拾う神 15
「カカシ先生?」
固まってしまったカカシ先生は動かない
傍らに行って肩を揺すってみたが、ぴくりともしない
何を、そんなにびっくりしたのだろうか
アルバイトという話になった時の決め事では期間は一ヶ月だったはずだ
一ヶ月というのは給料日から次の給料日までいう意味だったのだが
「どうしたんですか、カカ・・・」
シ先生、と言おうとした時、カカシ先生が声を出した
悲鳴みたいな声だけど
「えっ、えええええ〜」
よかった、動いた
大丈夫みたいだ
ほっと胸を撫で下ろしていると「イルカ先生」と両肩を掴まれて、その勢いのまま押し倒された
「イルカ先生」
俺の掴んだまま、俺を見下ろすカカシ先生の顔は真剣だった
唇が触れてしまいそうなほど、お互いの顔が近づいている
「どうして?どうして、そんなこと言うんですか?」
「そんなことって、だって・・・」
決めていたことじゃないか
「ア、ルバイトですから」
必死に訴える
出来ることなら俺だってカカシ先生と一緒にいたい
「イルカ先生、言ったじゃないですか!」
押し倒した俺にカカシ先生が被さってくる
「ずっと傍にいてくれるって!」
ずっと傍にいる・・・
それは辛い任務で帰ってきたカカシ先生に俺が言った言葉だった
「覚えていたんですね」
「もちろんです」
耳元でカカシ先生の声がする
「イルカ先生の言ったことなら一言一句覚えています」
カカシ先生が断言した
すごい記憶力だなあ
言った言葉に嘘はないけれど物理的に無理ではないだろうか
そのことを告げるとカカシ先生は不思議そうな顔をした
「なんで?俺の家から帰らなきゃいいじゃないの」
それは、そうだけど
でもアルバイトだから、けじめをつけてと俺は真面目に考える
自分の家に帰った方がいいと思う
それに、そもそも給料日がくればアルバイト自体が必要ない
「あのですね」
俺は意を決してカカシ先生に話すことにした
アルバイトすることになった経緯というか原因を・・・
給料が無くなったことを恥を忍んで話すのはカカシ先生の真剣さに押されたからだ
事と次第を話すとカカシ先生の拘束は若干、緩んだ
つまり押し倒されて覆い被さられたまま俺は話していたのだが考えてみると、すごい体勢だな〜
ロマンチックな映画で、よく見るようなラブシーンを思い出す
拘束は緩み、再び、カカシ先生は俺の顔の両脇に手を突いて俺を見下ろした
そして思いも寄らぬ質問をされた
「給料が入った袋ってどんなの?」
衝撃的な質問だった
「給料袋って言って給料、お金が入っている袋ですよ」
俺は説明する
カカシ先生は給料袋を見たことがないのか「へえ〜」なんて感心している
「茶封筒にお金が入っていて表に忍者番号と名前が記されているんです」
金額は封筒の中に明細書が入っているので書かれていない
「ふーん、俺、いつも銀行振り込みで明細だけ後で貰うので給料袋に給料入れて貰ったことないんですよね」
今度は俺が「へえ〜」だ
銀行振り込みかあ、カカシ先生ほど忙しい人ならその方が効率がいいかもな
「で、給料が貰った当日に紛失してしまって訳で、つまりカカシ先生が俺をアルバイトに誘った日が給料日だったんですよ」
「なるほどねえ」
そこまで俺の話を聞いてカカシ先生が、はっとしたように突然、俺から身を離すと、すたすたと自室の洋服タンスの方へと歩いていった
観音開きのタンスを開けるとハンガーにかかった忍服のベストが、ずらっと並んでいた
いったい、何着持っているんだ?
戦闘用とか里用とか仕様が違うのかなあ
しばらく、ごそごそとしていたカカシ先生だったが「あった!」と声を上げると見覚えのある、ある物を手に戻ってきた
それは、なんと!
