超嫉妬
夜、寝ている時、くすくす、とどこからか密やかかな笑い声が聞こえた。
時間は疾うに深夜二時を過ぎている。
まさか幽霊、と背筋に冷たいものが走ったが、笑い声は俺の腕の中からしていた。
俺の腕の中には、俺に抱きしめてられて眠っているイルカ先生がいる。
すっかり安心した顔で眠っていた。
だけど、そのイルカ先生が、くすくすと笑っていたのだ。
試しに「イルカ先生。」と小さい声で呼んでみたけれど、反応はない。
眠っているようだった。
と、いうことは、これは寝言の類か?
夢の中で笑っているのかな。
何の夢を見ているのだろうか、とても楽しそうに笑っている。
起こして聞くのも、あれなので、明日の朝にでも聞いてみようと俺は改めて目を閉じた。
「・・・って、・・・から。」
声が聞こえて俺は、もう一度、閉じた目を開けた。
イルカ先生が寝言を言い始めたのだ。
最初は、ごにょごにょもにゃもにゃと言っていたが、何箇所か聞き取れる部分があった。
「やめてー・・・。」
・・・何が?
「・・・そこはだめですよ〜。」
・・・どこ?
「あーあ・・・。カカシさん・・・ってば・・・。」
俺?
どうやらイルカ先生が今、見ている夢の中には俺が出ているらしい。
それは、いいんだけど、夢に見るほど俺のこと好いてくれてるってことだけど。
だけど!
気にかかる、夢の中の俺は何をイルカ先生にしているんだよ?
イルカ先生は、とても楽しそうで嬉しそう。
そんな顔を、何を、どうやってさせているんだ?
気持ちが悶々としてくる。
なんていうか、夢の中の俺が羨ましくて堪らない。
イルカ先生の夢の中の俺も俺だけど、俺じゃない。
俺じゃない俺とイルカ先生はきっと仲睦まじげにしているんだろうけど、それってそれってどうなの?
少しすると腕の中のイルカ先生の寝言は止んで、再び、すやすやと寝始めた。
寝顔は満ち足りていて幸せそう。
その幸せそうな寝顔は夢の中の俺が齎したものだよね、きっと。
俺は、直ぐにでもイルカ先生を起こして、夢の内容を聞きたくなったが我慢した。
夢の中の俺と何をしたのか聞きたい、知りたい。
でもさ、と俺は息を大きく吐いて吸って気持ちを落ち着けようとした。
夢だよ、夢。
所詮、夢だよ、そうだよ。
イルカ先生が夢の中の俺と仲良くしようが何をしようが、それは夢だ。
そこまで考えて、はっとなる。
何をしようが・・・って何をしてるんだ、夢の中の俺!
いやいや、待て待て、落ち着け俺。
夢の中の俺が現実の俺に勝てるはずはない。
現実の俺がイルカ先生にとって一番に決まっている。
それに夢の中にまで嫉妬する俺ってどうなの?
相手は俺なのに。
そう結論付けて眠ろうと努力したのだけど、結局、眠りは浅く、寝不足のまま俺は朝を迎えた。
翌朝、イルカ先生は、すっきりした顔で、ぱちりと目を開けた。
いつもの起床時間、ぴったりだ。
そんなイルカ先生に俺は声を掛けた。
「おはよう、イルカ先生。」
「あ、カカシさん、起きていたんですか。おはようございます・・・。」
イルカ先生が横にいる俺を見て、ぎょっとする。
「ど、どうしたんですか?目の下に隈ができてますよ。眠れなかったんですか?」
「いや、まあねえ。」
俺は肩肘を立て、そこに頭を乗せてイルカ先生を見つめた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが。」
「なんでしょう?」
朝っぱらから、起き抜けに俺に質問されるイルカ先生は不思議そうな顔だ。
「昨日、夢を見ましたね、イルカ先生。」
俺は宣託を受けた預言者のように厳かに言った。
「え、夢?」
首を傾げて考えるイルカ先生。
「そうです、その夢の中に誰か親しい人が出てきませんでしたか?」
「親しい人?」
これにも首を傾げている。
もはやベッドに起き上がって「うーん。」と両手を組んで考えているが思い浮かばないらしい。
痺れを切らした俺はイルカ先生の肩を掴んで鼻先が、くっつくほどに顔を近づけた。
「見たでしょう、夢!俺が出てくる夢ですよ!」
「カカシさんが出てくる、夢ですか?」
「そうですよ、夢の中の俺に何かされていたでしょう?何されていたんですか?」
これが一番聞きたいことだ。
夢の中で俺といったい、何したの?
「そう言われても。」
イルカ先生は困った顔をした。
「夢の内容って、そんなに覚えているものではないですし。そう言われればカカシさんが夢に出てきたような気もしますが。」
曖昧ではっきりしないらしい。
「でも、俺、昨日、イルカ先生の寝言を聞いちゃったんです。確かに『カカシさん』って言っていて、すごーく幸せそうに笑っていました。」
言い知れない悔しさが込み上げる。
夢の中の俺に、超嫉妬だ。
この俺がイルカ先生を幸せにしたいのに。
「そうですねえ。」
イルカ先生は自分の肩を掴んでいた俺の両手を、そっと外して握り締めた。
「カカシさんが言うのが、どんな夢かは思い出せませんが、今朝、起きた時、とても満ち足りた気持ちだった理由が分かりました。」
俺を見て、にっこりする。
「夢の中にカカシさんが出てきて、それで俺、きっと、すごく嬉しかったんですね。」
それからイルカ先生は思わぬことを言った。
「ありがとう、カカシさん。」
「え?」
イルカ先生にお礼を言われる意味が分からない。
「それから、ごめんなさい。」
謝られる意味も分からなかった。
「カカシさんの、好きな人の夢が見れたなんて、俺、ラッキーですね。」
イルカ先生は、ちょっと目を伏せた。
「カカシさんも、せめて夢の中だけでもいいから好きな人に会いたいですよね・・・。」
懐かしい人たちに会いたいですよね、と言う小さな声が聞こえる。
イルカ先生の言う好きな人とは懐かしい人たち、すなわち、今は会えない人のことを指していた。
「いや、あの・・・。」
まさか、そんな方向に話しが進むとは予想していなかった俺は慌ててしまう。
俺のは、ただの嫉妬で、それだけだ。
それだけなのに。
「イルカ先生。」
握り締められている自分の手をイルカ先生の背に回した。
「俺、今、イルカ先生といるだけで充分、幸せです。」
「だから。」と背に回した腕の力を強くする。
「会いたい人はいるけれど、いずれ会える、その時まで待ちますから。」
「カカシさん・・・。」
朝から、変なこと言って悩ましてごめんね、と俺は反省した。
「大好き、イルカ先生。」
ずっと大好き。
静かにイルカ先生の手が俺の背に回る。
そして「俺も大好きです。」と小さな小さな声が聞こえたのだった。
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