愛の誓い
任務に出ているカカシは深い溜め息を吐いていた。
「はああああ」
空を見上げては溜め息を。
地面に視線を落としては溜め息を。
任務で一緒に組んだ相手の顔を見ては溜め息を。
「おい、こら」
一緒に任務に出ていた同じ上忍のアスマが嫌な顔をする。
二人は任務に向かう途中の森の中で休息中だ。
「その、こっちまで憂鬱になる溜め息やめろ」
ストップがかかる。
「深い溜め息を吐かれると、こっちまで不快になるぜ」
「そのダジャレの方が不快になる」
「ダ、ダジャレって・・・。ちげーよ、偶然だ」
「あ、そ」
会話をする気にならないのか、カカシは手にして本を開いたのだが、一向に読む気配はない。
開いているだけだ。
何か他のことを考えている。
アスマは、カカシが何を考えているのか、だいたい解る。
解るのが、また面倒だった。
「イルカ先生・・・」
カカシが呟いた。
考えていたことが言葉に出る。
アスマの推測は外れていなかった。
「しゃーないだろ」
言って、アスマは後悔した。
恨めしそうな目でカカシが、じとーっとアスマを見ていたから。
夜の森で会ったら、幽霊と間違えそうだ。
「しょうがないって」
恨めしや〜と言いそうな雰囲気にカカシはなっている。
「しょうがないって言った?」
「い、いや」
アスマは慌てて首を振る。
「言ってねえ」
「・・・なら、いい」
ふい、と横を向いたカカシは立てた膝に腕を乗せて、頬杖を突きながら恨み言を並べていく。
恨み節が炸裂している。
「だいたい、俺は早々に休暇届け出していたのに。去年から、この日だけは休ませてほしいって言っていたのに。総ては、この日のために生きてきたのに。すっごく楽しみにしていたのに。なのに、なのに・・・」
膝を抱えたカカシは完全に拗ねていた。
拗ねていて怒っていて悲しんでいて、色々なものが拗れに拗れて、捻じれて絡まって、ぐちゃぐちゃになっている。
運悪く、カカシとアスマには上忍しかできない難しい任務が急遽、回ってきたのだ。
「おまけにさー」
カカシの肩が下がった。
「イルカ先生が・・・。イルカ先生も『任務だから、しょうがないです』なんて言って笑うんだもん」
イルカ先生とはカカシが懇意にしているアカデミーの先生である。
明るくて大らかで前向き、お人よしで気のいい人物だ。
ただし、男性であったけれども。
カカシはイルカと特別な関係にあった。
それはアスマも知っている。
「そんでもって腹が立つのが・・・」
カカシは、そこら辺にあった棒切れを拾って地面を、がりがりしている。
「自分が一番楽しみにしていたのに、それを無理やりに押さえ込んで笑って俺を送り出したイルカ先生で」
しょうがないと言ったイルカは、逆にカカシの任務での怪我などを心配していた。
はあ、と息を吐いてカカシは棒切れを放り投げる。
「イルカ先生にそんな顔をさせた自分に滅茶苦茶に腹が立つ」
要はカカシは自分で自分自身に猛烈に腹を立てていた。
怒っていたのである。
今日は本当ならばカカシは木の葉の里にいたはずであった。
任務も休んでイルカと一緒に二人きりで過ごす予定だった。
イルカもまた、仕事を休む予定だったのだ。
イルカの休暇もカカシが念には念を押して、何回も言って取得させたのに。
全部、おじゃんになってしまった。
なにしろ、今日はイルカの誕生日だったのだ。
一年で一番、イルカの目出度い日、いやイルカを愛でたい日でもある。
カカシは、かなり気合を入れていた。
ものすっごく気合を入れて、イルカの誕生日に何をしようか、わくわくしながら企画を考えていた。
任務よりも熱心に、イルカの誕生日に何をするか、あれこれ考えていた。
プレゼントも考えに考えて、選びに選び抜いて決めた。
散々、悩んで買ったイルカの誕生日プレゼントは小箱に入って、現在はカカシにベストの内ポケットに収まっている。
「楽しみにしていてくださいね、誕生日」
びっくりするようなことしますから、とイルカに言っていた。
「誕生日に色々企画しているんです。プレゼントも、すごいんですから!」
「そうですか」
イルカは嬉しそうに、ふわっと笑っていた。
「誕生日を楽しみにするなんて、子供みたいですけど」
カカシさんが祝ってくれるのなら。
照れたように微笑んで。
「誕生日企画楽しみにしています」なんて、言ってくれたのだ。
「あー、なのに・・・」
はあ、とカカシの吐き出される溜め息は切ない。
「なんで、俺はこんなことにいるんだろう。本来なら、俺が傍にいるのはイルカ先生のはずなのに」
「悪かったな」
アスマが渋い顔をする。
「俺だって、任務に来たくて来たわけじゃねえからな」
「俺だって、来たくなかった」
そこで、二人は睨みあい、お互いに息を吐き出した。
「こんなとこで喧嘩しても、しょうがねえ」
「時間がもったいない」
二人は立ち上がった。
「早いとこ、やることやって帰ろうぜ。急げば今日の深夜には帰れるだろ」
「珍しく意見があったねえ。ぜひとも、今日中に里に帰りたいねえ」
カカシとアスマは、すっかり上忍の顔になっている。
「俺だって、イルカの誕生日を祝いたいからよ。何かと世話になっているからな」
「それは俺が心行くまで祝った後でね」
「分かったって」
軽口を叩くと二人の姿は、すっと森の中に溶け込んだ。
深夜。
カカシはイルカの家の玄関の前にいた。
家の中は、ひっそりとして物音がしない。
イルカは気配はあるものの、その気配は薄い。
イルカ先生、寝たのかな?
