fever out! 5
「ただいま〜」
数日ぶりに我が家だ。
家に帰ってきたイルカは、ほっとした顔になった。
「はー、家だ家だ〜」
すぐに脱いでいた服を脱ぎ捨てて、身軽になって寛いでいる。
最低限の服は着ているが。
「いいなあ、家って。家が一番だなあ」
ぐわあ〜と床に大の字になっている。
かと思うと床を、ごろごろ転がっていた。
「イルカ、風呂沸かす?」
「あ、すみません」
がばっとイルカは起き上がる。
「いいですよ、自分でしますから」
「いいからいいから、まだ病み上がりでしょ」
退院はしたものの、まだ通院はしなければならない。
背中の傷は、だいぶ良くなっていた。
「すみません、家の風呂も久しぶりだなあ」
イルカは床に胡坐をかいて、にこにこしている。
「でも、長風呂は駄目だからね。あと背中の傷は、なるべく濡らさないでね」
「大丈夫ですって」
イルカは、すこぶる機嫌が良い。
「風呂の時は俺が介助してあげるから」
「いいですってば」
ふるふるとイルカは首を振った。
「病院でもカカシさんに体を拭いてもらったりしていたのに」
家に帰ってまで、そんなことしないでくださいと、ものすごく遠慮している。
それに恥かしいし、と顔を赤らめる。
「そんなの当たり前でしょ。気にする方がおかしいよ」
だって俺たちの仲じゃない、とカカシの方も機嫌が良かった。
二人して、暫く見詰め合う。
にこにこしながら。
好い感じの空気が流れていたのだが。
「あ!そうだ!」
何かを思い出したようにイルカが立ち上がった。
「そうそう!忘れていた」
部屋の中を、とことこと歩いて棚の引き出しを開けて、ごそごそしている。
「あった、あった」
チャリンと音がした。
「はい、カカシさん」
イルカが手を差し出してくる。
手の平の上にはお金が乗っていた。
「これ、カカシさんに借りていたお金です。返すのが遅くなってしまってすみません」
「・・・なんのお金?」
カカシは、すっかり忘れていた。
「ほら、ラーメン代ですよ。任務に行く前に財布を忘れた俺に立て替えてくれた分です」
「あ、そういえば・・・」
先ほどの退院祝いのラーメン代はカカシがお祝いとして支払ったのだが、その前に分については立て替えていたのだ。
カカシとしては奢っても何ら問題なかったのだが。
「よく覚えていたね」
差し出されたお金をカカシは、何となく釈然としないまま受け取った。
もっと大事なことがあるような気がするのは気の所為か?
「ラーメン代くらい、いいのに」
「そんな訳にはいきませんて」
イルカは渋い顔になる。
「人様にお金を借りたまま返さないのは気になってしょうがないです。気になり過ぎて死ねませんよ」
「そんなもん?」
「そんなもんです」
大きくイルカは頷く。
「任務で怪我して助けていただいたときも、カカシさんの顔を見て、真っ先にお金を返さなきゃと思ったんですから」
「・・・・・・え?」
「お金返すことを言おうとしたら、カカシさん、勘違いしてましたけど」
「もしかして、あれって」
確かにイルカは怪我をして倒れていたが、カカシの腕の中で少しだけ意識が戻って何かを言っていた。
「あの『か』とか『おか』とか『ちが』とかってやつ?」
「そうです」
最初の『か』はカカシさんで合ってますけど、とイルカは言う。
朦朧としていながらも記憶は、はっきりあるらしい。
「『おか』はお帰りなさいじゃなくて、お金です」
お金を返すと言いたかったらしい。
「『ちが』ってのはカカシさんが勝手に『血が』と解釈してしまってましたが、違うと言いたかったんです」
「そんな〜」
ロマンも何もない。
イルカは死に瀕していても現実的だったようだ。
「もしかして、俺にお金返すまで死ねないとか思った?」
「・・・あははは〜」
「笑って誤魔化さないの」
怖い顔のカカシに迫られてイルカは白状した。
「ちょっとだけ」
がくーっとカカシの肩が落ちる。
「カカシさん?」
「・・・死ねないと思ったのが俺の存在じゃなくて、俺に借りたお金だったなんて」
落ち込んでいた。
「俺って俺って、お金に負けた・・・」
「カカシさん、あのですね」
「イルカにとって俺って何なの?」
完全に落ち込んで、拗ねも入っている。
「カカシさんは大事な人ですよ、大事な人に借りたお金は返さないとって思ってですね」
常にないカカシの態度にイルカは、おろおろして戸惑っていた。
