Cookie&Biscuit
任務帰り、イルカは足を止めた。
場所は森の中。
地面に座り込んで、木の幹に寄り掛かっている人物を発見したのである。
誰だろう?敵か、見方か・・・。
忍び足で近づくとイルカを同じ忍服を着ていた。
顔には額宛があり、木の葉のマークが彫られている。
額宛は左の目を隠すかのように斜め掛けだ。
おまけに顔の下半分を覆面で覆っている。
出ているのは右目だけだが、その右目は堅く閉じられていた。
「木の葉の忍か」
ほっとしてイルカは、その忍に歩み寄る。
その忍は灰銀色の髪をしていた。
ちなみに男性だ。
「あ・・・」
イルカは、すぐに気がついた。
「額から血が」
右目の上から赤い血が流れ出ている。
そういえば、イルカが近づいても反応がなく、ぐったりとしていた。
「他に怪我は!」
はっとなったイルカが、ぐったりとなった忍の肩に触れようとしたときだった。
「わっ!」
いきなり、手首を掴まれた。
「・・・誰だ」
片目を薄っすらと開けた忍の目つきは、たいそう怖い。
「え、えっと、その」
「誰だと聞いている」
声も迫力がある。
「こ、木の葉の忍で、うみのイルカと言います!」
急いで名乗ったのだが、掴んだ手首を離してくれる様子はない。
「本当です、任務の帰りに、ここであなたを見つけたものですから」
ふっと力が緩んだかと思うと、イルカの手首を掴んでいた忍の手が、ぱったりと地面に落ちる。
「だ、大丈夫ですか」
イルカは懲りずに手を伸ばそうとする。
「・・・触るな」
「でも、血が」
「・・・うるさい」
忍はイルカを拒否している。
「・・・さっさと行け」
は、と忍は息を吐く。
「少し休めば、一人で帰れる」
「そうですか・・・」
そうは言うものの、イルカは怪我をした忍が気になってしょうがない。
「じゃ、これを」
せめて、携帯用の簡易の治療道具を渡そうとしたのだが。
「あれ?ない」
なかった。
任務先で全部、使ってしまっていた。
里に帰るだけだからと補充を怠ったのだ。
「どうしよう」
忍を放ってはおけない。
焦ってポケットに手を突っ込むと手に触れるものがあった。
取り出してみるとイルカの手にはハンカチが。
そのハンカチは白地に細かい花柄がプリントされた婦人用の物で、男子が持つのに相応しくないものである。
それは、亡くなったイルカの母の形見だ。
任務に行くときにイルカは、御守としてハンカチを携行していた。
「これ」
イルカはハンカチを差し出した。
「よかったら使ってください」
忍が訝しげな表情で眉を上げる。
「血で汚れても構いませんので」
血の染みがついても構わない。
ただ・・・。
「いつでもいいので、返してくだされば」
そう、いつでもいいからイルカの手元に返してほしい。
それだけだ。
「どうぞ」
イルカは地面に落ちた忍の手にハンカチを握らせる。
「怪我、お大事に。無理はしないでくださいね」
後ずさりながら、忍から離れて行く。
「それでは失礼致します」
一礼をするとイルカは、その場から離れた。
里に向かって森の中を駆け抜ける。
「あの人」
イルカは呟いた。
「きっと上忍だ」
雰囲気で解る。
「しかも、かなり年上だ」
ベテランの忍に違いない。
そんな忍に自分のした行為は失礼にならなかったか、自問自答する。
「あとで怒られたら、どうしよう」
と言っても、やってしまったことは悔やんでも仕方がない。
「ま、成るように成るさ」
事が起こってから考えよう。
イルカは悩むのを止める。
一方、イルカかハンカチを受け取った忍は手の中のハンカチを見つめていた。
「うみのイルカ」
イルカの名を呟きながら。
ぽたっ。
ハンカチに血が一滴、滴り落ちた。
忍は慌てたようにハンカチから血を拭き取ろうとするが上手くいかない。
結局、血の染みがついてしまった。
そのハンカチを忍は苦い顔で長いことハンカチを見ていた。
「あれ?」
再び、森の中。
再び、イルカは任務の帰り道だった。
そして、足を止める。
森の中に倒れている人影に気がついたのだ。
「どうしたんだろ」
仰向けで倒れている人物に近づくと、見覚えがあった。
いつぞや、イルカがハンカチを貸した忍だった。
「こんなところで倒れて・・・」
また、怪我でもしたのか?
