美しい嘘
同性だと言うことが分かっていながら海野イルカに一目惚れしてしまったカカシは、ようやっとのこと、告白したのにイルカは悲しそうな顔で答えた。
「ごめんなさい。カカシ先生とは、お付き合いできません。」
予想していなくもなかった言葉ではあったが本人の口から、その言葉を聞くと思った以上に衝撃がきた。
倒れそうになりながらカカシは聞く。
「理由を教えてもらえませんか?」
声は少し震えていた。
そんなカカシを見ていたイルカはしばらく逡巡していたが、覚悟を決めたように視線を合わせてきた。
「実は俺、天使なんです。」
「・・・・・・はい?」
「天界から人界に修行をしに来ているのです。だから、いずれは天界に戻らなくてはいけないのです。」
イルカは俯き小さな声で「信じてもらえないでしょうが・・・。」と付け加えた。
天使、とは俄かには信じられないが、今まで見てきたイルカの人柄、様子などから、その場しのぎの嘘などつくようには思えない。
何と言っていいものやら、と呆然とするカカシにイルカは黙って一礼すると姿を消した。
数十分後。
ハッとして正気に戻ったカカシは叫んだ。
「え・・・・・・って、ちょっと、これって!これって!嘘なの?本当なの?」
イルカが嘘を言うはずはないという思いと、嘘であってくれという想いが交差する。
「俺、どーすりゃいいんだよ。」
カカシは思いっきり動揺していた。
カカシはイルカに告白して付き合いを断られてから、よーく考えた。
何日もかけて自分で自分に納得いくように考えた。
だが要するに告白して、ふられたことには変わりはない。
ふられた、とうことは一時さておき、カカシはイルカの言っていた天使という意味を考えてみた。
俺の告白を円満に断るための嘘の理由?
いや、イルカ先生が俺に嘘をつくなんて考えたくもない。
でも、じゃあ、本当なのかな?
あの時、信じてくれないでしょうが、とイルカは悲しそうに言っていた。
そこでカカシは気がついた。
最初からイルカ先生の言ったこと信じてないから俺は、あれこれ考えてんじゃないの?
ということは、もし本当なら。
イルカ先生はいずれ、俺の前からいなくなるってことだよな。
それって耐えられるかな。
じゃ、じゃあさ。
イルカ先生に何でもいいから決定的な証拠を見せてもらって、それでそれで。
バシッとキッパリ、スッパリとふってもらおう。
イルカ先生を諦められるように。
諦められればの話だけど。
カカシは悲愴な決心をしてイルカのもとへ向かった。
人けのない場所にイルカを呼び出して二人きりになったカカシは、かなりドキドキしていた。
二人きりだなんて恋人同士のシチュエーションとしては最高なのに。
いや、そうじゃなくてさ。
カカシは邪念を追い払うために頭を横に強く振った。
「あの。」
先に言葉を発したのはイルカだった。
「先日は失礼しました。」
深々と頭を下げる。
「いきなり、あんなことを言っても信じられませんよね。」
「え?えっと。」
「カカシ先生のお気持ちは嬉しかったです。でも・・・。」
嬉しかった?
今、そう言ったのか?
「カカシ先生に嘘はつきたくなかったんです。」
イルカの発言が好意を含むように聞こえるのは気のせいか。
カカシはなんだかドキドキしてくる。
もしかしてイルカ先生の気持ちって、実は。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
慎重に言葉を選んで言う。
「イ、イルカ先生。あのね。俺・・・」
「だから、カカシ先生にだけは俺の、本当の姿の一部をお見せします。」
なのに、先に言われたイルカの言葉に気を取られてしまった。
「本当の姿って。」
カカシの見守る前でイルカが静かに目を閉じた。
静かな羽音がして、イルカの背後に黄金色に輝く白い翼が出現する。
その数は六枚。
天を覆うような、地に広がるような、暖かな光で総てを包み込むような。
見ていると心が穏やかになり清められるような感じだった。
しばらく見蕩れていたカカシだったが、そっと左目から額宛を外し、写輪眼で見てみる。
人為的なものは一片も感じられなかった。
一切、何も。
イルカ先生の言ったことは本当だったんだ。
俺に嘘なんてついていなかった。
それは希望と同時に絶望でもある。
カカシは泣きそうになった。
そして悟る。
いずれ、イルカ先生はいなくなって、二度と会えないんだ。
永久に絶対に。
まだ、目を閉じているイルカにカカシは吸い寄せられるように近づいた。
イルカの肩に両手を置く。
「カカシさん?」
気配を察してイルカが訝しげに言う。
目は閉じられていた。
もしかして、未知なる力が作用している時は目を開けられないのかもしれない。
カカシはそこにつけいることにした。
最後だから、お願いと。
そっと、イルカの唇に自分の唇を重ねた。
柔らかなキスをする。
これで諦めきれるから、これを思い出にするから、と。
イルカが嫌がらないことをいいことにカカシは唇をなかなか離せなかった。
ようやく唇を離し、カカシは自分でも閉じていた目を開く。
「ん?これは?」
イルカとカカシを取り囲むようにキラキラと光る羽が舞い落ちていた。
地上では見ることのできない、有り得ない風景だ。
「綺麗。」
カカシが呟いた。
これは何かイルカの超自然的な力が作用して起こっているのだろうか?
聞こうとして本人を見ると、驚愕に目を見開いていた。
「どうしたの?イルカ先生?」
イルカは、ぶるぶると全身を震わせている。
「カ、カカシさん。」
「はい?」
「な、なんで、あんなことしたんですか!」
「あんなこと?ああ、キスのことですか?」
イルカがコクコクと首を縦にふる。
「だって、イルカ先生のことが好きだったから。悪いと思ったけど、最後に思い出が欲しかったんです。」
ごめんね、と謝るとイルカはそこへ崩れるように座り込んでしまった。
顔は俯いていて見えない。
イルカから独り言のような呟き声が洩れた。
「俺は、あと十日で修行期間が終わって天界へ戻るはずだったのに。」
「あと十日だったのに?」
イルカの不自然な言い方にカカシは首を捻る。
「もう、もう帰れません。」
「え?」
イルカが帰らない、つまりはどこへも行かないということだ。
思わずカカシの顔が綻んだとしても、それは仕方のないことだろう。
「ほ、本当に?」
カカシは嬉しさが隠し切れない。
じゃあ、イルカ先生はずっとここに、俺の傍にいるってこと?
「カカシさんが、キ、キスするから。純潔が失われて。天使に純潔は必須なのに。純潔が失われたので、翼の羽が散ってしまったのです。翼がなければ天界へ帰ることができません。」
カカシと対照的にイルカの顔は泣きそうだ。
「イルカ先生は未来永劫、俺のいる、この世界にいるの?」
「・・・・・・はい。」
「どこにも行ったりしない?」
「どこにも行けません。」
イルカの目の光は弱弱しい。
「じゃ、俺とのお付き合いは問題ありませんね。」
「は?」
座り込んでいたイルカを、よいしょとカカシは持ち上げた。
「俺が死ぬまでイルカ先生の傍にいますから。」
寂しくないでしょ?
イルカに問うように言うと、ひどく複雑そうな表情をした。
まだまだ、イルカは気持ちの整理をつけるのに時間がかかるみたいだが気長に待とう。
だって、イルカはどこにも行かないし。
それに最初の発言も気にかかる。
多分、イルカも自分のことが好き。
とりあえずは、それでいい。
カカシは満足する。
あ、でも、キスをしておいて良かったなあ。
しかも、イルカ先生のファーストキスだったしね。
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