春の嵐10
「ああ〜、どうしよう〜」
カカシは、ぐじぐじと悩んでいた。
「もー、イルカ先生に会えない〜」
イルカに、イルカの名前が書いてあるお金が入った封筒を渡すと、すんなりと受け取った。
やはり、イルカのものだったのだ。
どういう経緯でカカシがイルカのお金を持っていたのかは不明だが、お金がない間、イルカは不自由したに違いない。
「あーっ」
カカシはベッドに突っ伏した。
「イルカ先生に迷惑掛け捲って、面倒たくさん掛けて」
頭を抱える。
「俺って何なの?普通に駄目なヤツじゃない」
ベッドに突っ伏したまま、足をバタバタさせるカカシは丸きり子供だ。
「せっかく、イルカ先生と仲良くなれたと思ったのに」
はあ、と溜め息が出る。
「これじゃあ」
がくっと肩も下がる。
「恋人どころか、友達になるのだって難しいよ・・・」
今さら、どの面下げて会えばいいんだ、とカカシの溜め息は止まらない。
「あー、明日は任務に行かなけりゃあ、いけないのに」
怪我は既に、もう治っているので下忍の指導をしなければいけないのだ。
カカシは上忍師なので。
「受付に行ったらイルカ先生に会うよなあ」
どうにも気まずくて会いたくない。
会いたくないけれど、会いたい。
会って声を聞いて、顔を見たい。
顔を見たら笑ってほしくなる。
イルカの笑顔が見たくなる、そうするとイルカに触れたくなる。
欲求は尽きない。
「ううう・・・」
己の欲するものが多すぎて、それが抑制できない。
イルカのこととなると自分に押さえが利かなくなる。
怖い現象だ。
「とにかく」
カカシが打開策を練った。
「明日は任務を午前中で何とか終わらせて、午後からは家で寝ていよう」
イルカが受付に入るのは夕方からだと思うし。
「一日、顔を合わせずに冷却期間を置いて、頭を冷やしてから」
もう一回、イルカ先生に会って謝ろう。
冷却期間とはカカシが自分に対しての処置だ。
「あー、でも」
カカシはイルカに言った自分の発言を思い出した。
「イルカ先生に、もう付き纏いませんからとか、カッコつけて言っちゃったよ・・・」
今さらながら後悔した。
次の日、子供たちの任務を計画通り、午前中で終わらせたカカシは家に戻っていた。
計画通り、イルカにも会わなかった。
「・・・これでいいんだよね」
これまた計画通り、ベッドに潜り込んでから呟く。
「イルカ先生に会えなかったけど」
カカシは枕に頭を沈み込ませる。
だんだん、瞼が落ちてきた。
怪我が回復したものの子供たちの相手は戦闘とは違い、すごく疲れた。
思ったよりも疲れていたカカシは、そのまま夕方まで、ぐっすりと眠り込んでしまった。
遠くで音がしているような気がする。
「っるさいな」
カカシは布団を頭まで掛けた。
幻聴かと思ったが、音は大きくなっていく。
どんどんどん、ばんばんばん。
音は玄関の方から聞こえる。
眠そうな目を、いっそう眠そうにしてカカシは、むくっとベッドから起き上がった。
顔は不機嫌そのものだ。
「・・・眠れないっての」
安眠妨害もいいことだ。
怒鳴りつけてやる。
寝ぼけた頭で考えたカカシは本能の赴くままに玄関の扉を開けて言った。
「っるさいなー、寝てんのに。誰よ?」
ばんと勢いよく玄関扉を開けた先にいたのは・・・。
イルカだった。
額に汗して、息を切らせている。
信じられなかった。
イルカが目の前にいる、カカシの目の前に。
カカシの姿を見たイルカは安堵したように息を吐く。
そして言った。
「よかった、生きている・・・」
「イルカ、先生?」
話していくうちにイルカは、今日一日、カカシの姿を見なかったことに不安を覚えたらしい。
怪我が悪化して倒れたりしていないか、とか思ったのだ。
それで、わざわざカカシの家まで足を運んでくれた。
その事実を知るとカカシの胸に言い知れない、なんとも言えない気持ちが広がる。
心に、ぽっと炎が灯り、あったかくなるような。
その気持ちに押されるまま、カカシはイルカに手を伸ばした。
呆気なく、イルカは掴まりカカシの胸の中に納まった。
「イルカ先生、嬉しい」
そう言ってからカカシは、ぎゅっとイルカを抱きしめた。
優しく包み込むように。
「カカシ先生!」
焦ったようなイルカの声がした。
ぐい、と胸を押してくる。
「体は何ともないんですか?痛みとか?」
「ぜーんぜん、元気です」
カカシが首を振るとイルカが脱力したようにカカシの胸に、ぐったりと凭れ掛かってきた。
凭れ掛かって、また起き上がる。
「本当に本当なんですね?」
「本当に本当です」
真面目にカカシは答えた。
「ほら、俺、何ともないでしょう」
これ幸いとイルカを抱きしめて触れ合う。
「そうみたいですね」
カカシの腕の中からは抜け出せないものの、イルカはカカシの頭の天辺から爪先まで何回も見て納得した。
「怪我も、ちゃんと治ってますよ。今日は任務は午前中で終わってしまったので午後から家で寝ていたんです」
もちろん、意図的にそうしたのだが「疲れたんですね」とイルカは勝手に解釈していた。
