その一言が命取り1
その日、アスマはカカシが朝から浮かれていると思っていた。
いつものように愛読書なる本を読んではいたが、そわそわとしていて、どこか落ち着きがない。
視線は本を見てはいるがページを捲ってないのが何よりの証拠である。
ふーむ、とタバコを吸いながらアスマは考えた。
そわそわしているカカシは時折、にやりと笑みを浮かべては慌てて顔を本で隠してたりしている。
ああ、とアスマは思い至った。
これはあれだ、イルカ絡みだと。
直接、尋ねたことはないがイルカとはカカシと徒ならぬ関係の人物であった。
徒ならぬとは友人の域を超えた恋愛を含んだ関係だ。
その人物、イルカとはカカシと同じ男性ではあったけれども。
そういや、と他にも思い当ることがあった。
確か明日はカカシは休みのはずだった。
休みねえ〜。
タバコの煙を吐き出してアスマはカカシを観察した。
そわそわと落ち着きがないのは休み前だからか。
きっとカカシはイルカと何か予定していることでもあるのだろう。
それが楽しみで仕方がなくて待ち遠しい。
カカシの行動からは、そう読み取れた。
そんな浮かれたカカシが伝染したのかアスマは、つい言ってしまった。
「カカシ」
「なーに?」
本を閉じずに目だけでアスマを見てくる。
「明日、休みなんだろ?酒でも飲みでも行かねえか」
「飲みねえ」
誘われたカカシは眉を潜める。
「飲みねえ・・・」
もう一度、言った。
「ああ、偶にはいいだろう。イルカも誘ってな」
「イルカ先生!」
イルカの名を聞くとカカシの顔が、ぱっと明るくなった。
「イルカ先生も一緒だったらいいかなあ」
カカシは思案顔だ。
今度はカカシは、ふーむと考えている。
「飲むのはいいけどアスマも一緒か、それともやっぱりイルカ先生と二人きりがいいか・・・」
なにやら、ぶつぶつ言っている。
腕まで組んで考え始めた。
飲みに行こうと誘われただけなのに。
カカシが迷っていると上忍控え室の扉がノックされて、がららと扉が開けられた。
「こんにちは〜」
顔を出したのは話題になっていたイルカ本人であった。
上忍控え室に顔を覗かせたイルカはカカシとアスマを見て人懐こそうに、にこっと笑う。
「カカシさん、どうも。アスマ先生もいらしゃったんですね」
礼儀正しく頭を下げて挨拶をしてくる。
そんなイルカの元を、ひゅんと一瞬で近寄ったのはカカシであった。
「イルカ先生、どうしたんですか」
言いながらも顔は緩んでいる。
抱きつかんばかりの近い距離であった。
「こんなところまで来るなんて」
イルカを前にすると上忍のカカシも形無しである。
よっぽどイルカのことが好きなのだろう。
二つ名を持つ忍の影も形もない。
にこにこと人の良さそうな顔をしている青年が、そこにいた。
「ええ、その〜」
イルカはカカシの顔を見て何かを言い難そうにしている。
そんなイルカを気遣ってかカカシがイルカに話題を振っていた。
「あ、そうだ!イルカ先生、今晩、アスマに飲みに誘われたんですけど行きますか?」
「え、飲みにですか」
「はい、俺とイルカ先生とアスマと三人で」
「あ、そうなんですか」
答えたイルカは何故か、ほっとしているようであった。
「今晩、アスマ先生と飲みにですか?」
「はい、そうです」
カカシは頷く。
「あ、もちろん、イルカ先生が嫌ならぜーんぜん断ってくれて構わないんですよ。アスマに気を遣う必要なんてありません」
余計なフォローまでしている。
「いえ、そういうことではなくてですね」
イルカは苦笑した。
「カカシさんにもアスマ先生にも申し訳ないのですが、ちょうど良かったなと思いまして」
含む言い方をするイルカにカカシは訝しげな顔をした。
「ちょうど良かったって。何がですか、イルカ先生」
話している間にもカカシは、さり気なくイルカの手を握っていた。
本当にさり気ない動作でアスマも今さっき気がついたほどだ。
「実は、俺」
イルカは爆弾発言をした、カカシにとっての。
「急な任務が入ってしまって」
「え、にん・・・」
カカシの細い目が全開した。
とっても驚いている。
「これから行かなくてはならないんです。明後日には帰ってきますから」
「え、これからって」
目を全開にしたままカカシはイルカに詰め寄った。
「これからってこれからですか!」
「はい、どうしても俺にと指名がきて・・・」
「イルカ先生を指名!」
叫んだカカシは、なんて羨ましい!という言葉が続けられそうな勢いである。
「イルカ先生を指名なんて、そんな素敵な、いや素晴らしい、じゃなくて不適なことするやつがいるんですか?」
カカシの本音が、うっかり漏れていた。
「指名っていってもですね」
イルカは丁寧に説明をした。
「ほら、先月に俺、任務があったでしょう?」
「はい」
「その任務で火影さまの親書というか手紙をある大名のところに届けてきたんです。その大名から、返事を俺に取りに来てほしいってことなんですよ」
「なるほど〜」
「なんでも」
そこでイルカが照れ笑いをする。
「大名の娘さん、ええっとお嬢さんが俺に会いたいって仰ったらしくて」
「・・・・・・・・・え」
その言葉はカカシにとって諸刃の剣であったらしい。
カカシの動きが、ぴたりと止まった。
そんなカカシに気がつかないのかイルカは話を続ける。
「親書を届けに行った際に少し時間があったので、お相手したんですよ。そしたら俺のこと覚えてくれていたらしくて」
イルカは嬉しそうだった。
「先月、任務に行って俺が里に帰るときには帰らないで〜って泣かれてしまって。おまけに帰るなら結婚してとか言われちゃって」
困りましたとイルカは笑い話として話をしているが。
アスマは気がついていた。
そううっとカカシが殺気を放ち始めたことを。
殺気という名の嫉妬の炎を、めらめらと燃え上らせている。
はっきり言って今のカカシは関わりあいたくない相手ナンバー1だった。
なのにイルカは無情にもアスマに言った。
「俺、今日、急に任務が入ってしまってカカシさんに本当に悪いと思っていたんですが」
俺に振らないでくれ、とアスマは思ったのだが、その願いは天には届かない。
「アスマ先生が飲みに誘ってくれたのならカカシさん、寂しくないですね」
全く悪気のない無邪気な笑顔をイルカは眩しいほどに見せてくれる。
「カカシさん、良かったですね」
そう言ったイルカはカカシに握られた手を、きゅっと握り返しカカシの耳に何事か囁くと行ってしまった。
任務に。
しーんと静まり返った上忍控え室。
いるのはカカシとアスマだけだ。
気を落ち着けるためにタバコに火を点けたアスマは深く後悔していた。
余計なことを言わなきゃよかったと。
飲みになんて誘わなきゃよかったと。
カカシはイルカの行ってしまった方を恨めしげに見ており、その肩は下がり、どろどろとした空気を醸し出している。
今、カカシがどんな顔をしているのか考えるだけでアスマは憂鬱になってしまったのだった。
その一言が命取り2
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