伝説の生き物
カカシが任務を終えて、火影に報告しようと執務室の扉の前に立ったとき、中から不思議な気配を感じた。
一つは火影。
よく知る三代目のものだ。
しかし。
あと、一つはどうも分からない。
人間のもののようだが、動物のような、子供のような。
小さく、まだ完成されていないもの。
そんな印象を受けた。
コンコン。
とりあえず、扉をノックする。
いきなり、開けても良かったが、火影以外の小さな気配が驚くかもしれない。
カカシにしては、珍しい配慮であったが、実は気配の正体を確かめたいという、ただの好奇心でもあった。
「うむ、入れ。」
火影から声が掛かり、入室すると。
執務室の応接セットのソファーに二つの人影。
向かい合わせに座っている。
火影と。
「あ、どうも。」
ペコリと頭を下げられた。
同じ木の葉の忍びの服を着た、黒髪の若い青年。
顔には横に走る傷があった。
自分とそれほど、年が変わらないように見える。
ちょうど、お茶請けの水菓子を食べていた。
火影はそんな、青年をニコニコしながら見ていて、非常に和んでいる。
「カカシか。どうした?」
「任務完了の報告に来たのですが。」
「そうか。一緒に水菓子でも食べていくか?」
滅多にこんなことは言わないのに、今日は機嫌がいい。
「いえ、それは要りませんけど。」
甘いものは苦手だ。
「えー、これすごーく美味しいですよ。」
横から、青年が言ってきた。
ね、火影さま、と笑顔を向けられて、火影はいっそう、ニコニコした。
「そうか、そうか。たくさん、食べて行きなさい。」
「ありがと、火影様。」
その青年は心底、嬉しそうな様子だ。
笑っている顔が人懐こい。
「やっぱり、頂きます。」
カカシは何となく、この場を立ち去るのが惜しくなり、言ってみた。
そして、さっさと青年の隣に腰を下ろした。
青年は「はい、どうぞ。」とカカシに水菓子を取り分けてくれる。
それを受け取りながら、カカシは聞いてみた。
「あんた、名前は?」
「え?」
それほど、変なことを聞いたわけではないのに、青年は大きく目を見開いて、びっくりしている。
「名前・・・ですか?」
「そう。あるでしょ?」 促すと、青年はものすごく困った顔になって、火影に助けを求めるようにして、黒い目をウルウルさせ始めた。
どうしよう?大ピンチ、と顔に書いてある。
「あー、その。」
火影はゴホンと一つ咳払いをすると、カカシに言った。
「えー、その。この子の名はな。」
「この子?」
「いや、この者の名は。」
火影はうーとか、あーとか唸っている。
「おお、そうじゃ。」
ポンと手を打ち、言った。
「うみの!」
たった今、考え付いたような答えである。
「下の名は?」
「うーむ、そうじゃな。」
暫し、考えて
「イルカ?」
疑問系で答えて、青年の方を見た。
青年は首を、思い切り横に振っている。
「イルカじゃありません!」
「違うの?じゃ、なんて名前?」
カカシに突っ込まれると、う、と黙った。
「イイイイ、イルカでいいです。」
「ふうん。じゃ、あんたの名前は、『うみのイルカ』なの?」
「そうです。」
そう答えたくせに、違うけど、と小さな声で言ったのをカカシは聞き逃さなかった。
体つきは成人しているのに、どこか言動が幼く、そして人の形をしているのに、どこか違う気配がする。
この生き物は、何だろう?
カカシが考え始めた時、傍らのそのイルカがピョンと立ち上がり、火影に頭を下げた。
「火影さま、お菓子ご馳走様でした。あの、今日はもう、帰ります。」
チラとカカシを見た。
おそらく、自分が原因なんだろう。
最初は人懐こい様子だったが、今は、すごく警戒している。
しかし。
カカシの好奇心はどうにも収まらない。
正体を突き止めたい衝動に駆られる。
「そうかの。」
火影もカカシをチラと見る。
牽制されているのは気のせいか。
「では、父上にくれぐれもよろしく伝えておくれ。」
「はい!」
イルカは元気よく返事をする。
「そうじゃ、余った菓子でも持って帰るか?」
「いいんですか?」
目がキラキラしている。
「嬉しい!こういうお菓子って人間の世界に来ないと食べられないんですもん。今日、無理言って人間の姿になって、来た甲斐がありました。」
言った途端、はっとしたように口元を手で押さえた。
多分、嬉しさの余り、興奮して言ってしまったのだろうが、言ったものは取り消せない。
カカシは、ばっちり聞いてしまっていた。
しーんと、火影の執務室に嫌な沈黙が訪れた。
「え、えと。」
イルカはダラダラと冷や汗が額から流れ落ちている。 火影は、額に手を当てて溜め息をついていた。
「どういうことなんですかね、火影さま。」
一人、冷静なカカシの声が響く。
「白状したら、どうなんです?っていうか、気配からして、この人というか、この生き物、人間じゃないでしょう?」
「気づいておったのか・・・。」
「普通、気づきますって。」
カカシに言われて、火影は『うみのイルカ』の正体を話し始めた。
「ええ?!木の葉湖に古代から生きている、恐竜の末裔?」
火影の話を要約すると、そういうことになった。
「そうじゃ、イルカの一族は木の葉湖に住まう代償として、木の葉の里を陰ながら守ってくれている。」
「それで、湖の恐竜だから、うみのイルカを思いついたんですか?」
多分、火影は、みずうみの、から『うみの』、イルカは恐竜の代名詞のつもりなのだろう。
「まあ、名前については追求するでない。それで、時々、定期報告に来るのでな。」
火影は、横でお菓子を満足気に食べているイルカを見た。
カカシも釣られて見る。
「この子はこの前、産まれたばかりでな、人間の世界が珍しくて、父上に代わって時々来るのじゃ。」
火影は目を細めて、イルカの頭を撫でた。
カカシと同じくらいの年齢かと思っていたが、そうではないらしい。
「で、実際いくつなんですか?」
「10・・・歳くらいかの。」
10歳では、ナルト達より幼い。
どうりで、言動や仕草が子供っぽかったのか。
気配の感じも謎が解ければ納得する。
人間ではないのだから。
木の葉の湖の伝説の生き物。
火影が言うのだから、本当なのだろう。
何より、目の前に本物がいて、無心に水菓子を食べている。
さっきは、あんなにも慌てていたのに、火影の「大丈夫じゃ。」の一言で安心し、全て火影に任してしまった。
こういうところが子供なんだなあ、と思わざるを得ない。
「じゃあ、俺が湖まで送っていきましょうか。」
火影が訝しげな視線をカカシに向ける。
「変なことを企んでいるのではないであろうな?」本当は違う。
今は人間の姿をしているということは、仮の姿ということだ。
真実の姿が見たい。
「じゃ、行きましょうか。」
カカシは菓子を手早く包むと自ら持ち、空いた手でイルカの手を引く。
「気をつけてな。」
イルカはバイバイと火影に手を振る。
イルカの手を引きながら、カカシは久しぶりにウキウキとしていた。
恐竜の姿って、どんなだろう?
それに、今のイルカはカカシに警戒心を全く抱いておらず、笑顔で懐いている。
今だって、こんなに可愛いのだから、恐竜の姿も、きっと可愛いだろう。
そうに違いない。
早く見てみたい、とカカシはイルカを送る足を速めるのだった。
伝説の生き物 2
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