無くした俺の給料袋だった
「え、え?なんで?カカシ先生が?」
訳が解らない
手品でも見ているみたいだ
「ごめんなさい」
殊勝な様子で正座したカカシ先生は俺に、俺の給料袋を差し出してきた
「拾ったのに渡すの忘れていました」
「はあ」
「ベストも毎日、違う物を着ているので」
訳が解らず、給料袋を受け取る
表には俺の忍者番号と名前が書いてあって、確かに俺の給料袋だった
「そんなに大事なものだとは知らなくて」
給料を貰ったことがないなら仕方がない、カカシ先生が悪いんじゃないよ
でも探しても見つからなかった給料が、あっさりと出てきて夢でも見ているみたい
しかも、こんな近くにあったなんて
道理で、どこを探しても遺失物係に行っても見つからないわけだ
「あの日、俺は」
カカシ先生が話し出す
あの日とは給料日の日のことだろう
「イルカ先生の跡をつけていました」
「は?」
「話す切っ掛けを作りたくてイルカ先生の跡をつけていると、
イルカ先生が何回も自分のベストの内ポケットから何かを出しては嬉しそうに眺めては仕舞い、
眺めては仕舞いを繰り返しているのを見ていました」
う・・・
それは給料が嬉しくて何回も給料袋を見てはベストの内ポケットに仕舞うのを繰り返していたのだ
「そうこうする内にベストの内ポケットにうっかり入らなかったと思われる、これが」と
カカシ先生が給料袋を指し「地面に落ちたんです」と言った
そっか、そうだったのか・・・
真実を知るに恥ずかしさが増していく
ただの俺のうっかりミスじゃないかー!
「で、俺はそれをイルカ先生を真似て自分のベストの内ポケットに仕舞ってイルカ先生に届けようと後を追ったのですが」
「・・・はい」
話の先を聞くのが怖い
これじゃ単に俺のうっかりがカカシ先生に、ばればれになるエピソードじゃないか
「追いついたらイルカ先生は途方に暮れたような顔して求職の雑誌なんて見ていて」
あの時は本当に途方に暮れたようなではなく、途方に暮れていた
「今にも死にそうな顔していたから」
うん、今にも死にそうでした
「俺、力になりたくて・・・イルカ先生がアルバイトしたいなんて言うから、
それなら俺の家でと思って、あんなことを言ってしまったんです」
そうだったのか・・・
「俺の家ならイルカ先生といつも一緒にいられるし、下心があったことは否定しませんが」
カカシ先生って、やっぱ、優しい人なんだなあ
困った人を放っておけないんだな
・・・て、あれ?
なんか変・・・
カカシ先生の発言に、ちょっと引っかかる部分があったような、なかったような
考えているとカカシ先生に両手を握り締められた
「せっかく両思いにもなれたのに!」
・・・・・・・・・りょ?りょうおも、いって
「額と頬にキスもお互いしたし、まだ本番の口付けじゃないけれど、それはちゃんと告白してからのお楽しみで取って置きましたが」
・・・・・・・・・カカシ先生ってば、何を言っているんだ
「好きだったからイルカ先生が。イルカ先生が好きだから話しかけたくて切っ掛けを作ろうと跡を追い続ける日々でした」
淡々とカカシ先生が告白している
「イルカ先生と初めて会ったのは三年前で里に常駐していなかった俺は一年に一回だけ里に帰ってきて
定期的に任務の経過報告をしていたんですが、その時に会ったのがイルカ先生です」
三年前って言うと俺が、まだ若かりし頃
カカシ先生と会った記憶がないんだけど
「俺が火影様に報告しようと慣れない建物の中を彷徨っていたら火影室まで案内してくれたのがイルカ先生でした」
・・・そうだっけ
俺、覚えてない・・・
「それから再び、一年後、里に戻ってくると今度は書類の提出しようとしていたら廊下で書類を落としてしまい拾うのを
手伝ってくれたのがイルカ先生でした」
運命的な出会いを感じました、とカカシ先生は、うっとりとしている
「それから一年後、またイルカ先生に会った時は、この人と結ばれるのが運命だと思いました」
カカシ先生って思い込みが強いんじゃあ・・・
「イルカ先生のことを子供たちから聞くにつれ、俺のイルカ先生への想いは日増しに強くなり胸が高鳴りました」
子供たちというのはカカシ先生が上忍師として指導している、元俺の教え子たちのことだ
「俺の運命の人だって!」
カカシ先生は断言した
「好きです、イルカ先生!」
手を握られて瞳を見つめられたまま、熱烈に告白された
カカシ先生に
「愛してます、イルカ先生!」
愛してますって愛してますって・・・
カカシ先生が俺を?
