決戦前
紅が上忍の控え室に入るとカカシが熱心に何かの雑誌を読んでいた。
いつも読んでいる、いかがわしい本ではない。
真剣な顔して見入っている。
紅が入ってきても雑誌に見入ったままだ。
珍しい、と思いながら紅はカカシを観察する。
何を、そんなに見ているのかしら、と。
答えは、すぐに分かった。
カカシの独り言からだ。
「ふーん、好きな人の心を射止める魔法のチョコねえ」
どうやらカカシの見ている雑誌はチョコレートが載っているらしい。
そういえば、と思い出す。
明日はバレンタインだったっけ。
カカシは渡したい人でもいるのかと考えたのだが愚問だった。
考えるまでもなかったから。
「ねーえ、カカシ」
好奇心に勝てなくて紅は話を振ってみた。
「後にして。今、最高に忙しいから」
カカシは素っ気ない。
「明日は誰かにチョコをあげるの?」
知らない振りして訊いてみた。
「誰って、そりゃあ・・・」
忙しいといいつつ、カカシは話しに乗ってくる。
「好きな人にあげるに決っているでしょ」
「そうなんだー」
紅はゆるく微笑む。
「で、好きな人って?」
核心を突くとカカシは黙ってしまった。
「カカシの好きな人って誰よ?」
面白くなってきた。
幸いなことに控え室に人は殆どいない。
誰もカカシと紅に注意を払わなかった。
「・・・それは言えないな」
格好つけて言うとカカシはバレンタインの特集記事で埋まった雑誌に目を戻してしまった。
カカシの好きな人が誰なのかは薄々というか、既に紅には察しがついていた。
そしてカカシのさり気ないアプローチやら何やらが相手も届いていないことも。
相手は親切で優しい人という認識だということも。
何しろ、はっきりと言葉で伝えなければ解ってもらえないだろう相手だった。
決して他人を無碍にしたり気遣いができない訳ではない。
ただ、単に・・・。
紅はカカシが好きな人のことを思い浮かべた。
なんていうか、あの先生、そういうのとは縁がない世界にいそうなのよねえ。
そういうのとは愛とか恋とか。
一番大事なのは里と子供と仲間と仕事や任務で。
自分は二の次。
惜しむことなく、どんな仕事でもする姿勢には恐れ入ると紅は常々思っていた。
真面目すぎる人だものねえ。
それに人が良すぎ。
目の前でバレンタインの雑誌を読むカカシに少しだけ同情してしまう。
あの先生に気持ちを気づいてもらえるのって、相当、時間がかかるわよ?
もしかして一生、気づかれない可能性も捨てきれない。
でも、まあと紅は心の中で肩を竦めた。
そんなところがカカシの琴線に触れて好きになってしまったのかもしれないし。
紅だって恋愛絡みではないけれどカカシの好きな人に対して好感は持っている。
信頼もしていた。
カカシの恋が実ればいいけど、と願うのは同僚としての意見だ。
しかし紅の見立てでは恋は実りそうではなかった。
何しろカカシの好きな人が男性だったからである。
熱心に雑誌を見ていたカカシであったが何かの気配を感じたのか、はっと顔をあげた。
素早く見ていた雑誌を部屋の隅に重ねて置いている雑誌やら本の間に挟みこんだ。
挟み込むと、いつも読んでいる本を広げて涼しい顔をしている。
紅も遅れて気配を感じ取った。
カカシの好きな人の気配であった。
控え室の扉が控えめに叩かれてカカシの好きな人が顔を覗かせた。
「こんばんは。カカシ先生、いますか?」
紅と見ると「こんばんは」と笑顔を見せる。
「こんばんは、イルカ先生」
自分の美しい顔が、どんな威力を持っているか充分に知った上で紅はイルカに微笑んだ。
イルカの顔が、ほんのり赤くなる。
「あ、あの、カカシ先生は・・・」
「ここにいますよ」
イルカの視線を独占するかの如く、正に遮るようにカカシは紅の前に立ち塞がった。
「あ、カカシ先生」
ほっとしたような声をイルカは出す。
「待ちましたか?すみません、遅くなって」
「ぜんぜん待っていませんよ」
さあ、行きましょうとイルカを促しカカシは紅を振り返った。
イルカ先生には何も言うなよ、と目が語っていた。
紅も目で語る。
バレンタインは明日だけど?
・・・そんなの分かっている。
ふーん。
口の端を上げて、にんまり笑うとカカシは紅を一睨みして部屋を出た。
イルカと一緒に。
紅を睨みつけ怖い顔になっていたが、イルカの方を向いた瞬間には顔中、笑みになっていた。
時計は夜の時間帯を指していたから二人で夕飯の約束でもしたのかもしれない。
決戦は明日だってのに悠長ねえ。
しかし紅は、しっかりと聞いてしまっていた。
廊下で話す二人の会話を。
「明日はバレンタインですね」
無邪気に言うのはイルカだ。
「え?あー・・・。ああ、そうですね」
カカシの声に僅かに、ほんの僅かだけど動揺が感じられる。
「カカシ先生は明日はたくさんチョコを貰えそうですね」
カカシ先生、もてますからねえ、とイルカの何気ない一言がカカシの胸に、ぐさっと突き刺さったようだ。
「そ、そんなことないですよ」
完全に動揺が滲み出てしまっている。
「俺は好きな人からしか貰いたくないですし、好きな人にしかあげません」
動揺しながらも宣言していた。
「そうなんですか」
末尾に疑問符が付きそうなイルカの不思議そうな声。
「明日は好きな人にチョコをあげるんですか?」
「そのつもりです」
カカシの声は、どこか弱弱しい。
次にイルカの、ちょっと弾んだ声がした。
「じゃあ、もしかしたら明日」
声が遠ざかっていく。
辛うじて聞こえた。
「明日、カカシ先生の好きな人が分かるかもしれませんね!」
そのイルカの問いにカカシが何と答えたのかは紅には聞こえなかった。
しかし・・・。
激しく動揺したのか、カカシの気配が強くなったり弱くなったりして消えていったのは事実だ。
「大丈夫かしら?」
カカシの心中を思いやり、紅は溜め息を吐いていたのだった。
→決戦日
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