「ごめんなさい、カカシさん。そんなつもりじゃなくてですね」
「じゃあ」
カカシは自分の唇を人差し指で指した。
「キスしたら許してあげる」
「・・・・・・・・・キスなら薬を飲ませていただいたときに三回ほどしましたよね?」
そんなことまでイルカは覚えていた。
「あのねー」
ぐいっとイルカの手首を引っ掴んで、勢いよく引き寄せた。
引っ張られたイルカは、ぽふとカカシに胸の中に落ちて収まる。
「あれはキスじゃなくて医療行為。全然違うでしょ」
「そんなこと言われても・・・」
「イルカ」
真剣な声で呼ばれてイルカは顔を上げた。
至近距離にカカシの顔がある。
驚くほど綺麗で整った顔がイルカを見ていた。
イルカだけを見つめている。
その圧倒的な見目麗しさから目が離せない。
離すことができない。
こんなにカカシが格好いいと思ったことはない。
「イルカ」
名前を呼ばれると何故か背筋が、ぞくぞくとした。
低い声が甘い響きを伴って、イルカに絡みつく。
「イルカ、好きだよ」
近づいてきたカカシの顔を見ていられなくて、イルカは目を閉じた。
「でさ」
風呂から上がったイルカの髪を拭きながらカカシは尋ねた。
「あんなところで、何をしていたの?」
あんなところとはイルカが敵に襲われて血だらけで倒れていた場所のことだ。
「何って、任務ですよ」
「任務で、あんなに怪我したの?」
カカシの声は少々、尖っている。
「イルカは、もっと機敏に動けると思うし、逃げ切れない相手じゃなかったでしょ」
そう指摘されるとイルカは罰が悪そうな顔になった。
「まあ、そうですけどね」
しょがないんです、と肩を竦める。
「だって、今回の任務、俺、囮役だったんですもん」
「囮?」
「そうです、敵を引き付ける役だったんです。なるべく、長く敵を足止めしなきゃと思ったら逃げるタイミングを失ってしまって」
「・・・・・・ったく、もう」
カカシは、がしがしと乱暴にイルカの髪をタオルで拭いた。
「痛い痛い、カカシさん!」
「そんなんで、ひどい怪我してたんじゃ、いっくら体があっても足らんでしょうが」
ぽいとタオルを放り投げて、後ろからイルカを抱え込んだ。
「ほんと、気をつけてよね。ものすごく心配したんだから」
「・・・ごめんなさい」
「心臓が止まりそうになったんだからね」
「・・・すみません」
「次に同じことがあったら、任務になんて行かせないから」
物騒なことも言い出した。
「何を言ってんですか、カカシさん」
「本気だよ、俺」
「・・・・・・覚えておきます」
イルカの返事に満足したのか、イルカを抱きしめるカカシの腕に力が入った。
それから数年後。
暗部を抜け、木の葉の里で上忍師となったカカシとアカデミーの教師となったイルカ。
二人は、ますます濃密な関係になっていたのだが。
イルカは、ある事件が切っ掛けで再び、背中に怪我を負った。
背中もだが、体中、包帯だらけになっている。
「ああ〜、俺のイルカの、今では俺のものとなったイルカの背中が〜」
イルカの背中の怪我を見て、カカシが咽び泣いていた。
「あのとき、せっかく傷が治って綺麗な背中になったのに。この傷跡は残るそうじゃない」
何で、こんなことに、と床に膝を突くくらい激しい失意の底にいる。
「まあまあ、カカシさん」
「怪我もしないようにって言ったのに」
「すみません・・・」
「こんなに俺を心配させて」
「ごめんなさい・・・」
「じゃあ」
きらっと片目を光らせたカカシは大人になっていた。
駆け引きもお手のもの。
「同じことがあったら任務に行かせないって言ったよね?覚えている?」
う、とイルカは返答に詰まる。
ここで、迂闊な発言をするとカカシの思う壺だ。
「えーっとですね」
目をきらきらというより、ぎらぎらさせてカカシはイルカが何と言うか待ち構えている。
獲物を狙う獣のように。
「ほら、あれですよ」
イルカは、妙に人のいい顔で微笑んだ。
「背中に傷跡が残るかもしれませんが、俺の背中を見るのはカカシさんだけじゃないですか」
「当たり前です」
無駄に男らしく、きっぱりとカカシは言った。
「じゃ、いいじゃないですか。ねえ、カカシさん」
小首を傾げて、にこりとされて、優しい声で名を呼ばれて、甘えるように手を伸ばされるとカカシに勝ち目はないわけで。
「好きです、イルカ先生」
大好き、イルカ。
腕の中の愛しい人にカカシはキスをしたのだった。
終わり
fever out!4
text top
top