fever out! 1
「あっついですねえ」
店の外に出たイルカは太陽が眩しかったのか、手を翳す。
「真夏の暑さですね」
「暑い暑いと言いながら、熱々のラーメンを食べてた人は誰よ?」
後ろにいたカカシはイルカをからかった。
「だって、食べたかったんですもん」
振り向いたイルカの額には汗が浮かんでいる。
普段、額にしている額宛は暑さで蒸れるのか、首元まで下げてしまっていた。
「暑くてもラーメンは食べる!それが俺のポリシーです!」
イルカは、ガッツポーズで宣言する。
「ポリシーねえ」
「あ、カカシさん、立て替えてもらったラーメン代、後で返しますから」
財布を忘れたイルカはカカシに立て替えてもらっていた。
イルカがそう言うとカカシが肩を竦めた。
「いいよ、イルカのお給料少ないんだから奢られときなさい」
「そんなの駄目ですよ」
イルカが首を振る。
「お互いに仕事して、お金を貰っている身なんですから、そういうことはきちんとしないといけません」
お金には細かかった。
一緒に家で食事をするときも食費の折半に拘ったりする。
「そんなの、いいのにー」
面倒くさそうなカカシの返事に、イルカは頑なに拒否を貫く。
「駄目ったら駄目です。命がけの任務をしてカカシさんが稼いだ大事なお金でしょう」
現在、カカシは暗部の所属で危険な任務に就くことが多い。
イルカは中忍で修行中の身の上だ。
アカデミーの先生を目指して勉強している。
そして、カカシとイルカは恋人のような、そうでないような間柄だ。
カカシがイルカを好きなのは間違いないのだが。
「お金は将来のために貯金しておかないと」
将来のことも、ちゃんと考えているイルカは、まだ十代だ。
「何が起こるか分かりませんからね、投資して財産を増やすのもいいかもしれません」
企業に投資して里の経済を回すんですよ、とか。
十代らしからぬ財テクの話をしている。
「分かりましたか、カカシさん」
「ああ、うんうん、分かった分かった」
カカシは適当な返事だ。
「もう、ぜんぜん分かってないじゃないですか」
「いいのいいの」
つと、カカシは自分の唇を指差した。
「あー、そんなに言うならさー、キスしてよ」
ここに、とイルカに迫る。
「キスしたら、それでラーメン代はちゃらってことにするから」
「・・・そ、そんなの嫌です」
「嫌なの?イルカは?」
俺とキスするの?
カカシは意図的に、少し悲しげな顔をしてみた。
「嫌、じゃないですけど」
「じゃあ、いいじゃない」
「・・・ラーメン代の代わりってのは嫌です」
何かの代償ってのは・・・、と口をもごもごさせている。
「なーんだ」」
あははは〜とカカシは笑ってしまった。
「イルカのキスに値段はないのね、無償なんだ」
「・・・普通は、そうじゃないんですか?」
「うん、そうだね」
笑いを引っ込めたカカシは素直にイルカに同意した。
「キスにあるのは愛だけだ〜ね」
なにやら、二人の間の空気が変わって、いいムードが漂ってきた、その時。
ぴーっと音が聞こえてカカシの元に白い小鳥が舞い降りてきた。
集合の合図だ。
「ちぇっ、いいところだったのに」
暗部の集合は、いつも突然だ。
突然、呼び出されて何ヶ月も里の外に任務に出るというのはザラだ。
「あーあ、行かなきゃ」
残念そうな声を出したカカシはイルカを見る。
「すぐに帰って来れるか、長く帰って来ないか、分からない」
はあ、と溜め息を吐く。
「どっちにしろ、イルカに会えなくなるな〜」
声には寂しさがこもっている。
「待ってますから、俺」
任務に出るカカシをイルカは元気付けた。
「里で待ってますから、気をつけて任務に行ってきてくださいね」
「帰ってきたら、キスしてもいい?」
「・・・・・・考えときます」
「ホッペにチューじゃなくて、口にするやつがいい」
「・・・・・・・・考えときます」
「そっか!」
カカシが明るい顔になった。
「じゃあ、任務、頑張ってくるね!」
待っててね、と最後にいうと、ぼんと煙が上がって姿が消えた。
カカシは行ってしまった。
暗部の任務に。
「あーあ、イルカに会いたいなあ」
「もうすぐ、会えるだろう」
任務中、何回言ったか分からないカカシの独り言をまた聞いて、カカシの隣を走っていた暗部は、うんざりしている。
「里への帰還途中なんだから、里に着いたら嫌ってほど会えるぞ」
「会っても嫌にならないから」
「・・・そーかい」
「会えば会うほど好きになるんだよねえ」
「・・・・・・そーかい!」
隣の暗部はカカシとイルカの関係を知らないわけではなかったので、ぶっちゃけ羨ましかった。
「俺だって出会いさえあれば、きっと・・・。貴重な青春時代を任務で費やして、悲しい独り身生活を送っているのに・・・」
何やら、ぶつぶつ言い始めた。
「神様は不公平だ、真面目に生きている俺に出会いがないなんて・・・」
「はいはい、そのうち良いことあるよー」
台詞棒読みのような声でカカシが慰めた。
「俺のように素敵な恋人できるからー」
大丈夫大丈夫ー、と。
「うっさい、自分が幸せだからって惚気やがって」
すごいスピードで走っているはずなのに、隣の暗部はカカシに蹴りを繰り出して、カカシが器用に避けたりしている。
「僻まない僻まないー」
「ムカつく〜」
本格的に喧嘩が始まりそうなので、周囲のいた他の暗部が止めに入った。
やれやれ、といった表情だ。
「やめろ、非生産的かつ無益な争いは。恋人がいないのが現実なんだから、どうしたら恋人ができるのか建設的な意見の交換でもしろ」
「そうそう、独り身は恋人持ちに絶対に勝てないの、明白だから」
どっちかというと、トドメを刺していた。
そんな軽口を叩いて走っていた暗部が、ぴたりと全員、足を止めた。
一斉に気配も消す。
目配せだけをして、すっと姿が見えなくなった。
その光景を目にしたカカシは息を呑んだ。
面の下で大きく目を見開く。
目の前の光景が信じられなかった。
嘘だと言ってほしい。
幻だと言ってほしい。
夢なら覚めてほしい。
強く願うほどの、その光景は・・・。
どこの里かも分からぬ忍が数人。
地面にうつ伏せに横たわった誰かを見下ろしている。
「ちっ、何も持っていねえ」
「その割には激しい抵抗だったな」
「所詮は無駄に終わったが」
嫌な感じの笑いを浮かべて、足先で地面に横たわっている人間の肩口を蹴っ飛ばす。
蹴っ飛ばされた弾みで、うつ伏せだった人物が仰向けになった。
その顔は、カカシのよく知る顔で。
血の気が失せた顔は真っ白で、唇の端は切れて血を流し、頬には殴られた跡がある。
そして体は血に塗れて、ベストは血が染み込み色が変わっていた。
傍目から見ても出血が多いのは一目で分かる。
意識がないのか、蹴飛ばされても反応はない。
生きているのか死んでいるのか・・・。
息を呑んだカカシは声を出さずに呟いた。
「イルカ」
イルカの目は閉じられて血の気のない、その顔は。
まるで死人のようだ。
もう一度、呟く。
「イルカ・・・」
身の内から湧き上がってくるのは不安と絶望だけしかなかった。
fever out!2
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