納涼大会怪談九十九物語
「カカシさん、明日の夜ってお暇ですか?」
イルカに尋ねられて、カカシは即座に頷いた。
「暇です、たっぷり暇してます」
「そうですか。もしよかったら・・・」
話は続く。
少し躊躇ってからイルカは思い切ったようにカカシの目を見た。
じっと、真っ直ぐに。
その目の清らかさにカカシは、くらりとしてしまう。
もしや、告白か?と思ったのだが。
「実は明日の夜ですね」
「・・・はい」
告白ではなかった。
考えてみれば、夕食を摂るために寄った店の中だ。
場所柄を考えれば、告白ではないことは予想できた。
「このところ猛暑が続いていますよね、なので納涼大会が開かれるというのでカカシさんも行かないかな〜って思って」
「へえ、夜に納涼大会ねえ」
「そうなんです、イビキさんの主催で」
「イビキ!」
意外なところで意外な名を聞いてカカシは、びっくりした。
イビキと納涼・・・。
余計に暑くなるのではないか、と失礼なことを考えてしまう。
「毎年恒例で、この時期になるとアカデミーの講堂を使って行われているんです」
初耳だった。
「アカデミーの講堂で?」
いったい、どんな納涼大会なのだろう。
「アカデミーの講堂で何をやるんですか?」
ごく当たり前にカカシは尋ねた。
「えっとですね」
恥ずかしそうに体を揺らしたイルカは言った。
「怪談九十九物語をやるんです」
「・・・・・・は?」
「大人の本気で恐い怪談を皆で聞いて涼もう、という趣旨の納涼大会なんです」
怪談・・・。
夏にぴったりの話題であった。
「へえ、そんなのがあるなんてねえ」
知らなかったとカカシが言うとイルカは苦笑する。
「年一回のことですからねえ、大々的にやっているわけはないですし」
要は恐い話が好きな人間に、内々で連絡が回ってくるらしい。
「でも」
カカシは疑問を口にした。
「怪談といったら、百物語でしょう。なんで、九十九なんですか?」
「それはですねえ」
イルカは声を潜めてカカシの耳元に口を寄せた。
ちなみに二人はカウンター席に仲良く並んで座っている。
「恐い話を百、話したら最後に何か起こるかもしれないじゃないですか」
一般的にはお化けが出るとか言われている。
「・・・それ、本当ですか?」
何か起こるということではない。
それを大人が、しかも忍者が本気で信じているのかということだ。
「だってですね」
イルカは、ひそっと耳打ちする。
秘密の話でもするように。
「ほっんとうに恐いんですよ、暗い場所で聞くと恐さが倍増です。毎年毎年、途中で退出者続出です。なので、二人一組でも参加が出来るんです」
「そんなに恐いなら、やらなきゃいいのに」
正に正論だ。
「でも、夏なんですから」
夏に怪談はつきものだ。
「恐い話って恐いけど、聞きたくなるじゃないですか」
イルカに言われると納得できる。
「で、なんで俺を誘うんですか?」
そこも疑問だ。
「それは・・・」
口を、もごもごさせたイルカは実に言い難そうで。
やっと小さな声が聞こえる。
「一人じゃ恐いから」
大人なのに、そんなこと言ってのけるイルカ。
カカシの目には、可愛く映ってしまうのであった。
次の日の夜。
時刻は零時きっかり。
本当は丑三つ時から始まるのが通例なのだが、主催者の都合で急遽変更になってしまった。
カカシとイルカはアカデミーの講堂にいた。
講堂の中は真っ暗で、忍者の目でも識別できないような闇に包まれている。
主催者のイビキが何か特別な術でも使ったのかもしれない。
手探りで歩く状態だ。
「イルカ先生、転ばないようにね」
「は、はい」
繋いだ手にイルカは力を入れる。
既に蝋燭に火が灯されて、怪しい雰囲気を醸し出していた。
蝋燭は白く長く、炎は赤く細い。
明かりは、それだけ。
蝋燭は、きっかり九十九本ある。
服装は自由と言われて、カカシはイルカに浴衣をリクエストして来てもらっていたのだが、この暗闇では折角のイルカの浴衣姿も碌に堪能できない。
とても残念だ、とカカシは心底、思ってしまう。
滅多にない機会なのに。
徐々に人が集まってきて、蝋燭一本一本の前に一人か二人が鎮座した。
最後に主催者のイビキが蝋燭の前に座る。
蝋燭の明かりで照らされたイビキは妙に迫力があり、何故か見ているだけで鳥肌が立つ程であった。
昼間に会うイビキとは別人のようで。
何だか恐かった。
そんなこんなで、厳かに始まった納涼大会の怪談話であったが。
イルカが恐いと言うだけあって、ぞっとする話ばかりである。
よくぞ、こんなに恐い話が知っているものだとカカシは逆に感心して聞いていた。
イルカは、というと・・・。
最初は手を繋いでカカシの隣に座って、恐い話を聞いていたのだが、いつの間にやら移動しており、カカシの背中に引っ付いていた。
背中に隠れるように座り怖くて、しょうがないのか、カカシの腰に両手を回して、ぎゅっと抱きついている格好だ。
