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あなたの背中 前編



「イルカ先生は背中には、いっつも傷がありますよねえ」
カカシが風呂上りのイルカの背中の傷を指で撫でながら、しみじみとそんなことを言った。
風呂上りのイルカはズボンを履いただけで上半身は裸だ。
床の上に胡坐をかき濡れた髪をタオルで拭いている。
そんなイルカの背後に回りカカシはイルカの背中に悪戯していた。
悪戯といっても手で、さわさわと触っていたにすぎないが。
「そう、初めて会った時も背中に傷があったよね」
「そうでしたっけ?」
イルカは、もう忘れてしまっているのだろうか。
「あったじゃない。俺は、しっかりと覚えていますよ」
あの時の傷は今、背中に存在する傷とは意味が違うものだけど。
そのイルカの背中の傷を見たカカシは、とても衝撃を受けたのを思い出していた



カカシがイルカに初めて会ったのは十代の若かりし頃であった。
カカシが十代ならイルカも十代である。
まだ暗部に所属していたカカシは里外の任務が多く、里に帰ることは滅多になかった。
暗部であったが時々は、暗部ではない任務も受けたりしていた。
偶々、暗部ではない任務を受けていた時のことである。
任務に行く途中、仲間と休息をとっていた時だ。
ひゅうっと一つの式が舞い降りてきた。
仲間の一人が、その式を受け取った。
開いて読んだ内容を仲間たちに聞かせる。
「あー、えー。アスマが、ちょっとここに寄るってよ」
「アスマが?」
アスマとはカカシ同じ上忍で十代の若者だ。
若者には似つかわしい髭なんぞ生やしているが。
確かアスマは、この近場で別の任務に就いていたはずだ。
式を読んだ仲間が頷いた。
「里に帰る途中なんだそうだが連れを休ませてやりたいからだってさ」
「連れ?」
その連れがイルカだったのである。



程なくしてアスマが休んでいたカカシたちの所へ合流した。
相変わらず髭を生やして、ぶっきら棒な面持ちをしている。
口癖は面倒くさいだが口癖とは裏腹に意外に面倒見がよく仲間思いの一面を持っているのをカカシは知っていた。
「よう」
アスマは軽く手を上げて挨拶をしてきた。
「ちょっと休ませてくれ、こいつを」
後ろに従えていた小さな人影の肩を軽く叩く。
その人影は、すっぽりと頭から爪先までマントで覆われていた。
顔も見えない。
小さな人影は怯えるようにアスマに寄り添っていた。
「それ、なに?」
カカシが指差して訊くとアスマが「ちょっとな」と肩を竦める。
「訳ありでなあ。ま、優しくしてやってくれ」
そんなことを言う。
「・・・いいけど」
仲間も、なんとなく納得したようだ。
任務に関わることなら話せないことも、しばしばある。



「あ、カカシ」
アスマはカカシを指名して話しかけてきた。
「忍服の上下一揃い、できたら新品持ってないか」
「新品の服?」
任務で移動中、泊まりもあるので替えの服はいくつか常備している。
「新品はないけど比較的新しめの服ならあるよ。もちろん、洗ってある」
「なら、それ、くれないか」
「はあ?」
さっぱり事態が飲み込めない。
カカシは嫌そうに眉を顰めた。
「なんで俺が服をアスマにやらなきゃならないのさ。だいたい、サイズが違うでしょうが」
「俺じゃねえよ」
アスマが首を振る。
「こっちだ、こっち」
自分にくっ付いている小さな人影を指差した。
「カカシがこの中では一番、体つきが近いようだしな」
頼む、とアスマは手を合わせてきた。
珍しい。
「服の持ち合わせがなくてな、困ってんだ」
「ま、いいけど」
カカシは自分の荷物を漁るとアスマに言われた通り、上下一揃いの服を差し出した。
「はい、どーぞ」
「すまねえな」
服を受け取ったアスマは、その服を更に小さな人影に渡した。
「ほら、よかったな。人目につかない場所で着替えて来い」
小さな人影のマントを被った頭が上下する。
頷いたようだ。
くるりと反転すると、とっとっと駆けて行く。
「あんまり遠くに行くなよ!」
小走りに遠ざかる小さな人影にアスマは呼びかけた。



小さな人影が見えなくなってからカカシは気がついた。
「あ、服、上下じゃなくて下二つ渡しちゃったよ」
「あのなあ」
アスマが呆れたようにカカシを見る。
「なによ、誰だって間違いあるでしょ。いーよ、渡してくるからいいよ」
すっとカカシの姿は消える。
カカシにとって小さな人影を追うのは容易いことだ。
「あ、待てカカシ。あいつは・・・」
アスマが止めた時には、もう影も形もなくなっていた。
「あーあ、面倒くせえな」
がりがりと頭を掻いたアスマは「カカシなら上手くやるか」と呟いて焦らず待つことにしたのだった。



「おーい」
少し奥に行った場所で後ろ姿が見えたのでカカシは呼びかけた。
小さい人影はカカシの声が聞こえないのか、着替えをしようとしてマントを、ばっさりと脱ぎ捨てた。
肩まで下ろした髪が揺れているのが見える。
上半身は何も身につけていなかった。
所謂、裸である。
下は辛うじて履いていたが、ぼろぼろのものだった。
「あのさー、間違って・・・」
近づいたカカシは背中から話しかけたのだが、ぎくりとして足を止めた。
話しかけられた相手も、ぎくりとして動きを止める。
お互いに硬直していた。
ごくっと唾を飲み込んだカカシが、そっと声を出した。
「その背中・・・」
背中には無数のひどい傷があった。
手当てはしているようだが血が滲んでいる。
「見るな!」
相手は叫んでカカシの方を向く。
両手で自分の体を抱きしめるようにして。



「あ・・・」
幼さを残した、その顔は何かに耐えるように歪んでいた。
唇を、ぎゅっと噛みしめて、きっとカカシを睨んでいる。
自分の体を抱きしめる両の腕には、くっきりと縄目の痕が残っていた。
紫に変色している。
よほど、強く縛られていたに違いない。
同様の縄目が首にも見られた。
「どうしたの、それ」
カカシよりも小さな体に残る無残な傷跡にカカシは眉間に深く皺を寄せる。
「ひどい傷じゃない」
一歩、カカシが近づくと相手は一歩退いてしまう。
「大丈夫なの?痛む?」
本当に心配になった。
誰につけられた傷なのだろうか?
「痛くない」
掠れた声がした。
次いで震えるような声も。
「大丈夫」と。



衝動的にカカシは、その小さい体を抱きしめたいと思ったのだが、ぐっと堪えて、まずは持ってきた服を差し出した。
「これ、服の上。間違って渡しちゃったから」
「・・・ありがとうございます」
受け取った相手は、ぎゅっと腕の中に服を抱え込む。
「あ、俺、後ろ向いているから。着替えていいよ」
多分、おそらく傷を見られたくないことを考慮した上でアスマは離れた場所での着替えを指示したのだろう。
カカシが後ろを向くと、ごそごそと服を着る音がした。
着替えが終わった頃を見計らって「着た?」と声を掛けると「はい」との返事。
了解をもらってから振り向くとカカシの服を着たイルカがいた。
カカシの服は少し大きいらしくイルカには裾や袖が長い。
ぺこりと頭を下げたイルカは丁寧に礼を述べた。
「ありがとうございます」
服を着た所為か、心なしか余裕が見られる。
「いいよ、そんなこと。あ、俺は、はたけカカシ」
カカシが名乗るとイルカも名乗った。
「うみのイルカです」
それが二人の出会いであった。


あなたの背中 後編



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