嘘でもいいから
イルカは一人悩んでいた。
アカデミーの昼休みに食事も摂らずに職員室の机で頬杖をついて考え込んでいる。
もう無理かも、いや、大丈夫だ。
そんなことを何十回となく繰り返し考えている。
だって最初にお互いに気持ちを確認して、その上で了承して付き合ったわけだし。
最初の頃より仲良くなっているじゃないか。
だいたい、プライベートはいつも一緒にいるしさ。
考えすぎなんだよ、俺。
そう結論づけて、もやもやする気持ちを振り切ろうとしたのだが。
結局失敗に終わり、イルカは職員室で一人溜め息をついたのだった。
「イルカ先生。」
アカデミーが終わる頃に七班との任務が終わったカカシがイルカのことを迎えに来た。
「もう終わりましたか?一緒に帰りましょう。」
「あ、はい。」
いつも、こんな感じだ。
カカシは甲斐甲斐しくイルカの面倒を見てくれる、とても嬉しそうに。
そんなカカシを見ているとイルカも気持ちが穏やかになるのだが。
帰り道、カカシが何気なく言う。
「ねえ、もしも、俺がイルカ先生のこと嫌いって言ったらどうします?」 カカシは何故か笑顔全開で、無邪気だ。
冗談で言ってるつもりらしい。
「またまた、カカシさん。」
イルカは余裕を持っている振りをして軽く流す。
「そんなこと言って、俺のこと好きでしょう?」
イルカがそう言って無理に笑うと、カカシは安心したように頷いた。
「うん。」と嬉しそうに返事をする。
こんな会話が二人の間では頻繁に交わされている。
カカシにとっては単なる愛情表現の一つなのかもしれないが。
でも、嫌いという言葉を聞いているイルカは疲れてしまっていた。
好きだといってくれたのは最初だけで、その後はずっとこんな風だ。
もしかしてカカシさん、本当に俺が嫌いなのかも。
本当に嫌いだったらどうする?
その次に起こり得る不吉なことが頭に浮かびイルカは慌てて打ち消した。
そんなことないよ、大丈夫。
イルカの葛藤など知らずカカシが手を握ってくる。
手を繋いで嬉しそうに笑っているカカシに、イルカは上手く笑顔を返すことができず自分の中の不安は消えず。
カカシから、そっと視線を逸らして星を見る振りをして夜空を仰いだ。
週末になり、イルカの方が早く仕事が終わったのでカカシを上忍の控え室まで迎えに行った。
「カカシさん、もう帰れますか?」
扉をノックしてから開けると、カカシは上忍師のアスマや紅と話していた。
「あ、イルカ先生。これから、この二人と飲みに行こうかと話していたんです。一緒に行きませんか?」
「え、でも。」
アスマや紅とは顔見知りではあるが、二人は上忍だ。
何となく退いてしまう。
「偶には飲みに行きましょうよ。」 「そうだな。週末だし飲んでも大丈夫だろ?」 二人の上忍に誘われカカシも傍で、うんうんと頷いていた。
「イルカ先生と一緒にいたいし。一緒に行きましょう、ね?」
カカシがイルカの腕を掴んで熱心に誘ってくる。
イルカは承諾しようと口を開いたのだが、それよりも早く紅が呆れたように言うのが聞こえた。
「カカシってば、本当にイルカ先生が好きなのねえ。」
「え〜、そう?嫌いかもしれないじゃん。」
「嫌いなの?」
紅が驚き、次いで眉を潜めた。
「それ本当なの?」
カカシは嬉しげに「さあねえ。」と言いイルカを覗き込んだ。
「ねえ、どう思う?イルカ先生?」
イルカは俯いた。
カカシの位置からは顔が見えない。
「イルカ先生?」
いつもと違う様子のイルカにカカシは慌てる。
「どうしたの?具合が悪い?家に帰りましょうか?」
イルカを支えるように肩に腕を回すと、バシッと音がしてカカシの腕が払われた。
「え?」
「もう、いいです。」
俯いたイルカから押し殺したような低い声が聞こえくる。
「もう、いいです。」
「な、何が?」
イルカが顔を上げて、きっとカカシを睨みつけた。
「毎回毎回、嫌い嫌い言いやがって。嘘でもいいから好きって言ってみろ!」
叫ぶように言い放ち、そのまま、つかつか出口に行くと力任せに扉をバタンッと締めて。
出て行ってしまった。
イルカがいなくなった後、しん、と沈黙が降りる。
紅やアスマは突然の出来事に目を見張っていたが。それよりもカカシだった。
イルカに払われた手の形を残したまま固まっている。
瞬きもせずにイルカが出て行った方を見ていた。
先に気を取り戻した紅やアスマは、カカシを見てイルカの言ったことを思い出し。
あることを推測して、やれやれと大きな息を吐いた。
「で、カカシはイルカ先生に事ある毎に嫌いって言い続けていいのね?」
紅の、きつい口調にカカシは肩を竦めた。
「だってさ、ほら、今流行の好きな人に冷たくするってやつだよ。」
そうすると、より愛情が伝わるって言うから、と言い訳するカカシに紅はビシリと言い放った。
「ばっかじゃないの?」
「え?」
「好きな人に好きって言わないで誰に言うのよ。」
「好きな人に嫌いだなんて言われたら落ち込むわなあ。」
アスマが横から煙草の煙をふう、とカカシに吹きかける。
「嫌いって言われ続けたら、本当にそうかもしれないって思うしな。」
「えっ、本当?」
「そうよ。それに好きな人に嫌われているんだったら傍にいていい、と思うかしら?」
「じゃあ、もしかして。」
カカシは、漸く、事の深刻さに気がついたらしい。
「イルカ先生、俺のこと嫌いになっていたりして。」
「別れようとか思ってるかもね。」
「顔も見たくないかもな。」
二人に畳み掛けるように言われてカカシは青くなった。
「ど、どうしよう?」
カカシの顔色が更に悪くなる。
「イルカ先生がいなくなったら、俺、生きていけないよ。」
「どうしよう、なんて言ってる暇があったらね。」
紅が両手を腰に当ててカカシの前に仁王立ちになった。
「追いかけるのよ。今なら間に合うから。」 「ああ、追いかけて謝ってだな。」
「それから、好きだって伝えるのよっ。」
「思う存分、愛を語るんだな。」
紅もアスマも親切にアドバイスしてくる。
アドバイスを聞いたカカシは拳を握って立ち上がった。
「分かった。必ずイルカ先生の誤解を解いてくる。」
そんで好きだって言うよ、とカカシは力強く言った。
「じゃ、行くから。飲みに行くのは今度な。」
そして、ドロンと消える前に一言「サンキュ。」と云う言葉を紅とアスマに残していった。
「上手くいくといいな。」
カカシを見送ったアスマが呟いた。
「上手くいくに決まってるわ。」
紅は髪をさらりと掻き上げる。
「私たちって、いい人、よね。」
「ああ、そうだな。」
アスマも紅の意見に同意した。
「じゃあ、いい人同士で飲みに行くか?」
「賛成。」
今日は二人で飲みに行くけど、次はきっとカカシとイルカもいて四人で飲みに行けるだろう。
その日は、すぐ其処だ。
恋人たちのことを思って紅とアスマは微笑した。
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