言葉
あの人と出遭ったのは春先であった。
切っ掛けは自分の教え子達の次の先生があの人だったから。
最初は挨拶をして、次に世間話をして。
時々食事をいたり、稀に酒を挟んで大人の付き合いをしたり。
そうやって少し親交を交わしたりした、だけど。
ただ、あの人にとって俺は単なる知り合いで個人的な付き合いはないものと思っていた。
何故なら、あの人は誰からも頼られて憧れて。
皆が皆、尊敬し憧憬の眼差しで見ている。
特に女性はそれに恋情も加わっていて。
誰からも好かれていた。
その人は畑カカシ。
木の葉の里の誇る上忍だ。
俺は、その他大勢に交じってカカシ先生を見ていた。
教え子がカカシ先生に現在、教えを受けているからと言って特に親しくはない。
ほんの少しだけ他の人より会話を多くして、他の人より近くで眺める姿が多いだけだ。
出会ってから随分と月日は経つのにカカシ先生と俺の関係は希薄で単調なままだった。
俺はそれでも良かった。
カカシ先生が元気そうに笑っていたから。
なのに、その均衡が崩された。
ある日の夕方。
仕事の帰り、久しぶりにカカシ先生に会った。
会ったというより俺のことを待っていたみたいだった。
カカシ先生は年を少し重ねたというのに、出逢った頃より顔つきが精悍になり体つきが逞しくなっている。
この人は日々、忍として成長を続けている。
そして、木の葉の里を守っている。
俺とは大違いだ。
少しでも見習わなければ、と気持ちを強くした。
「イルカ先生、久しぶりですね。」
カカシ先生はいつもの丁寧な言葉で話しかけてきた。
「お元気ですか?」
「はい、まあまあ、元気です。」
カカシ先生こそお疲れ様です、と付け足すとカカシ先生は少し笑った。
「相変わらずですね、イルカ先生は。」
目を細めて可笑しそうにしている。
「仕事帰りなんでしょう?ご飯がまだでしたら、俺んちで食べませんか?」
作りますよ、と気軽に言う。
「カカシ先生の家に?」
今までカカシ先生の家には一度しか行ったことがない。
任務で必要な書類を届けに行っただけだ。
何でカカシ先生は俺のことを誘うんだろう?
用事でもあるのだろうか?
だったら家に行かなくても、この場で用件を済ませたほうが。
そのことを告げるとカカシ先生は困ったように頭を掻いた。
「困ったな。」
「何かお困りなんですか?」
俺に出来ることがあったら、と思い聞いてみた。
「俺でよろしければ、何でも仰ってください。」
「なんでも・・・。」
俺が言った言葉を反芻している。
「なんでも、か。」
カカシ先生は顎に手を当てて、ふむと考え込んでいる。
「実はね、俺。」
カカシ先生が左手が俺の右手をさり気なく、自然に握ってきた。
「イルカ先生に言いたいことがあるんですよ。」
言いたいことって、何か悪いこと、かな?
やけに改まっているし。
教え子達が何かやらかしたのか、はたまた受付け業務で不備でもあったのか?
いや俺自身のことで生活態度が悪いとか鍛錬を怠っているとかかな。
頭をグルグルさせて考えを急いで考えを巡らせるが特に思い当たる節も無い。
な、なんだろう?
「イルカ先生?」
気が付くとカカシ先生の顔が目と鼻の先にあった。
おまけに顔の布が取り払われて、鼻や口元が露わになっている。
何回かカカシ先生の素顔は見たことがあるので整っているのは知っていたが。
でも、こんな間近で見ると迫力があるというか。
綺麗すぎてくらくらする。
「どーしたの?」
大丈夫、と頬を撫でられた。
「大丈夫です。」
俺は慌ててカカシ先生を押し返そうとしたが、びくともしなかった。
片手でも力をこめて押しているのに。
もう片方の手はカカシ先生に握られているので動かせない。
なのに、カカシ先生は。
「ま、此処でもでもいーか。」と頷いて。
「イルカ先生。」
顔を覗きこんできた。
カカシ先生の青い瞳に俺が映る。
「あのねえ、そろそろ、俺達友達の域を出てもいい頃ではないかと思うんです。」
「・・・え?」
友達って?