玄関の扉を叩こうとしたカカシの手が止まる。
帰った方がいいのか、寝ているイルカを起こしてまで会った方がいいのか・・・。
悩んでしまう。
しかし、悩み時間はない。
早くしないと今日という日が終わってしまうから。
イルカの誕生日が終わってしまう。
せめて、おめでとうくらいは言いたかった。
そして、懐に大事に入れてあるプレゼントを出来たら渡したい。
・・・どうしよう。
色々と企画していたことは今日はできなかったが後日、絶対に実行しようと思っている。
・・・うーん、どうしたら。
悶々としていると、家の中で動く気配があった。
気配は玄関に近づいてくる。
ガチャリ。
玄関の扉が開いた。
「カカシさん・・・」
黒髪を下ろし寝巻き姿のイルカが、そこにいた。
「お帰りなさい」
イルカの目元が染まる。
「よかった、無事に帰ってきたんですね」
よかった、ともう一度、言ったイルカは胸を撫で下ろしている。
「怪我はないんですよね?」
「え?ええ・・・」
「疲れたでしょう。どうぞ、入ってください」
家の中に招き入れられた。
「お帰りなさい」
家の中でカカシはイルカに抱きしめられた。
こんなことは余りない。
「よかった、無事で」
ほっと安堵している。
「うん、俺は無事です、イルカ先生」
抱きしめてきたイルカに背に手を回して、抱きしめ返す。
僅か、ほんの僅かイルカは震えていた。
「どうしたの?イルカ先生」
「なんでもありません」
ふるふるとイルカは首を振る。
「大丈夫・・・」
「大丈夫じゃないでしょう」
抱きついてくるイルカの顔を見ようと体を逸らせば、そうはさせまいとイルカが、ますます抱きついてくる。
「ごめんね」
諦めたカカシはイルカの背を撫でる。
「約束、破ってごめんね」
せっかくのイルカの誕生日だったのに。
自分から気を持たせるようなことを言っておいて・・・。
結局は駄目になっている。
「約束?」
抱きついている、イルカが顔を上げた。
顔を上げれば顔と顔が近すぎて、ぶつかりそうになる距離だ。
きょとんとしているイルカは言った。
「約束なら、ちゃんと守ってくれたじゃないですか」
「え?」
「任務から無事に帰ってきてくれたでしょう」
「そうですけど」
カカシが言いたいのは、そうじゃない。
「俺、もしもカカシさんが帰ってこなかったから、どうしようと考えてしまって」
そんなことを考えて、ベッドでうとうとしていたら、いつの間にか眠っていた。
「そしたら夢を見たんです、カカシさんが任務から帰って来なくて、二度と会うことができなくて」
怖かった、と言うイルカは強くカカシにしがみ付いてくる。
「そうだったの・・・」
その夢を思い出して、イルカの体は震えていたのか。
「怖かったね、ごめんね」
カカシはイルカを優しく包み込む。
「俺は必ず、イルカ先生のいるところに帰ってくるから心配しないで」
いつだって帰るところは、イルカのところしかない。
「はい」
やっと安心したのか、イルカが照れたように笑って、慌ててカカシから離れようとした。
「あ!カカシさん、疲れて帰ってきているのにすみません」
風呂に入りますか?お腹空いています?とイルカは甲斐甲斐しい。
それをカカシは押しとどめた。
「イルカ先生、ちょっと待って」
抱きしめた腕を放さずに、そのままカカシは腰を下ろす。
必然的にイルカも座ることになる。
「何ですか?」
小首を傾げているイルカにカカシは微笑む。
「まずは、ただいま」
「あ、はい。お帰りなさい」
「急に任務に行って、ごめんなさい」
「それはカカシさんが謝ることじゃないですよ」
「うん、でもね」
ちら、とイルカの家の時計を見る。
日にちが変わる寸前の時間だ。
「謝りたいの、だって」
いつもしている手袋を取るとイルカの顔を両手で包み込んだ。
「だって、今日はイルカ先生の誕生日でしょ」
そっとイルカの唇にキスを落とす。
「誕生日おめでとう、イルカ先生」
ギリギリ間に合った。
「ありがとうございます」
嬉しい、とイルカは素直に喜ぶ。
「もう、それだけで十分です」
カカシさんも帰ってきてくれたし。
そう言われればカカシも嬉しいが、どうしても渡したいものがあった。