「あ、の」
俺は訂正を試みた
「俺、カカシ先生と同じ男ですけど」
「知っていますよ」
「カカシ先生、俺のこと、家族的な愛情で好きなんじゃ」
「違います、恋人的な意味で好きなんです」
「そ、うだったんですか」
カカシ先生が今まで俺に示してくれた好意は家族的な意味合いのものではなくて、全部、恋とか愛とか絡むものだったのか
だとしたら今朝のキ、いや、ちゅーじゃなくて、やっぱりキスは恋人同士のというか好きあった者同士のというか
そんな感じがしなくもなかったもんなあ
大概、俺もちょっと鈍い
考えてみるとカカシ先生は最初から好意を示してくれていた
それを俺が母ちゃんだとか父ちゃんだとかに勘違いしていたという・・・
そっかー、そうだったのかー
なんか、なんだか気分がすっきりとした
言われてみれば俺も・・・
ぶち当たった自分の気持ちに俺は赤くなって俯いた
唐突に自分の気持ちの真実に気がついたから
俺も・・・、そうだ、あの夜の続きが解った
俺は落ち着くために、すうと息を吸い込んだ
俺もカカシ先生のことを思うと元気が出たりカカシ先生が待っていてくれると嬉しい、そして離れると寂しい、つまり・・・
俺もカカシ先生が好きなんだ!
かーっと赤くなった俺をカカシ先生は黙って見ているだけだった
こういう時、何か言ってほしいのに黙っている
俯いた俺が恐る恐る見上げると、にやっとされた
・・・これは、あれだ
俺の気持ちが悟っているな、絶対
「急に赤くなっちゃって、どうしたの?」なんて言ってくる
余裕綽々で、すっごく悔しい
悔しいから、当分、俺の気持ちは伝えないことにしよう
「えーと」
悔しいので俺は少々、意地悪をしてみた
「給料が見つかったのでアルバイトは終わりですね、俺、自分の家に帰ります」
「ええ〜」
ずっと握られて離さなかった俺の手をカカシ先生は強く握り締めてきた
まるで帰さない、離さない、離れないというように
「だから」と俺は、にやっと笑ってカカシ先生を見る
「今度は俺の家に来ませんか?」
そう言ってみた
「いいの?」
「いいですよ」
先ほどまで強気だったカカシ先生が弱気な声を出す
「いつまでいていいの?」
「さあ、いつまででしょねえ」
明確な期限は言わなかったが本当は、いつまででもいていい
ずっと一緒にいたいから
「分かりました」と頷いたカカシ先生は俺から握っていた俺の手を離した
「まずは夕飯、食べちゃいましょ」
忘れていたけど、せっかくの夕飯を食べていなかった
急かすように俺の腹が、ぐうぐう鳴る
「そうですね」と俺も同意してカカシ先生が作ってくれた美味しい夕飯を食したのだった
食べ終わるとカカシ先生は早急に準備を始め出した
「ええーと、あれとこれと、それもこれも」
大きなバッグに部屋の物を次々に詰め込んでいく
「他には、あれもこれも、それとこれと」
瞬く間に荷物は増えていった
まるで引越しみたい
大きな荷物を抱えてカカシ先生は立ち上がった
「じゃあ、行きましょうか」
「え、これから?」
「そうです!善は急げですから」
因みにカカシ先生が荷物を準備している間に夕飯の後片付けは俺がしておいた
炬燵の布団に零れたビールも拭いた、幸い沁みにはならなかった
風呂は、まだ沸かしていないからいいとして
「イルカ先生の家に行きましょう!早く」
心なしかカカシ先生はうきうきしている
「今日はイルカ先生の家のベッドで寝れるぞ〜」と妙に張り切っていた
ベッドに何の意味があるのか・・・
ま、いっか
俺の部屋、散らかったまんまだけど
どうにかなるさ
そうして俺はカカシ先生の家でのアルバイトを早めに終えて自分の家へ帰ることになったのだ
一人ではなくカカシ先生と一緒に
それから月日が経つこと、数ヶ月
カカシ先生は俺の家にいる
帰る気配は素振りも見せない
毎日が楽しいみたいで笑顔が耐えない
「だって好きな人と毎日、一緒にいられるから」
それがカカシ先生の口癖だ
うん、俺も毎日が楽しい
えっと、それからカカシ先生とキスもした
幸せだ
好きな人といられるって、とても幸せなことだよね
カカシ先生を好きになってよかった
カカシ先生と一緒にいられて嬉しい
給料を落とした時はショックだったけど
カカシ先生が拾ってくれて本当に良かった
捨てる神とか拾う神とかあるけれど
カカシ先生は、きっと
拾う神だったに違いない
給料が紙だけに神が紙を拾ってくれたのだ
俺の給料も両親がいなくて寂しかった俺の心も拾ってくれた
カカシ先生、ありがとう
それから俺は、やっとカカシ先生に俺の想いを素直な気持ちで伝えたのだった
「好きです」と
終わり
拾う神 14
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