誰と誰が?
「俺達、それなりに付き合いも長いでしょ。俺、もう友達では、ちょっと自信がないんです。」
いろいろと、って本当に困ったように言う。
けど。
ちょっと待て。
「だから、イルカ先生と友達から卒業して、それで・・・。」
カカシ先生が、白い頬を染めて何かを言おうとしたのだが。
その前に。
「ちょっと待ってください!」
俺が先に質問をぶつけた。
「友達って誰と誰がですか?」
「え?」
カカシ先生が驚いた顔をしている。
「俺とイルカ先生のことだけど。」
戸惑っていたが答えてくれた。
「俺とカカシ先生が、ですか?」
「うん、そうだよ。」
掴んだ手はそのままだったけど。
カカシ先生は少し体と顔を離して。
「俺達、ご飯食べに行ったりして、二人でたくさんの時間を過ごしたじゃない。」
だから友達でしょ?
「で、でも俺ってその他大勢のうちの一人なんじゃ・・・。」
「俺は、なんでもない人と一緒にいたりしません。」
カカシ先生が少し傷付いたように言う。
「俺はイルカ先生だったから、一緒にいたんです。」
「そ、そうだったんですか?」
「だから、頻繁に話しかけたりしたし。」
「はあ。」
カカシ先生はそっと俺の手を離した。
「ねえ、考えてみてよ。」
「考えるって?」
俺はごくりと唾を飲み込む。
「何をですか?」
緊張して聞くとカカシ先生は首を傾げて微笑んだ。
「俺とのこと。友達から恋人へ。」
恋人!
驚愕する俺にカカシ先生は告げた。
「俺はイルカ先生のことをいつも見ていた。」
「いつも・・。」
「何故だか解る?」
カカシ先生が、再び顔を近づけてきた。
「それは、イルカ先生が好きだから。」
耳元でカカシ先生が囁く。
「ねえ、イルカ先生。」
俺のこと、本当は好きでしょう?
考えてみてね、と笑い声を俺に残すとカカシ先生はすっと離れた。
「俺、もう任務に行かないと。でもね、離れていても。」
マスクで顔を覆いながらカカシ先生は言う。
「いつでもどこでもイルカ先生が危ない時には俺が助けに行きます。」
夕日に照らされた顔は、優しい顔だった。
「好きな人のピンチの時はカッコよく現れます。」
じゃあね、と手を振って消えた。
カカシ先生は言った言葉を守ってくれた。
里が襲われて俺が負傷者を探していた時に。
敵の暁に遭遇した。
俺の心は一つ、敵には屈しない。
負けない。
でも、俺にはこの敵を倒すことはできないだろう、と。
とっさに頭の中を通り過ぎたのはナルトのことであったけど。
その片隅でカカシ先生のことも頭を過ぎった。
あれから、会うことはなく返事もしていない。
散々に考えて答えは、もう決まっているというのに。
今、暁に俺は殺されるだろう。
死を覚悟して、心残りはカカシ先生に会えなかったことだけだ。
会って、一つの言葉を言いたかった。
俺が質問を拒絶すると、暁は躊躇いも無く武器を振り下ろした。
もう駄目だ、と思った、その時。
カカシ先生が現れた。
言ったとおりにカッコよく現れて俺を助けにきてくれたのだ。
「ここは俺に任せて。」
その言葉を聞いて俺は負傷者を背負って。
カカシさんを置いて、その場を後にした。
無事であることを強く願いながら。
それと。
次に会ったら、この前の返事をしようと。
すぐに恋人、と云うわけにはいかないけれど。
友達から一歩進んでみたいと思ったのだ。
だって、カカシ先生の笑顔が好きだから。
好きな人の笑った顔を、ずっとずっと見ていたいんだ。
終り
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