うちの子どんな子かわいい子、おれのあの子はかわいい子
番外篇 あの子のキスの味
夕方。
カカシは家路を急ぎながら、うきうきとしていた。
今日は自分は任務が入ってしまったが、イルカは休みなので家にいる。
朝、任務に行く前に今日の予定を尋ねたところイルカの返事は、こうだった。
「あっついから、どこにも行かない。」
任務に行く準備をするカカシを寝ぼけ眼でベッドの上から見ていたイルカは気だるげであった。
昨夜も暑くて眠れなかったらしい。
カカシも、まあ暑いなあ〜とは思ったが、そこは上忍の底力で最低限の睡眠は、しっかりと摂っていた。
最近は七月も半ば、暑さも半端なく熱帯夜が続いている。
しかもイルカの家にはクーラーも扇風機もない。
何で買わないのかと訊けば、なんとなく、という答えが返ってきた。
「なんとなく〜。そう、冷たいものを食べればいいかな〜と思って。」
冷たいものを食べて涼をとる。
それがイルカ流らしい。
暑いから、という理由から薄着で、袖なしのシャツに短パンの肌の露出が多い姿をしてイルカはベッドの上で、伸びをした。
すらっと伸びた手足がカカシの目を釘付ける。
それは無防備にも衣類で覆い隠すことなく、曝け出されていた。
細い首筋も薄い肩も、日に焼けていない部分がカカシの目に生々しく映ってくる。
カカシは意識してイルカから目を逸らした。
あんまり見ていると朝から、変な気分になってくる。
もちろん、そんなことを思っているのはカカシだけでイルカには特別な意図はない。
イルカとは恋人同士になったものの、それらしきことはイルカが二十歳を超えてからとカカシは頑なに決意していたので、現在十六歳のイルカに不埒なことをしようとは思っていない。
今のところ、イルカとはキスだけだ。
あとは抱きしめるのみ。
カカシは今は、それだけで大満足している。
イルカは、ただ暑いだけ、猛暑の夏だから、夏らしい格好をしているだけなのだ。
それにカカシが悶々としてしまっていたりしていて。
結局、イルカはベッドの上から任務に行くカカシを見送って、玄関を閉じるときにカカシがもう一度振り返った時、イルカは既に二度寝に就いたところであった。
「ただいま〜。」
カカシが玄関のドアを回すと珍しく、鍵が掛かっていた。
とんとん、とノックすると中から、ばたばたと音がして「今、開けるよ。」とイルカの声がした。
「お、帰りなさい、カカシさん。」
がちゃ、と鍵が回され、玄関の扉が開いた。
「意外に早かったんだね。」
にこっと、イルカに微笑まれてカカシは天にも昇る心地だ。
好きな人が帰る家で待っていてくれて、笑顔で出迎えてくれる。
こんな幸せなことがあろうか、と。
「ただいま〜。イルカ〜。」
喜び勇んでカカシは玄関に入り下足を脱いだ。
「イルカが待っていてくれると思うと早く家に帰りたくて任務、頑張っちゃったんだよね〜。」
カカシも、にこにこと笑顔になる。
そして、さっと腕を広げてみせた。
「イルカ。」
呼びかけるとイルカは、ちょっと躊躇った後にカカシに傍に来た。
すかさずカカシはイルカを腕に囲い込む。
ぎゅっと抱きしめる。
任務が終わってイルカを抱きしめるのが至福の時であった。
イルカのことが、ほんっとに大好きなんだなあ、俺、と改めて実感する時間でもある。
そして、もう一つ。
カカシを幸せにさせることが。
腕の中のイルカの顔を覗き込む。
「キスしていい?」
そう一日一回、カカシはイルカにキスしていた。
軽く触れるようなキスを。
一日一回、日課になっていた。
そう決めたのはカカシで、一回以上すると自分に歯止めが利かなくなり、暴走の恐れありと判断したからである。
大変適切な判断で自分のことが、よく解っているカカシであった。
一応、マナーとしてキスする前にイルカにお伺いを立てていた。
カカシに訊かれたイルカは困ったような顔をして首を横に振った。
縦ではなく横に。
横に振るということは拒否されたということだ。
「なっ、なんでっ!」
驚愕でカカシは目を瞠る。
キスした数は、まだ少ないが今までイルカに拒否されたことはなかった。
恥ずかしそうに頷いていてくれたのに。
「ど、どどどうして?」
焦ったカカシが言うとイルカから小さな声が聞こえた。
「今日は駄目。」
「今日は?駄目?」
いったい、どういうことなのだろう?
腕の中のイルカは顔をカカシから背けている。
「ねえ、イルカ。」
甘い声を出してカカシは強請った。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ。ちょっとでいいから、キスさせて。」
ねえ、お願い、と耳元で囁いてみる。
以前、キスでは大失敗したことがあるのでイルカが本当に嫌なら無理にはしないが。
出来たらイルカとキスしたい。
カカシの必死の懇願に、ちら、と横目でカカシを見てきたイルカは「じゃ、少しなら。」と到頭、承諾してくれた。
「嬉しい〜!」
喜びを全身で表すとカカシはイルカを引き寄せた。
両手でイルカの頬を挟むとイルカは、そっと目を閉じる。
ゆっくりとカカシは唇を重ね、口付けした。
イルカの唇は氷のように冷たく、ひんやりと冷えていた。
冷たいイルカの唇があったまった頃、カカシはやっと唇を離した。
離す際に、イルカの唇を一舐めする。
キスが終わったイルカは疲れたのか、どっとカカシの胸に倒れこんできた。
キスの刺激が強いらしい。
いつも、こうなっている。
そのイルカの背を撫でるのも楽しい。
しかしカカシは背を撫でながら、あることを言った。
「イルカ、今日はご飯食べた?」
ぎくり、とイルカの肩が震えた。
「暑いからってアイスばっかり食べていたなんてことは・・・。」
カカシが何を言おうとしているのか察してイルカは逃げようとしたのだが、当然、カカシは、そんなことさせなかった。
「今日一日、アイスとかジュースばーっかりで過ごしていたんだね?」
渋々とイルカは頷いた。
「・・・うん、実は。」
「だから唇が、あんなに冷たかったんだね。それに、とっても甘かったし。」
「うーん、まあね。」
へへへ〜、とイルカは曖昧に笑った。
「唇が冷たいのが分かると、俺にアイス食べているのがバレルと思ったの?」
「そうなんだ〜。」
カカシが帰ってきてイルカが玄関を開けてくれる前に、ばたばたとしていたのは食べたアイスのゴミやらを捨てる為だったらしい。
証拠隠滅を図ろうとしていたのだ。
「もー、暑いからって冷たいものばかり食べるのは体に悪いって言っているでしょ。」
お説教するとイルカは素直に謝る。
「ごめんなさい。」
謝るのだが、また、やってしまうのだ。
それがイルカらしいと言えばイルカらしい。
「ま、いいでしょ。」
カカシはイルカを腕から開放した。
「俺が夕飯作るから、きちんと食べてね。」
「はーい。」とイルカは無邪気に返事をする。
だが、カカシは心密かに思っていた。
よかった〜。
キスを拒まれたのは俺のこと嫌いになったんじゃなくて・・・。
単にアイスばっかり食べていたのを俺に怒られると思ったからなんだな。
ほっと胸を撫で下ろしていたのだった。
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