三月四月
「何か企んでいるわね」
紅に指摘された。
女は聡い。
聡い女は厄介だ。
「べっつにー」
読んでいた本で顔を隠す。
元々覆面で大部分は隠れているけれど。
「そうかしらねえ」
組んだ膝の上に肩肘を突き、その上に顎を乗せた紅は俺をじっと観察する。
「碌でもないこと考えている顔しているわよ」
鋭い。
「碌でもないことって」
ぺらと本のページを捲って何気ない風を装って聞く。
「そうねえ、例えば」
紅の眼の奥が俺の心を見透かすように光る。
「ちょっかい出したい人がいるんじゃないの」
───正解。
「最近、よくあの人と一緒にいる姿を見かけるわよ」
あの人・・・。
「黒髪の」
黒髪・・・。
「アカデミーの先生よ」
そこまで知っているのなら当然、名も知っているはず。
なのに言わないのは意図的か。
「男の人よね」
そこを突いてくるか。
くすりと笑みを漏らした紅は流し目をくれる。
「心配しないで」
誰にも言わないわ。
信用ならない、いまいち。
まあ、それよりも。
「碌でもないことって何よ」
気になる発言だ、
俺がどんなことをしようとしているのか解るのか。
「そうねえ」
紅の黒い眼が細くなる。
完全に面白がっている。
しかし──あの人と同じ黒い眼なのに同じ黒でも人によって違うんだなあと気がついた。
「明日は四月一日よね」
「それが」
「一年で唯一嘘をついてもいいっていう公認の日よ」
あの人に性質の悪い嘘をついては駄目よと釘を刺される。
「そんなの」
知っている。
だから綿密に計画を立てた、はず。
それは誰にも知られてない。
「くだらない」
紅に一蹴された。
「最初から素直に言えばいいのよ」
好きだって。
「こんな面倒くさくて解りにくくて遠回りした言い方で解ってもらおうなんて虫が良すぎるわ」
ふんと尖った顎を上げる。
「意外に馬鹿だったのねカカシ」
言いたい放題言われているが返す言葉がない。
「心象最悪よ絶対」
「う・・・」
それは思う。
きっと最低なヤツだと思われていること間違いなし。
「今頃反省しても遅いのよ」
薄い色のネイルを塗った細い人差し指を突きつけられる。
「何もかも遅いわ」
後悔先に立たず、よ。
紅は俺を追い詰める。
「そこまで言わなくたって」
思わず言葉を返すと、くわっと紅が眼を剥いた。
「ここまで言わせているのは何処の誰!」
「俺です」
それは俺しかいない。
「解っているのなら」
両手を腰に当てた紅が大きく見える。
「今すぐリベンジしてきなさい」
再挑戦、リトライよ!
「今度こそ小細工しないで、ちゃんと気持ちを正直に伝えなさい」
解ったわねと強く念を押され頷く。
「解った」
とにかく行かないと、イルカ先生の所へ。
踵を返した俺の耳に「全く世話が焼けるんだから」と紅の呆れたような声が聞こえた。
四月一日の夕方。
カカシはイルカを誘ってみた。
イルカは特に何の疑いも持たずに快くカカシの誘いを了承し嬉しそうに顔を緩ませた。
「カカシ先生に誘っていただけるとは」
とても感激していた。
余りにもイルカが感激していたのでカカシは、うっかり理由を尋ねてしまう。
最初は言い難そうにしていたイルカは少し俯き寂しそうな声を出した。
「カカシ先生に避けられているような気がして」
それで嫌われているんじゃないかと思っていたんです。
アカデミーで教えていた子供の上忍師として就任したカカシと話してみたいと思っていた。
子供の成長の様子も知りたかったし、カカシ自身についても知りたかった。
アカデミーで日々、子供の相手をするイルカは人見知りは殆どない。
なのでカカシという人物との新しい出会いは新鮮で、せめて気軽に挨拶をして立ち話くらいできる仲になりたいなあと密かに思っていたのだ。
だからカカシに誘われて嬉しかったのだ。
「あー、えーと。避けていたわけではないです」
イルカを見ると、どうにもこうにも構いたくなる。
直に対面すると気持ちが抑えられなくなるから意図的に避けていたのは認める。
「でも」
嫌いではないですと言いかけてカカシは止めた。
だって今日は四月一日だったから。
嫌いと言ったら好きになる。
好きと言ったら嫌いになる。
元々の計画ではイルカに「嫌い」と言おうと思っていた。
綿密な計画の割には大雑把だ。
しかし計画は計画。
計画は実行するのが信念だ。
イルカの眼を見据えるとカカシは、にこりと笑った。
イルカの黒い眼がキレイだなと思う。
「俺はイルカ先生が嫌いです」
言った瞬間、計画の失敗を悟った。
「あらイルカ先生」
そんなところへ紅が偶然通りかかった。
「・・・とカカシ。道の真ん中で何をしているの」
そう、有ろう事かカカシの計画は道のど真ん中で決行されていたのである。
「どうしたのイルカ先生」
おかしな雰囲気の中の、青い顔したイルカにに俊敏に気がついた紅はイルカを声を掛ける。
「いえ、何も」
果敢にイルカは首を振って否定した。
ちらとカカシに視線を向けてから紅は優しい声を出した。
「いいのよ、カカシのことならこの場に居ないと思って」
何があったのか私に言ってみて。
新米上忍の紅は、ついこの間まで中忍をしてイルカと面識がありカカシより親しい。
「あの・・・。カカシ先生が」
俯いたイルカの表情は見えない。
「俺が嫌い、だって」
「イルカ先生」
紅の手がイルカの肩に置かれイルカを慰めている。
しかし眼はカカシに向けられ激しい非難を滲ませている。
「すみません」
何故かイルカは謝った。
「不愉快な思いをさせていたんですね」
今までと呟かれた声は力なかった。
頭を下げたイルカは無言のまま去って行く。
後ろ姿は哀しそうだった。
イルカの姿が見えなくなると紅はくるりとカカシと正面から対峙した。
そして言ったのだ。
「くだらない」と。
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