15歳 余談
「イルカ〜、来たよ〜」
今日、退院でしょとカカシがイルカの病室に顔を出すと、何やらイルカが、ぼーっとした顔をしていた。
「どしたの?準備終わった?」
「・・・ああ、うん」
こくっと頷くイルカは、既に病院の寝間着から普通の服に着替えている。
ただし、体に負担を掛けない楽に脱ぎ着できるような服だ。
「なあ、信じられないかもしれないけど信じられないようなことが、今し方あったんだ」
「なんか、言葉が変だよ?」
「変にもなるさ」
ベッドに腰掛けていたイルカが、きっとカカシを睨む。
「だって今、この世のものとは思えないほどのすっごいすっごい!格好いい人が病室に、ひょいと顔を出してさ、俺に『退院おめでと!』って一言言って去ってたんだ!」
「・・・へえええ」
「カカシも相当、格好いいと思うよ。いいと思うんだけど、さっきの人は次元が違うっていうか神々しいというか、なんていうか・・・」
「・・・ああ。分かった分かった」
イルカの言っている人物に見当がついたカカシはイルカの口を手で塞いだ。
かつて一度だけ素顔を見て「超美形!」と言ったことがある。
「その人は、きっと神様か天使か地獄の使いだったんだよ。だから神々しかったんでしょ、偶に禍々しくなると思うけど」
「そうかな〜」
カカシの手を外したイルカは首を傾げた。
「どっかで聞いたような声だったんだけど、顔の方のインパクトが強くて思い出せない・・・」
「いいよ、思い出さなくて。それより、荷物はこれだけ?」
「あ、うん」
一つのカバンに纏めてあったイルカの荷物を持つとカカシはイルカの手を取った。
「さ、帰ろう。外は晴れていて気持ちがいいよ」
そうしてカカシとイルカは外へ出た。
「あー、里はいいなあ」
まだ体が完全に治っていないイルカの手を引き、カカシはゆっくりと歩く。
「帰ってきたって感じ」
イルカは機嫌良さそうに、きょろきょろと辺りを見ては笑みを浮かべている。
前を見ないで歩くものだから、カカシに手を引かれてちょうど良いのかもしれない。
「あ!あそこのお店、まだやっている、懐かしいな〜」
「後で来ようね」
「うん!」
「イルカ、何か食べていく?それとも買っていく?」
気がつけば、昼時になっていた。
「食べたい物ない?」
イルカが入院中はカカシはイルカの希望を聞き、食べられる範囲の物を差し入れしていたのだが指し知れだけでは食べられないものがあると思い聞いてみた。
「ある!」
イルカが元気よく答えた。
「ラーメン食べたい!」
「ラーメン?」
「そう!大好きなラーメン屋さんが里にあるから、そこに行きたい!」
ずーっと食べれなくて、ずーっと食べたかったんだとイルカは目をきらめかせたがカカシの眉は曇った。
「ラーメンはまだ、イルカの体には重いんじゃない?」
病院では消化がよく、胃にも体にもやさしい物を食べていた。
体も回復途中であるし。
「油を使った食べ物は控えるようにと指導されていたんじゃ・・・」
「でも、食べたい!」
イルカは折れそうにない。
そしてイルカに言われると断れないカカシがいる。
「じゃあ、ちょっとだけね」
気が乗らないカカシであったが、嬉しそうにしているイルカを前にしてダメとは言えなかった。
「ほらね、やっぱり無理だったでしょ」
とりあえず、イルカの言うラーメン屋の前まで行ったものの、匂いがきつかったらしくイルカは店に入る前にギブアップしていた。
「もっと回復して体調が良くなったら連れて行ってあげるから」
そんなにしょげないの、とカカシに言われるほどイルカは、がっかりとしていた。
「里に帰ってきたら一番に食べたかったのに」
「はいはい」
「ラーメン、大好きなのに」
「よしよし」
「チャーシュー味噌ラーメンの大盛り食べたかった」
「今度ね」
そうこうするうちにイルカの家に到着した。
イルカが里を出る前に住んでいた家だ。
生家になる。
不在期間が長かったため、家の中の掃除も儘ならなかったのだがイルカが退院が決まるとカカシが掃除を申し出てくれたのだ。
「ちゃんとイルカの言われたとおりに掃除しておいたよ」
居間と廊下と台所と風呂、それに縁側に続く部屋だよね?とカカシはきちんと掃除をしてくれていた。
「うん、ごめんね。ありがとう」
「いえいえ」
なぜかイルカの家の合鍵を持っているカカシが先に鍵を開ける。
「ほら、ピカピッカでしょ」
