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春恋



それはカカシが上忍で年の頃は十六。
一人、任務で森の中。
夜、火を焚いて暖をとっている最中であった。
季節は春だったが、まだまだ寒い。
「よう、元気か?」
森の中から不意に現れた仲間にカカシは大げさに驚いてみせた。
仲間の名前はアスマだった。
同じ上忍でカカシよりも少し年上だ。
「びっくり〜。どうしたの、こんなところで」
「驚いている真似はよせ」
現れた相手は苦笑すると「連れがいる」と言い、その連れを呼び寄せた。
「おーい、こっち来ていいぞ。里の仲間だ」
夜の森の中から「はい」と小さな返事があり、その連れが姿を現す。
夜の闇に溶け込むような髪の色と目の色を持っていた。
「イルカ、こいつはカカシってやつだ。カカシ、この子はイルカだ」
「ども」
カカシが軽く挨拶するとイルカは何も言わずに、ぺこりと頭を下げただけであった。



「ちょうどいい。一緒に休ませてくれ」
「いいけど」
イルカを、ちらと見てカカシは了承した。
「俺は任務に行く途中で明け方には出発するけど、それでよければ」
「ああ、充分だ」
アスマは座りイルカには座るように促した。
「寒くないように火の傍にいろよ」
イルカは頷き、カカシから少し離れた場所に座る。
座って膝を抱え込み、じっと火を見つめていた。
火に照らされた顔色は青白く不健康だ。
「で、アスマたちはこれからどこ行くのさ」
「ああ、里への帰還中だ。ちょっと」とイルカを親指で指差した。
「加減が良くないもんでな、休ませようと思っていたら、ちょうどカカシがいたってわけだ」
「ふーん」
加減とは体調のことであろう。
体調が悪くて顔に血の気がないらしい。



「そんな加減が悪い人を、どうして任務に連れて行ったんだよ」
イルカの様子を見てカカシは咎めるような口調になった。
見たところ、上忍てわけでもなさそうであるし年も、きっとカカシより下だろう。
「出発時は何ともなかったんだよ。当たり前だろ、調子の悪いやつを任務に連れて行くわけない」
「それは、まあ」
アスマは、ひそっとカカシに囁いた。
「来年、中忍試験を受けるんだが本番に弱くてな。中忍試験の予行練習も兼ねて俺の任務に連れてきたんだが」
渋い顔をしている。
「本番は良かったんだが終わったら悪くなってな。まあ、なんだ。そういうこった」
「・・・じゃあ、まだ下忍なの?」
「ああ、去年も一昨年も中忍試験に落ちていてなあ」
「ふーん」
下忍も中忍も、ほとんど経験したことがないカカシは試験に落ちるという感覚がいまいち解らない。



「あ、そうだ」
思いついたようにアスマが立ち上がった。
「この辺に水場はあるか?」
「ああ、ここ真っ直ぐ行けば池があるよ。水は飲める」
「ちょっくら、そこへ行ってくる。その間、イルカを頼むぜ」
「あー、うん」
アスマはイルカにも声を掛けた。
「少し出てくるからな、ここで待ってろ」
一瞬、戸惑うような顔をしたがイルカは素直に頷いた。
「何かあったらカカシに言え。一応、上忍で頼りになるから」
「一応は余計だよ」
「とりあえず上忍だから」
「もっと悪い」
顰め面をするカカシ。
「とにかく頼んだぞ」
行く間際、アスマはカカシにだけ聞こえるように言った。
「いいか、絶対に手を出すなよイルカに」



最初、アスマに言われたことに対して呆気にとられていたカカシである。
アスマの姿が見えなくなってから、やっと言われたことの意味に気が付いた。
「なに、あれ」
口の中だけで呟く。
「どーして手を出すとかって話になるんだ。だいたい、俺は恋愛に関しては純真無垢な一途な若者だってのに」
アスマが手を出すなと言った原因はカカシが日頃から読んでいる愛読書にある。
まだ十六のくせに十八禁の本を読んでいた。
それも隠れてではなく堂々と。
だが、そんなこととは露知らずカカシは膨れ面になっている。
一人考えに耽っていると、ごほ、と咳き込む声がした。
ごほごほ、と咳が聞こえる。
はっと見るとイルカが口元を押さえて咳をしていた。
顔が先ほどより青ざめている。
「大丈夫?」
訊けばイルカは、こくこくと頷いた。
「薬は飲んだの?」
今度は首を横に振る。
「もー、アスマは何やってんの」
薬くらい飲ませたらいいのに、と思いながらカカシはイルカの傍へ寄り背中を摩った。



背中を摩っているとイルカの体温が伝わってくる。
心なしか体が熱い。 「えっとイルカ、だっけ」
イルカはカカシに名を呼ばれて初めてカカシを見た。
カカシを凝視している。
「イルカ、熱があるんじゃないの?」
そう問うとイルカは「いいえ」と掠れた声で答えた。
「平気です」という声は無理をしているようにしか思えない。
「いや、熱があるって」
「ないです」
「ある、絶対に」
「ないです」
イルカは頑なだ。
初対面のカカシに迷惑を掛けたくないのかもしれない。
しかしカカシはイルカのことが心配だった。
アスマから任されたということばかりではなく、同じ里の同胞として階級は関係なく心配であったのだ。



「いいから、ちょっと見せてみなさいよ」
イルカの態度に焦れたカカシはイルカの額宛を毟り取った。
自分の額宛も取り外す。
イルカの両肩を掴むとカカシはイルカの額に己の額をつき合わせた。
二人の額が触れ合う。
「ほら、熱いじゃない」
額を合わせるとイルカの体温が高いのがよく分かった。
「イルカ、熱があるんだよ」
じっくり言い聞かすように言うと間近にあったイルカの瞳が伏せられた。
黒い瞳が下を向く。
「頑張ろうと思っているのに」
独り言のように呟かれた言葉は自嘲的だった。
「俺って駄目だな」
「そんなことないよ!」 その言葉を聞いてカカシは慰めずにはいられなかった。
イルカの言葉がひどく哀しげで慰めずにはいられない。
掴んでいた肩を強く握ってイルカに顔を近づけて言う。
「失敗は誰にでもあるって。でも、そこで諦めちゃ駄目なんだよ」
イルカは盛んに瞬きをしてカカシを見ていた。
カカシもイルカの目を真っ直ぐに見ている。
しばし見つめ合った。



「何してやがる!」
唐突に現れた、その気配はカカシの背に蹴りを食らわせた。
結構な力で。
「イルカに手を出すなって、あれほど・・・」 カカシの背後から現れたアスマは、イルカの肩を掴んでいるカカシが不埒な行いをしようとしているようにしか見えなかった。
ところが・・・。
カカシの背に蹴りを食らわせたことで、油断していたのかカカシはイルカごと、どっさと前のめりに倒れてしまった。
折り重なって倒れたので当然、カカシの体の下にはイルカがいる。
重なり合ったカカシとイルカは暫く動かなかった。
二人とも何やら体が硬直しているようで。
やがて、のろのろと体を起こしたカカシがアスマを見て恨めしそうに言葉を発した。
「・・・・・・キス」
「え?」
「キスしちゃった」
「は?」
「イルカとキスしちゃったじゃない」
カカシの体の下にいたイルカは真っ赤な顔で口元を押さえている。
カカシは叫んだ。
「初めてのキスは初恋の人とするはずだったのに!」
叫び声は深夜の森の中に木霊したのだった。




春恋2



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