「なら、よかったです、本当に」
やっと笑顔を見せてくれたイルカは「カカシ先生を無事を確認できたので帰ります」とつれないことを言った。
「え、もう帰っちゃうの?」
「はい、カカシ先生の眠り妨げてすみませんでした」
丁寧に謝ったイルカは本当に帰るつもりのようだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
カカシは慌てる。
慌てるあまり、ナンパするように言葉を言ってしまう。
「そんなに急いで帰らなくても、やっと会えたのに。あ、そうだ!お茶!お茶していきませんか、俺んちで」
無理やり、イルカを部屋に上がらせた。
「はい、どうぞ」
言葉通りにカカシはお茶を淹れて、イルカの前に置いた。
「・・・どうも」
イルカは少し緊張気味で正座している。
カカシの家には何回も来ているというのに。
「あの、イルカ先生」
一口、お茶を飲み、気を落ち着けたカカシはガバッとテーブルの上で平伏した。
「本当にすみませんでした!ごめんなさい!」
素直に謝った。
「イルカ先生の大事なお金を持っていたりしてごめんなさい」
「カカシ先生・・・」
「イルカ先生、お金を返してほしくて俺に近づいてきたんでしょ、気がつかなくてすみません」
「あの・・・」
「色々、迷惑掛けて何とお詫びしてよいやら」
「落ち着いてください、カカシ先生」
頭を上げると、自分を見つめて微笑むイルカがいた。
「もう、いいんです」
「でも、怒っているでしょ?」
「最初は怒りもしましたけどね」
イルカも一口、茶を飲む。
「お金を返してほしかったのも事実です、だけど」
「だけど?」
いったい、イルカは何を言おうとしているのか?
「カカシ先生と一緒にいるうちに、そんなの、だんだん、どうでもよくなって」
じっとイルカを見つめると、ほのかに赤くなった。
「なんだか、カカシ先生と一緒にいるだけで好くなってしまったんです」
「え・・・」
空耳かと思った。
イルカの口から、そんな言葉が出るなんて。
「ずっとカカシ先生と一緒にいられたらと思うようになって、それで」
それで。
その先が聞きたかった。
「それで、カカシ先生がいないと寂しくなって」
哀しくなって、苦しくなって。
「イルカ先生!」
イルカの告白を聞いたカカシは素早くイルカの傍に行った。
「俺も!」
ぎゅっとイルカの手を握る。
「俺もイルカ先生と同じ気持ちです!」
はっとしたようにイルカの目が見開いた。
「イルカ先生が傍にいてくれたらいいのにと思って。一生、一緒に傍にいてくれたらと」
「そうですか」
イルカは、ふわりと笑った。
「俺たち、同じ気持ちだったんですね」
嬉しそうに。
そんなイルカを見てカカシは、つい言ってしまっていた。
「イ、イルカ先生・・・」
ぐぐっとイルカに迫る。
「あ、あの」
柄にもカカシは上がっていた。
だから本来、言いたかったことと少し違うことを言ってしまったのだ。
「お友達になってください!」
本当は「恋人になってください!」と言いたかった。
「はい、喜んで」
だけども、イルカがとっても嬉しそうにしていたから。
カカシの手を握り返してくれたから。
まあ、友達からでもいいかと。
友達から、ゆっくりと恋人になればいいかと思ったのだ。
「それはそうと」
イルカと仲直りしたカカシはイルカに疑問に思っていたこと訊いてみた。
「どうして、俺がイルカ先生のお金を持っていたんですか?」
「ああ、それは」
くすっと笑いを漏らしながらイルカが説明してくれた。
説明を聞き終えたカカシは、ばたりと床に崩れ落ちる。
「俺って俺って俺って・・・」
酔っていたとはいえ、イルカのベストの前を開けて、イルカにべたべた触っていたなんて!
なんて羨ましいんだ。
酔っていたので、欲求のままに動いたと推測される。
「まあ、カカシ先生。かなり、正体不明に陥っていましたから仕方がないですよ」
イルカが慰めてくれた。
カカシの不埒な行動に怒っていないのが、唯一の救いだ。
「イルカ先生、本当にごめんね」
「もう、気にしないでください」
「うん、ありがとう。これからも懲りずに付き合ってくださいね」
「こちらこそ」
イルカが頷く。
「あ、そーだ」
起き上がったカカシがイルカに申し出た。
「俺のこと『カカシ先生』じゃなくて『カカシさん』て呼んでもらえませんか?」
カカシ先生もいいけれど、カカシさんがいい。
より親密になったような気がする。
「そ、そうですね」
照れたようにイルカが頬が赤くなった。
「ねえ、呼んでみて」
今、ここで。
リクエストするとイルカは頬を染めたまま、カカシの名を呼んだ。
「・・・カカシさん」
「も一回」
「・・・・・・カカシさん」
ますます、赤く染まっていくイルカを見ながら友達から恋人への道は、そんなに遠くないと予感するカカシであった。
終わり
春の嵐9
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