玄関を開けると綺麗に掃除された玄関、廊下が見える。
「お帰り、イルカ」
カカシが先に玄関に入り、イルカを出迎えてくれた。
「ただいま」
イルカは久方ぶりに自分の家に足を踏み入れた。
「はあ〜、家はいいなあ」
「イルカ、それ、さっきから何回も言っているよ」
「だって、本当だもん」
自分の家の居間に座ってイルカは寛いでいる。
そんなイルカへカカシが茶を淹れて持ってきた。
「あれ?お茶なんて、あったけ?」
「俺が買っておいた」
「そっか、ありがと」
退院はしたものの、体調が戻っていないイルカは病院から家へ帰ってくる道のりを歩いただけで疲れてしまっていた。
淹れてくれた茶を飲み、イルカは一息つく。
「なんだか全部させてしまってごめんね」
病院に見舞いも来てくれて差し入れもしてくれて、掃除も買い物もしてくれて。
ごくっと茶を飲んだイルカがカカシに聞いた。
「なんで、ここまで俺に親切にしてくれるの?」
今日のイルカの髪を結っている紐はカカシから貰ったものだ。
他にも、いっぱい貰っている。
「とっても助かるけど、カカシも忙しいんじゃないの?」
カカシが、どこの誰かは知らなかったが、カカシの現在の任務についてはイルカは多分、知っている。
知っていて聞いているのだ。
「そうだねえ」
茶を飲み干したカカシは、にっこり笑った。
「なんていうのかなあ、ロマンチックにいうとね」
ふっと笑ったカカシは髪をかき上げて、イルカに流し目を送る。
「恋をしているからかなあ」と、せいいっぱいカッコ付けをしたカカシの話をイルカは聞いちゃいなかった。
「わ!この部屋!」
襖を開けて居間の隣に続く部屋を見回した。
縁側に続く部屋で庭と空が眺められる。
「ここ、ここ。この部屋で、ごろ寝したかったんだ〜」
何もない、だだっぴろい部屋だった。
「畳が気持ちい〜」
広い部屋の中にイルカは寝転がる。
大きく伸びをした。
「あのね、イルカ・・・」
寝転がっているイルカをカカシは悲しそうに見下ろした。
「なんで、いいシーンでいなくなるのさ・・・」
「え、何が?」
「何がって・・・」
言いかけたカカシをイルカが呼んだ。
「ねえ、こっちおいでよ」
ぽんぽんと自分の横を叩く。
「一緒にごろ寝しようよ、気持ちいいよ〜」
イルカの無邪気な笑顔にカカシは勝てない。
「ま、いっか。うん、俺もごろ寝する」
イルカが大の字で転がっている横にカカシも横になる。
縁側から入ってくる風が気持ちよかった。
「そういえばね」
眠そうなイルカが嬉しそうな声を出した。
「俺のせいで怪我した先輩が目覚めてね、怪我も治るって」
「そうなんだ、良かったね」
「うん、良かった」
イルカの目は閉じかけている。
「それにさー、言いたかったんだけどカカシは俺より強いよ・・・」
「え?」
「最初に会ったときに勝負を挑んだけど、あれは一種の度胸試しで本気だったらカカシのが強いから・・・」
「イルカも強かったじゃん」
「まあ、近距離短期戦はね・・・」
「そう?俺は最初にイルカに会ったとき、イルカが俺より背が高かったのがショックなんだけど」
「そんなことあったけ・・・」
「うん」
「成長期だったからだろ・・・」
イルカの声は今にも途切れそうだった。
「そういえば、俺が掃除しなかった部屋って何があるの?」
気になっていたことをカカシは聞いた。
開けないように固く言われていたので、やばいものでもあるのかと気になっていた。
「ああ、本。天井まで山積み・・・」
「本?」
「そう、勉強しないとね。知識は武器だから・・・」
「ふーん」
以前、暗部の隊長が、潜入の任務には素養や素質のある子供を専門的に訓練すると言っていたが、それだけではなかった。
陰ながら努力をしていたのだ。
「えらいねえ、イルカ」
目を閉じてしまったイルカの返事はない。
「寝ちゃったの?」
そっと頬に触れると、薄い唇から息が漏れた。
ふ、と。
「ねえ、イルカ」
眠る直前と分かっていてカカシは言った。
「俺が里に帰ってきたら、ここに来てもいい?イルカの家に」
いいよ・・・。
そんな声が聞こえた気がした。
「じゃ、ここに帰ってくるから」
まだまだ、イルカの体も心配だしね。
「好きだよ、イルカ」
眠ってしまったイルカの額をカカシは優しく撫でたのであった。
15歳 10
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