これが愛
自分の仕事が終わり、帰り間際、同僚に頼まれた。
「あ、これ、火影様のところへ届けてくれないか?」
見れば、書類の束だった。
「この書類、あとは火影様の決裁受けるだけなんだ。」
頼む、と両手を合わせて頼まれると断れない。
何しろ、みんな忙しいし、この同僚は今晩、夜勤だった。
「ああ、いいよ。」
もちろん、と快く引き受けた。
確か、今日は何とかいう名目の何かの飲み会に参加になっていたけれど。
ま、少し遅れるけど、いいかな。
仕事で遅れるわけだし。
同僚は、サンキュと俺の肩を叩いた。
火影様の仕事をしている部屋に行くと扉をノックした。
「火影様、書類をお持ち致しました。」
「入っておいで。」
中から機嫌の良い声が聞こえた。
今日の火影様は機嫌がいいらしい。
部屋に入ると、いつも火影様の傍にいる付き人のシズネさんと、いつも火影様の手足となり仕事を手伝っているイズモとコテツがいた。
どうしてかイズモとコテツは手首を押さえて、顰め面をしている。
それも痛そうに。
火影様に書類を渡してから尋ねた。
「手をどうかしたのか?」
するとシズネさんが苦笑いしながら教えてくれた。
「イズモさんとコテツさん、綱手さまと腕相撲したんですよ。」
「・・・ああ、それで負けたんですか?」
綱手さまとは火影様の名前で、綱手さまは怪力の持ち主だ。
「だってさ〜。」
イズモが口を尖らせた。
「利き腕じゃない方の手でやるっつーから。」
「それに少しばかり、お金も賭けていたんだ。」
二人は腕相撲で負けて、まんまと火影様にお金を取られてしまったらしい。
火影様は、にひひ、という形容詞が似合う笑い方をして手の中の小銭を、ちゃりんちゃりんと弄んでいた。
機嫌が良かったのは、懐に軍資金ならぬ賭け事に使えるお金が僅かながら舞い込んできたためらしい。
「どうだい、イルカ。」
火影様は俺にも話を持ちかけてきた。
「一つ、やってみないかい?私と腕相撲をさ。賭け金は大サービスでいらないから。」
「やめろって、イルカ。絶対に負けるから。」
「とんでもない、馬鹿力だぞ。」
イズモとコテツが口々に言い、シズネさんも止めてきた。
「イルカさん、本当に止めた方がいいですよ。怪我でもしたら・・・。」
「お前たち、余計なことを言うんじゃないよ。」
火影様は、ぎろりとシズネさんたちを睨みつける。
結果は見えていたけれど。
俺は、ちょっと火影様の力がどのくらいなのか、と興味があった。
どれくらい強いのか。
腕まくりをすると俺は火影様の机に肘を突き、腕相撲をする体制を取る。
「火影様、お願いします。」
「よし、きた。」
そう来なくちゃ、と火影様も腕まくりをした。
がっちりと組合って開始の合図を待つ。
気の進まぬようなシズネさんが心配そうに俺を見てから言った。
「レディー、ゴー!」
俺は精一杯、力を入れたのだが火影様の腕はびくともしない。
寸分も動く気配がない。
そして表情を見ると余裕綽々で、にやっと笑っている。
おそらく、持っている力の一割も出していないのだろう。
悔しいが、どうにもならない。
「くーっ、倒れろ〜。」
腕を倒そうと頑張ってみたのだが、やっぱり駄目だった。
「じゃあ、そろそろいいかい。」
火影様は、そう言うと力を入れて俺の腕を一気に机の上に倒してきた。
赤子の腕を一捻りといった感じで。
だが机の上に倒された瞬間、俺の手首からはグキリと嫌な音がしたのだった。
嫌な音がしたのは、運が悪いことに利き腕であった。
お金を賭けていなかったのか裏目に出たのか、普通に利き腕、つまり右腕で腕相撲をしていたのである。
音がしたと同時に激痛も走った。
「い、たたた。」
痛む手首を慌てて押さえるが、そんなの気休めだ。
本当に痛い。
「大丈夫ですか、イルカさん!」
シズネさんが駆け寄ってきた。
イズモとコテツも寄ってくる。
「骨が折れたか、イルカ!」
「あーあ。だから、止めろって言ったのに。」
「ちょっと拝見。」とシズネさんが俺の痛む手首を持ち上げる。
そこは赤く晴れていて力が入らず、だらんとしていた。
シズネさんが丁寧に診察してくれる。
医療忍者の人が近くにいると、こういう時、医者に行く必要がないなあ、と俺は不謹慎にも思ったりしてしまう。
慎重に俺の手首を診てくれたシズネさんは診断を下した。
「これは捻挫ですね。全治一週間くらいでしょうか。」
捻挫・・・。
「一週間くらいは動かさないでください。」
どっから取り出したのか、シズネさんが俺の手首に湿布薬を塗布しガーゼを当てて包帯を巻いてくれた。