「・・・退出しますか?」
こっそりイルカに聞いても、イルカは頑なに首を振った。
「さ、最後まで聞きます」
声は微かに震えているようで。
慰めようとカカシは肩口にある、イルカの頭を撫でる。
撫でてもイルカは嫌がらない。
それどころか、顔を肩に押し付けてきた。
思わず、にやけてしまう顔を引き締める。
恐い話よりも、カカシにとっては背中のイルカに、どきどきしていた。
もちろん怖くて、どきどきしていたのではない。
浮かれて、ときめいて、胸が高鳴って、どきどきしていたのだ。
密かにイルカのことを想っていたから。
告白されるかと、どきどきしたり。
自分を見つめるイルカの目に、くらりときたり。
恥ずかしがるイルカが可愛く映ったり。
興味もない怪談話もイルカに頼まれれば来てしまうほど。
カカシはイルカのことが好きになっていた。
初めて会ったときから、ずっと。
やがて、恐い話を話す順番がカカシとイルカに回ってきた。
恐い話はカカシが話すことになったいる。
恐い話を言われて、思いつくものが一つしかなかったのだが、話してみると概ね良好で聞いている皆からは「背筋が凍る」という感想が聞かれた。
「カカシさん・・・」
背中に引っ付いていたイルカは更に、ぎゅーっとカカシに引っ付いてきた。
「その話、目茶苦茶恐いじゃないですか」
思い出したら、夜眠れません、どうしようとイルカが困った声を上げている。
「だったら」
カカシはイルカの話しに便乗した。
「俺と一緒に寝ますか、誰かと一緒なら怖くないでしょ?」
「はい」
何を言われたのか、いまいち、正常な判断がつかなかったのかイルカは、こくこくと首を振る。
この場の雰囲気にのまれてしまっているらしい。
怪談話も終盤で、ちらほらと退出者が目立ち、残っている者も少ない。
それと共に、灯っている蝋燭の数も少なくなっている。
怖い話を一つする度に、一つ吹き消しているからだ。
ますます、雰囲気が怪しくなってきていた。
結構な時間が経っており、時刻は午前二時前、丑三つ時と言われる時刻まで、もうすぐ。
怪談話のトリは主催者のイビキであった。
最後に残った蝋燭一本を前にイビキは話し始める。
「これは俺が実際に体験した話だが」
広い講堂に低い声が、朗々と響く。
声が反響して、いつものイビキの声ではないように思えた。
どこか遠くから、そして近くから地の底から響き渡る声。
雰囲気と場所の所為か、とカカシは解釈した。
イビキの話は続き、話の恐さに耐えられなくなった者が次々に席を立つ。
人がいなくなってきた。
イルカは話を聞いているのか、いないのか・・・。
ただただ、カカシの背中に、ぎゅっぎゅっと抱きついている。
本気で怖がっていた。
「・・・ということがあった。これで俺の話は終わりだ」
すっげー、怖い。
さすがのカカシもイビキのする話は恐れを感じた。
納涼大会で怪談話を主催するだけはある、といったところだ。
「恐かったか?」
蝋燭が吹き消される前にイビキがカカシの方を見て、にやりとする。
目の錯覚であろうか・・・。
途轍もなく、邪悪に見えた。
ふっ。
蝋燭の明かりが消されて、周囲は完全に闇に包まれた。
その瞬間、幾つかの悲鳴が上がる。
・・・何かが起こったのだろうか。
まさか、この現代社会で科学で説明ができないことが起こるはずないよね・・・。
カカシは背中にいたイルカを、体勢を変えて腕に抱きしめていた。
腕の中のイルカは、ぶるぶる震えてカカシに縋りついている。
早く、ここを出なくちゃ。
そのときであった。
がらり、と講堂の扉が開き、一人の大柄な人物が入ってきた。
手には懐中電灯を持っている。
「なんだ、皆、早いな」
その声には聞き覚えがあった。
たった今までいたイビキだ。
「ん?どうした?」
皆の様子がおかしいのを察し、イビキは尋ねてくる。
代表してカカシが、簡潔に説明した。
今の今まであった出来事を。
「ふうむ」
話を聞いたイビキは腕を組み、考えている。
「それは摩訶不思議な出来事が起こったものだな」
一人で、うんうんと頷くイビキ。
「俺は予定通り、丑三つ時に納涼大会を始めるべく来たのだが、既に終わった後だったとは」
「じゃ、さっきのはいったい全体、誰なんだよ?」
カカシに質問にイビキは両手を広げて、降参のポーズをする。
「さあな。皆目見当つかん」
そして、次のイビキの言葉に一同驚愕した。
「それに、俺は納涼大会の時間の変更なんてしていない。誰が変更なんて連絡したんだ?」
しん、と場は静まり返る。
誰も言葉を発しない。
「ま、いいじゃないか」
事も無げにイビキは言い切った。
「涼しくなったんだろ」
納涼大会余談恋一夜物語
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