渡しておきたいものが。
「それで、俺が勝手に企画していたことは後でするとしてもですね」
懐から、大事に持っていた物を取り出した。
「プレゼントは今、渡したんです」
誕生日の日は、数分前に終わっちゃっいましたが。
誕生日の内に渡せれば、ベストであった。
「えーっとね」
さすがに渡す段になるとカカシも照れくさくなったが、ここが正念場だ。
びしっと決めなければ、と。
「これを受け取ってほしいんです」
手の平サイズのビロードの箱を、ぱかっと開ける。
中には、銀色に光り輝く指輪が二対、入っていた。
「これ・・・」
訳が解らないとイルカがカカシを見る。
「これね、指輪です」
「指輪・・・」
「俺とイルカ先生、付き合い長いでしょう。だから、ここら辺で決意表明しておきたいなあと思いまして」
決意表明、所謂けじめになるかもしれない。
「俺のイルカ先生への愛は、永遠に不滅で普遍で揺るぎないものであるという」
慎重に指輪を一つ取ると、カカシはイルカの手を恭しく戴いた。
「俺は永遠の愛を誓います」
イルカの左手の薬指へ、指輪を嵌める。
サイズは、ぴったりだった。
「で、俺もしてと」
カカシは自分で自分の指輪をする。
左手の薬指に指輪を嵌めた。
「ほら!」
キラッと銀色の光を放つ指輪をした手を、イルカに指輪をした手に重ねる。
「同じ指輪ですよ!」
イルカと付き合って、いつかはペアの指輪をしたいとカカシは思っていた。
同性同士結婚はできないものの、より強い絆ができればと考えていたのだ。
呆然とイルカは指にある指輪を見つめている。
その表情には何も浮かんでいない。
まさに、頭の中が真っ白といった感じで。
何が起こったのか解ったないのかもしれない。
対して、カカシは浮かれている。
「家の中だけじゃなくて、任務にもしていきますからね!イルカ先生もアカデミーにも受付所にもしていってね!」
「そんなことしたら」
ようやく、イルカが声を出した。
「そんなことしたら、カカシさんと俺が只ならぬ関係だとバレてしまいますよ・・・」
「いいじゃない」
カカシは、けろっとしている。
「バレても、俺は構いませんよ」
そして、カカシの次の言葉でイルカは驚愕した。
「みんなには、もうバレているんだし〜」
「ええ〜、なんで・・・」
「なんでって。俺たちを見ていれば、普通、気がつきますよ」
「だってだって、家の外では抱き合ったりキスしたりしていないじゃないですか〜」
「あのねえ」
そんなことは二人きりのときしかカカシはするつもりはないが、特別な関係にある者たちは、どうしたって、そういう雰囲気を醸し出すものである。
そして、ここは忍の里。
敏感に、それらを察知できる者が多数いるのである。
がくっとイルカは項垂れた。
「そんなことになっていたなんて・・・」
衝撃を受けている。
「まあ、いいじゃないの」
カカシは気楽だ。
「俺とイルカ先生が、そういう関係だって知ってもらった方が俺としては安心できるし、安全だしね」
「はあ、そうだったのか」
落ち込んでいるイルカはカカシの言った後半部分が聞こえていない。
「そうなの」
にこにことするカカシを眺め、それから指輪を眺める。
とても、きれいな指輪だ。
「カカシさん」
「ん?」
「ありがとうございます、誕生日のプレゼント。嬉しいです」
「喜んでもらえてよかったです」
「はい、大切にしますね」
アカデミーや受付所へしていくかは別として。
カカシの気持ちは、とっても嬉しいものだ。
イルカが好きだからこそ、その気持ちを表すために指輪をくれたのだろう。
「ありがとう、カカシさん」
見詰め合った二人は惹かれあうようにキスをした。
誕生日の次の日。
休暇になったカカシはイルカの誕生日のお祝いを一日遅れであったが、考えていた企画と共に実行した。
結構な企画であったらしく、イルカは息も絶え絶えだったらしい。
それからアスマたちに誕生会をしてもらい、誕生日を大いに祝ってもらったイルカは、とても楽しそうにしていた。
その横にカカシがいたのは言うまでもない。
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