのだが。
「イルカ先生、大丈夫ですか!」
そこでカカシが見たものは小さくなったイルカであった。
小さいといっても縮んだわけではない。
「こ、子ども?」
イルカがいた場所には幼くなった小さいイルカがいた。
顔に、まだ傷はなく、黒い目はくりっと大きく手は小さく柔らかい。
無邪気な顔でイルカはカカシを見つめている。
幸い、人けのない場所であったためイルカが子どもになったのを目撃したのはカカシだけであった。
「これって・・・」
原因は明らかだった。
カカシが老婆に貰った金色の粒をイルカが口にしたからだ。
「どうしよう」
子どものイルカを前にしてカカシはうろたえてしまう。
写輪眼で視ても術でも変化でもない。
イルカは正真正銘の子どもになっている。
どうしたら元に戻るのか全く見当がつかなかった。
「イルカ・・・」
呼び方一つにしても、先生、とつけた方がいいのか迷う。
子どものイルカは先生ではない。
「はーい」
子どものイルカは名前を呼ばれたと思ったらしく可愛い声で返事をしてきた。
それから無垢な瞳でカカシに抱きついてきて衝撃の言葉を口にした。
「パパ!」
「・・・パ、パパ?」
パパとは父親のことだ。
「パパ、だーいすき!」
そう言って子どものイルカはカカシに抱きついてきた。
padre 後編
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