テキパキとしていて無駄がない。
「はい、お仕舞い。」
最後に真っ白い三角巾で手を吊るされた。
実に素早い処置だ。
「・・・綱手さま。」
シズネさんから静かな声が出た。
「う・・・、分かっているってシズネ。すまなかったな、イルカ。」
火影様が俺に手を合わせる。
「力を入れ過ぎた。」
ごめん、と謝られた。
「あ、いいんです。」
俺は怪我してない方の手を横に振った。
「謝らないでください、俺の方から持ちかけたことですから。」
そう、俺が腕相撲をやろうと火影様に言わなければ、こんなことには・・・。
明日から仕事、どうしよう・・・。
「仕事に関しては出来ることだけやってくれればいいから。アカデミーと受付には、そう言っておく。」
そう、火影様が言葉を添えてくれた。
そうして俺は火影様の部屋を退出し、とぼとぼと道を歩いていた。
幸いシズネさんの塗ってくれた薬が聞いているのか、手首の痛みは今はない。
今日は、もう帰るしかないだろうな・・・。
飲み会参加になっていたけれど、怪我した時はアルコール類は厳禁だ。
飲み会の方は帰り道に、ちょっと顔出しして欠席を伝えていこう。
早く治ればいいけどなあ。
そんなことを思いながら俺は夜道を歩いていた。
飲み会をしている店に着くと、飲み会が開かれている座敷の場所を聞いて俺は、その場所へを向かった。
座敷近くに行くと中から盛り上がっている声が聞こえる。
一時間近く過ぎているから酔っ払っていて当たり前だろう。
どうしよう、この中に入りたくないな・・・。
入ったら最後、酔っ払い達に絡まれて出てこれなさそうな気がする。
このまま帰って、後日、不参加を詫びればいいか、な。
そうしよう。
そっと決めた俺が、そろりそろりと引き返そうとした時、運が悪いのか、間が悪いのか座敷の襖が、がらりと開いた。
「おっ!イルカじゃないか!」
「イルカだ!」
「イルカだ!」
「イルカじゃないか!」
酔っ払いの中忍達に呆気なく見つかってしまった。
「あ、あの、今日は・・・。」
帰る、という言葉も虚しく、俺は酔っ払い達に座敷に引き摺り込まれてしまう。
酔っ払いの目には俺のしている白い三角巾が目に入らないらしい。
「まあ、飲め飲め。」
「駆けつけ三杯。」
「一息に、ぐっと。」
「ささ、遠慮しないで。」
遠慮しないでって、じゃなくて。
口元に持って来られたビールから俺は顔を背けた。
「あのなあ。これ、見ろって。」
俺は三角巾で吊った腕を指差した。
え、と言う顔で酔っ払い達は、ようやっと包帯を巻かれて三角巾で吊るされている腕を見た。
「え、なにこれ?」
「怪我したの、怪我!」
「怪我〜?」
「そう、捻挫しているわけ。だから今日は酒は飲めないから!」
つまらん〜って顔に一同はなる。
でも、こればっかりは仕方がない。
不可抗力だから。
「という訳で今日は帰る、すまないけど。」
立ち上がると座敷の全貌が見えた。
結構、座敷は広くて人がたくさんいた。
中忍、上忍が入り乱れて楽しそうに飲んでいる。
今日って、本当に何の飲み会だっけ?
その中にカカシさんの姿も見えた。
カカシさんも今日は出席するって言っていたっけ。
イルカ先生が出席するなら俺も出席しようかな〜とか何とか・・・。
まあ、あれだ。
カカシさんとは同性であるが、密かにお付き合いというものをしている仲である。
もちろん、お付き合いとは大人同士の親密なお付き合いだ。
今では、お互いに自宅はあるが何故か俺の家で半同棲生活的なものをしていた。
カカシさんはアスマ先生や紅先生たちと一緒に飲んでいた。
立ち上がった俺に、ちらりと視線寄越す。
吊っている手を見ると眉を顰めたようだった。
俺は声には出さずして、口だけで形を作る。
だ、い、じょう、ぶ、で、す。
大丈夫です、と。
俺の言いたいことは伝わったようだったがカカシさんは顰めた眉のまま首を横に振った。
駄目だという風に。
・・・駄目っていわれてもなあ。
もう、怪我しちゃったし。
治るまでは、どうしようもない。
「おーい、イルカ。じゃあ、食べってたら?」
立ち上がって帰ろうとしていたのに、また座らされた。
「会費払ったんなら、食ってから帰ればいいじゃないか。」
「そうそう、食べさせてあげるから。」
調子に乗っている酔っ払い達が「はい、あーん。」と箸に食べ物を挟んで、わいわいとやり出した。
こりゃ、相当、酔ってんな・・・。
「ほら、家に帰っても食事するの大変だろ。」
「怪我してるんだからさ。」
「食べていけって。」
執拗に勧められる。
