WA・KA・RE!
「はああああ〜」
カカシが大きな溜め息を吐いた。
わざとらしく両手で胸を抑えている。
「毎年、この時期になると胸が痛みます」
「へー」
聞いているイルカの返事は抑揚がなく平坦だ。
「そーなんですかー」
手にしている書類に眼を通しチェックに余念がない。
字を眼で追いながら時折、手にしているペンで書き足したりしている。
「『ワカレ』の季節なんですもん、哀しいですね・・・。俺は任務でイルカ先生と『ワカレ』てイルカ先生は俺に忙しさを『ワカレ』って」
カカシは再び溜め息を吐く。
わざとらしさに磨きが掛かって切なげに。
「別に」
イルカの返事は相変わらず抑揚がなく平坦で、更に冷たさが追加された。
そんなイルカをカカシは軽く睨む。
「ちょっとイルカ先生」
声に不満が出ていた。
「少しは俺を見てくださいよ」
紙ばっかり見ていないで。
「紙じゃなくて重要案件の書類です」
「俺の話に乗ってくれたっていいでしょ」
「生憎と忙しいんです」
「俺の胸がこんなに張り裂けそうに痛いのに!」
「湿布でも貼りますか?あ、軟膏の方がいいですか。それともガムテープ?」
「そういう問題じゃなくて」
焦れたようにカカシが声を上げた。
「愛の力であっためてあげるとか、胸の痛みを和らげてあげるとか言ってほしいんです!」
漸く書類から顔を上げてカカシを見たイルカは何も言わない。
目は口ほどに物を言う。
言葉には出さずとも、何を言っているんだこの人は、と黒い眼が雄弁に語っていた。
「冷たいですよ、イルカ先生!」
「冷たくありません。体温はあります。ちなみに俺の平熱は36.3℃です」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何です」
「恋人同士の会話って、もっとこう・・・。甘いものじゃありません?」
「食べたことないので甘いか辛いかしょっぱいか解りませんね」
「また屁理屈を」
肩を竦めたカカシは駄々を捏ねる子供を見るかの如くイルカを眺める。
そうして優しく諭すように言った。
「イルカ先生、恋人同士はもっと求め合うものですよ」
触れ合って甘えて甘やかして、微笑み見つめ合い熱い瞳で語るものです。
カカシの言葉を聞いたイルカは、かっと赤くなった。
手に持っていた書類が、ぐしゃりと握り潰されている。
「カカシさん!」
「はい」
「自分で言っていて恥ずかしくないんですか!」
「ちっとも」
「俺は恥ずかしさと共に寒さも感じましたよ・・・」
がっくりと肩を落としたイルカは息を吐いた。
「やっと春になって暖かくなってきたと思ったら」
ここだけブリザードで吹雪で氷点下なんて。
「失礼な」
何てこと言うんですか、とカカシは反論してきた。
「俺は至って真面目です」
反論というか反撃だ。
「イルカ先生からの愛を仄かにたくさんしか感じることが出来ないので不安なんです」
「だったら」
しょうがないなあという風に笑ったイルカが、つんとカカシの額を突付く。
額というよりも額宛だったが。
「ここで、こうしてカカシさんと二人きりでいる俺は愛がないんですか」
からかうようにイルカはカカシに尋ねる。
「深夜から単独任務に出発するカカシさんを見送るために、残業して一人でアカデミーの職員室に残っている俺は」
愛がないんですか?
「それは・・・」
「どうなんですか」
にこっとイルカに微笑まれるとカカシに勝ち目はなかった。
惚れた弱みかもしれない。
「今の時期って家に帰れないくらい忙しいって言いましたよね」
最近は少し落ち着いてきましたが。
アカデミーの勤務年数が長くなりつつあるイルカは既に後輩を指導する立場にあり、またアカデミーでは主要な仕事にも携わっている。
「今日は下手に家に帰るよりはアカデミーに残っていた方がカカシさんに会える確立が高いと思って」
ここにいたんです、そしたらカカシさんが来てくれて。
「家に帰ったら任務に行くカカシさんと擦れ違って会えなかったりしたら嫌ですから・・・」
イルカの声が小さくなっている。
照れている証拠だ。
顔が先程とは違う赤さで染まっている。
「ですよねえ」
にこにことカカシは笑った。
「任務に行く前に俺と会えなかったら寂しいですよね」
一週間も任務に行くんですから。
「さ、寂しくなんか・・・」
「寂しくないんですか」
「───寂しいです」
素直なイルカがカカシは愛して堪らなくなる。
この人のこういうところが可愛くて愛しい。
じんわりと胸にあたたかさが広がる。
もう胸は痛くない。
「アカデミーの仕事って去年も忙しくて一昨年も忙しくて、その前の年も忙しくて、その前もその前もその前も・・・。いつになったら忙しくなくなるんですかねえ」
「違うでしょ」
顔を顰めたイルカはカカシの額を今度は指で弾いた。
「俺たち付き合い始めたの去年なんですから」
一昨年やその前は違うでしょ、と。
「いったい誰のことを言っているんですか」
「そりゃあ」
カカシは立ち上がった。
名残惜しいがそろそろ任務に行く時間だ。
「イルカ先生ですよ」
「え」
「イルカ先生に出会う前から、いつか出会って付き合うであろうイルカ先生と付き合っていたんです俺」
「・・・怖いですね。ちょっとしたホラー?」
「イルカ先生、ムードなーい」
カカシは下ろしていた覆面を上げる前にイルカの頬に触れた。
「んじゃ、行ってきますね」
「・・・怪我しないでくださいね」
頬を押さえて、またまた赤くなっているイルカを見てカカシは窓枠に足を掛けた。
「行ってきます、イルカ先生」
「行ってらっしゃい、カカシさん」
優しげにイルカを見つけて目を細めていたカカシの姿が、ふっと消える。
気配がなくなっていた。
「・・・窓から出て行くなって言うの忘れてた」
カカシが開けていった窓を閉めながらイルカは呟いた。
「早く帰ってきてくださいね、カカシさん」
見えなくなってしまった姿に願いを込める。
それからすぐにアカデミーの職員室に、ぽつんと点いていた明かりは消えた。
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