気に掛かる。
見たところ、外傷はないようだった。
血の匂いもしない。
「あの」
恐る恐るイルカは手を伸ばして、忍に触れた。
とんとん、と軽く胸元を突付く。
「大丈夫ですか?どこか、具合でも」
そのときだった。
忍の目が、ぱっちりと見開いた。
そのまま、イルカを凝視している。
「気がつきましたか、あの気分は・・・」
言い終わる前に、がばっと抱きつかれた。
容赦ない力で。
そして、忍が発した言葉は思いもかけない言葉だった。
「お父さん!」
その言葉を聞いたイルカの顔は驚愕で引き攣る。
「あ、あの、俺は違・・・」
「お父さん!」
忍はイルカに抱きついて離れない。
「お父さん!迎えに来てくれたんですね!もう、一人にしないで・・・」
その言葉はイルカの胸に突き刺さる。
この人も俺と同じように父親を亡くしてしまっているのか。
そう思うと切なくなる。
自分を『お父さん』と呼ぶには何か理由があるのかもしれない。
とにかく・・・。
頭の中をイルカは整理する。
里に帰って火影さまに報告しないと。
同じ里の忍ならば、火影さんが何か知っているかもしれない。
抱きついて離れない忍を、イルカは悪戦苦闘して里に連れ帰ったのだった。
「火影さま、大変です!」
里に到着すると報告も、そこそこに火影の部屋へと直行した。
火影は木の葉の里を統率する、里で一番偉い人だ。
「この人、変なんです!」
「イルカよ」
火影は煙管を燻らせながら眉を潜めた。
「解るように説明せんか」
「あ、すみません」
斯く斯くしかじかとイルカは、これまでの経緯を説明した。
「という訳で、一回目は普通に怖くて、二回目に会ったら全く雰囲気が変わっていて俺のこと『お父さん』と呼ぶんです」
「ふうむ」
火影はイルカに張り付いている忍を見る。
「その者は知っておる」
「そうですか!」
「上忍、はたけカカシじゃ」
火影は、じろっとカカシと呼んだ忍を睨んだ。
「何をしておる、カカシよ。戯れもいい加減にせい」と言ってくれたのだが。
カカシは、ますますイルカにくっ付いた。
「お父さん、この人、誰ですか?俺、怖い〜」
ささっとイルカの背後に隠れてしまう始末だ。
「変じゃな」
火影も認めた。
「いつもより変じゃ」
じっとカカシを観察する火影。
「チャクラが安定しておらんのう。カカシは何かしらの術の影響を受けている」
「術?」
「うむ」と頷いた火影はカカシに幾つかの質問をする。
その答えを聞いた火影は溜め息を吐いた。
「カカシは記憶に関する術を掛けられたらしい」
「記憶・・・」
ごくり、とイルカは唾を飲み込む。
「ということは・・・」
「そうじゃ、カカシは現在、記憶を失っておる」
「ええ〜」
「自分の名前は解るようじゃが、出自、経歴、家族等の記憶は一時的に失っていると思える」
「なんで、俺を『お父さん』と呼ぶんですか?」
「おそらく、最初に目に入ったイルカと強く記憶に残っていた事柄が結びついたと推測される」
「俺、お父さんじゃないのに」
「まあ、カカシはイルカより一つ年上じゃからのう」
火影は渋い顔だ。
「俺より年上なのに、俺が『お父さん』」
「それに上忍じゃ」
「上忍なのに、中忍の俺が『お父さん』」
「身長も体重もイルカを上回っているがのう」
「俺より逞しいのに、俺が『お父さん』って」
「まあまあ、落ち着くのじゃ、イルカ」
火影は嗜める。
「だって!」
動揺しているイルカは叫んでしまう。
「俺、結婚もしていないのに。突然、年上の息子が出来るなんて!」
最もな言い分だ。
「それに、いつ、記憶が戻られるのですか?」
自分の背中に張り付いているカカシを見ると、にこ、とカカシに返された。
イルカの胸が、きゅん、としてしまう。
元々、子供好きでアカデミーの教師を志望して、ただ今、研修中である。
だけども、それとこれとは別の問題だ。
「ま、カカシも久しく休みがなかったからのう」
ここらで少し休養するのもいいかもしれぬ。
不吉なことを言い出した火影。
嫌な予感がする。
「イルカよ」
ふ、と煙管から口を離し、煙を吐き出すと火影は言った。
正しくは頼んだ。
厳密に言うと命令した。
「カカシの記憶が戻るまで面倒をみておくれ」
「ええ〜、そんな節操な・・・」
「カカシも、それでよいな?」
「お父さんと一緒なら、俺は構いません」
背中からイルカの腰に手を回し、ぎゅうと抱き締める。
「さ、お父さん、帰りましょ」
おうちに。
ずるずると、すごい力でイルカは引き摺られるようにして火影の部屋を退室した。
記憶を失っていても上忍。
力で対抗するのは難しい。
「そんなの無理だから〜」
無理無理、むりぃ〜。
イルカの悲鳴が木の葉の里に木魂したのだった。
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