お辞儀
休日の朝。
珍しくバイトのないイルカは早起きもせずに、すやすやと眠っていた。
苦学生のイルカはバイトで忙しい。
バイトのない朝は貴重な時間だ。
早朝からバイトがあったりするイルカは殆どの日はカカシより先に起きている。
確か、今日のイルカのバイトは夜だけ。
だが、今日に限ってカカシはイルカよりも早く起きてしまって。
むくりと起き上がるとカカシは寝癖のついた、ぼさぼさの髪のまま寝ぼけ眼でイルカを見た。
まだ、ぼーっとしている。
ぼーっとしながらもイルカを見続けている。
もしかして夢の中、夢の続きだと思っているのかもしれない。
イルカは大きいベッドの隅っこで、うつ伏せのまま枕を抱き締めて寝ているので寝顔は見えなかった。
その代わり・・・。
肩より少し長めの髪が首元で左右に分かれて、白い項を晒している。
イルカはいつも髪を頭の天辺で結うか首元で結うかしていて項を見せているのだが。
髪を結わずして項が見れるのことは滅多になかった。
それゆえにカカシの目は惹きつけられる。
例え寝起きでも。
惹きつけられてしまうのだ。
だんだんと頭がはっきりしてきたカカシの目は、しっかりと開く。
開いてイルカの項を凝視した。
「・・・イルカさん」
小さな声で名前を呼んでみる。
イルカは起きない。
今度は少し大きな声。
「イルカ?」
反応はない。
どうやらイルカは熟睡しているようで。
そーっと音を立てずにベッドから降りたカカシは摺り足差し足忍び足でイルカ寝ているベッドに近づいた。
イルカの顔に耳を寄せると健やかな寝息が聞こえてくる。
呼吸も規則正しく乱れていない。
寝ているのには間違いない。
そんなイルカをカカシは突付いてみた。
つん、と肩を人差し指で突付く。
つんつん。
突付いてみても、やはりイルカは起きなかった。
・・・ふーむ。
声に出さずしてカカシは心の中で考える。
考えることはただ一つ。
項に触ってみたい、だった。
触れてみたい、唇で。
そして痕をつけてみたい、自分の痕を。
イルカを抱き締めたことはある。
一応、イルカとの間柄は恋人なのでキスしたこともある。
だけども。
未成年のイルカにはそれ以上はしていない。
できなかったというのもある。
大事にすればするほど実行出来ないのが恋する男心だ。
それに・・・。
カカシは眉を寄せた。
やっとイルカが自分の下へ帰ってきてくれたのに、その関係を拗らすようなことは極力したくないし避けたい。
イルカがまたいなくなったら今度こそ自分はどうにかなってしまうかもしれない。
それくらいイルカが大切で大好きだった。
・・・我慢するか。
目の前にとてもとても美味しそうなとカカシの目にはそう見えた、イルカの項をカカシは鑑賞するだけのとどめていおいた。
夜。
イルカのバイト先にカカシは顔を出した。
「こんばんは〜」
「ああ、いらっしゃ〜い」
バイト先のバーのマスターのアンコとカカシは顔見知りで気安い仲だ。
「あんたもまあ、毎回毎回よく来るねえ」
イルカちゃん目当てに、とアンコは半ば呆れたようにカカシに言う。
「いいでしょ別に。ちゃんとお客さんとして来ているんだからさ」
「まあ、いいけどね」
肩を竦めたアンコはカウンターに座ったカカシに注文を聞く。
「で、何飲むの?」
「イルカさんに注文お願いするからいい」
きょろと店の中を見てもイルカの姿がない。
数名の客がいるだけだ。
「イルカさんはどこ?」
バイト中なのにイルカがいない。
帰ったとは考えられない。
「イルカちゃんなら」
アンコがグラスを拭きながら答えた。
「今、ロッカールーム。すぐ来るよ」
「何で?どうかしたの?」
「うん、ちょっとね」
すると、ちょうどそこへイルカが現れた。
「すみません」
困ったように眉を顰めている。
「今日に限って予備の髪紐がありませんでした」
「あらら」
「どうしましょう」
「そうだねえ」
見るとイルカの髪型がいつもと違う。
肩より少し長めの髪が、すんなりと下ろされていた。
動くたびに揺れる髪は、さらっとして触り心地が良さそうで。
実際に触ったことがあるカカシは、あの髪がどれだけ柔らかくて滑らかなのか知っている。
「いいよ、そのままで」
アンコは軽い調子で許可を出した。
「そんなに邪魔にならないでしょ。それに」
にやっと笑う。
「髪を下ろしたイルカちゃんは雰囲気が全然違っていいじゃないか」
「そうでしょうか?」
「そうそう。ねえ、カカシ」
アンコに話しかけられて、はっとする。
ついイルカに見蕩れてしまっていた。
ウェイター姿で髪を下ろしたイルカに。
「カカシ?」
「あ、ああ・・・。そうかも・・・」
「だって!よかったね、イルカちゃん。カカシも見蕩れるほどだよ」
アンコはヒューヒューと口笛でも吹きそうな雰囲気だ。
「・・・マスター、からかわないでください」
少し頬を染めたイルカは仕事に戻った。
真面目に仕事をするイルカは時折、頬にかかる髪を耳にかき上げて。
その仕草が何とも色っぽくカカシの目には映る。
「・・・ウイスキー、ダブルで」
ぼそっとアンコに注文する。
「あれ?イルカちゃんにするんじゃないの?」
「・・・今日はいい」
「あ、そ」
出されたウイスキーを飲みながらカカシはイルカを見るのを欠かさない。
イルカに気づかれないようにイルカだけを見ていた。
そんなカカシを呆れたようにアンコは見ている。
「あ、いらっしゃいませ」
新しい客が店に来てイルカが丁寧にお辞儀をすると。
その際に下ろした髪が左右に分かれて項が見えた。
朝、カカシが見たのと同じ魅力的な項だ。
白い項に痕はない。
・・・よかった。
カカシは一人で安堵していた。
早まらなくてよかった、自制してよかった。
痕なんてつけなくて本当によかった。
キスマークをつけるのは今度にしよう・・・。
心の底から、そう思ったのだった。
おかわり
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