ま、言われてみれば、そうだよなあ。
帰ってから食べるの面倒。
利き腕が使えないなら、尚更だろう。
「あ、焼き鳥食べたい、タレのやつ。それと茄子の煮浸しに茶碗蒸しも食べたい。」
どうせなら食べたいもの、食べて帰ろう。
そう決めると俺は早かった。
「枝豆とポテトサラダも。コロッケも食べたいなあ。」
よし、任せろっと勢い込んだ酔っ払い達が俺が言ったものを嬉々として取り分けている時だ。
不穏な足音が聞こえてきた。
いや、実際に聞こえてきた訳ではないんだけど、なんか、そんな感じだったんだ。
座敷の向こうからカカシさんが人を掻き分けて、ずんずんずん、と俺の方に向って来た。
「はい、どいてどいて〜。」
俺の周りにいた酔っ払い達を難なく、あっさり排除するとカカシさんは俺の隣に当然のごとく腰を下ろした。
「えーと食べたいもの、なんだっけ?」
言いながらカカシさんは、ひょいひょいと俺がさっき言った食べ物たちを皿に取り分けている。
「あの、カカシさん?」
何しているだろう・・・。
「イルカ先生、野菜も食べてね。」とカカシさんは鰹節のタップリかかったスライスした玉葱、つまりオニオンサラダや色とりどりの温野菜のサラダも更に皿に取り分けた。
何が楽しいか、にこにこしながら。
「あ、何で怪我したのかは、後で詳しく教えてね。」と言う。
でも今は、ご飯を食べましょう、と取り分けた料理を箸に挟む。
「はい、あーん。」
・・・えっと。
俺は怯んだ。
だって俺たち、お付き合いしているけれど、ここまでオープンじゃなかった、よな?
慎み深く大人として節度とけじめある、お付き合いをしていたはず。
酔っ払いとは言え、こんな大勢の人がいる場所で、こんなことしたら、あの・・・。
俺たちがステディな仲だとバレてしまうじゃないか。
思ってから俺は落ち込んだ。
なんだ、ステディな仲って・・・。
もっと他に言い方あるだろうに。
選りによって、なんでステディ、と隙を見せた途端、カカシさんに食べ物を口に入れられてしまった。
口に入れられたら咀嚼するしかない。
「もぐもぐ・・・。あ、美味い!」
食べ物に、すぐ誤魔化されてしまう俺。
単純だなあ。
でも。
「はい、じゃ次ね。」
あーんして、とカカシさんは嬉しそうに俺の口の中に食べ物を入れてくる。
食べ終わるのを見計らっての絶妙なタイミングと、そして次に俺の食べたいものが分かってしまうカカシさんて、すごい!
お付き合いしていると違うなあ。
やっぱり、愛か・・・。
思った瞬間、恥ずかしさで体が熱くなる。
なんだ、愛って愛って愛って〜。
そ、そりゃあカカシさんのことは大好きだよ、もちろん・・・。
「あれ?イルカ先生。」
カカシさんが顔を覗き込んできた。
「顔、真っ赤。」
熱があるの?と俺の額宛を外して額に手を当ててきた。
それもご丁寧に、いつもしている手袋を外して。
しかも俺の額宛を自分のベストの内ポケットに仕舞っているし!
そんなことしたら色々と、あれじゃないのか。
えーと、つまり。
「やっぱり、熱があるみたいですね。」
「えっ。」
言ってからカカシさんは、がばっと俺を抱き上げた。
「二人の家に帰りましょう!」
「ええっ!」
抱き上げた俺を器用に背中に負んぶする。
「俺、歩けますから!」
必死でうったえて、さすが上忍、カカシさんの力には適わなかった。
「心配です、家に帰ったら俺が、しっかり看病しますからね!」
もはや、何を言っても後の祭りだ。
しっかりとカカシさんと俺の仲は、バレてしまっていた。
ああ・・・。
カカシさんが、もしかしてこれが狙いだったとか。
皆さんに付き合ってますとアピールしたかったのかな・・・。
次の日。
晴れて公認の仲になっていたカカシさんと俺だった。
ちなみにカカシさんは腕が完治するまで宣言通り、しっかりと看病してくれた。
本当に何から何まで、といった感じで恐縮してしまうほどに。
それから怪我の原因が火影様だと知ったカカシさんは火影様に言っていた。
「イルカ先生の怪我が治るまでは里外の任務はしませんから。」
俺の傍にいる、と言ってくれたのは嬉しかった。
・・・が恥ずかしかった。
誰かを好きであるということは素晴らしいことだけど周囲に知られるのは、ちょっと恥ずかしい。
恥ずかしいけれど、やっぱり好き。
俺はカカシさんが好き。
その恥ずかしさを乗り越えてこそ、愛なのだと。
俺は一つ賢くなったのだった。
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