天使の羽
風呂上り、脱衣所で裸の上半身を鏡に映したイルカは自らの背中を鏡で見て呟いた。
「翼が大きくなっている・・・。」
この間まで手の平より少し大きいサイズだったはずなのに、何だか大きくなっている気がする。
成長でもしているのだろうか。
「目の錯覚かな?」
とりあえず、一緒に住んでいる同居人に確かめてもらうべくイルカは脱衣所を出た。
「カカシさん!」
「ん、なに?イルカ先生・・・。」
言い掛けて顔を上げたカカシがイルカの姿を見て真っ赤になる。
「イ、イルカ先生、裸じゃないですかっ!服、着てください!」
カカシは真っ赤になっているが、イルカが裸なのは上半身だけで下は、きちんと着衣していた。
なのに、カカシは一応、手で顔を隠しながらも指の間からイルカを見ているので隠している意味がない。
「服なら着てますから。それより、俺の背中見てください」
冷静なイルカがカカシに裸の背を向けた。
「あ、羽・・・。」
「大きくなっていませんか?」
イルカは心配そうに訊いてくる。
風呂上りで温かい、そして好い香りのするイルカの背にカカシは、そっと手を伸ばした。
背中の肩甲骨のあたりを触る。
透明な輪郭を持つ翼はカカシの手を擦り抜けた。
「この前と同じように触れないよ。」
「大きさはどうですか。」
「うーん、少しだけ大きくなったか、な。」
毎日、イルカの背を見ている訳ではないので大きくなったと言われれば、そのようにも感じる。
「でもさあ。」
この前、人間界にきた気まぐれ天使の言葉をカカシは思い出していた。
「あいつ、翼の成長は止めておくとかなんとか言っていなかったけ?」
「そうですけど。」
イルカは自信なさげに言う。
「天使は気分屋ですから。」
「でも自分で言ったことは守るんじゃないの、さすがに。」
カカシの言葉にイルカは苦笑した。
「さあ、分かりません。」と肩を竦める。
「そうなの・・・。」
不安そうにカカシはイルカの背を撫でた。
すべすべとして触っていて気持ちがいい。
「何も起こらないといいなあ。」
イルカの背に頬を当てると温かさが伝わってくる。
背に頬を押し付けたまま、後ろから抱え込むようにイルカに腰に手を回す。
がっちりと囲い込みながらカカシは呟いた。
「また、他のやつらが来たりしてイルカ先生を攫っていこうとしたら、どうしよう・・・。」
そうなったら、人間のカカシには手の打ちようがない。
相手は不思議な力を使うのだ。
「大丈夫ですよ。」
イルカは腰に回ったカカシの手に自分の手を重ねた。
「二人でいれば、何も心配することはありません。」
振り向いて背にいるカカシにイルカは微笑んだ。
「一緒にいてくれるんですよね、どんな時も。」
「うん。」
もちろん、とカカシは答えてイルカの微笑みに惹かれるように顔を寄せる。
静かに唇が重ねあわされて離れた。
その後、にっこりと笑ったイルカをカカシは一際、強く抱き締めたのだった。
何日か後。
イルカは再び、カカシに背を見せていた。
「大きさは変わっていませんけど。」
背中から生えている翼は大きくなってはいなかったが、重大な変化が現れていた。
「ほら、動くんです。」
手の平大の小さな翼はイルカの背で、ぱたぱたと動く。
玩具のように可愛く、ぱたぱたと動くだけで飛べやしないし、ましてや輪郭だけなのに何故、動くようになったのか理由が解らなかった。
だが、確実にカカシに不安は増していた。
「何か起こるんじゃありませんか・・・。」
不安からイルカを抱きしめる腕の力が強くなる。
「イルカ先生、どっかに行っちゃうかもしれない。」
腕の中のイルカがいなくなるかもしれないと思うと居ても立ってもいられない。
「逃げましょう、どこかに。」
無茶なことも言い出している。
「落ち着いてください、カカシさん。」
イルカは穏やかな声でカカシを宥めた。
「どこにも行かないで、イルカ先生。」
「カカシさん・・・。」
「約束して、お願い。」
以前、イルカが一人で何もかも決めて、自分の前からいなくなろうといたのでカカシは同じことが起こるのではないかと危惧しているのだ。
「どこにも行きません。」
イルカはカカシに約束した。
「カカシさんを一人残して消えたりしませんから。」
「絶対だよ。」
「はい。」
指切りをして、やっと、どうにかカカシは安心する。
「イルカ先生、大好きです。」
ぎゅっと抱きしめるとイルカは「痛いです。」と言いながらも嬉しそうにしていた。
「翼のことなんですが。」
カカシが落ち着いた頃を見計らってイルカは話し出した。
「俺なりに考えてみたんですが聞いてくれますか?」
「このままでなら。」
イルカを抱きしめたままカカシは聞くと返事をする。
好きな人を抱きしめた、その顔は幸せそうだった。
「えっと、俺は天使の力はなくなりましたけど人間の一番強い感情、悲しみが僅かに伝わってくると前に言った思いますが・・・。」
「はい。」
「悲しみもですが、近頃は愛しさも僅かに解るんです。」
「愛しさ・・・。」
「ええ、まあ。」
照れくさそうにイルカは笑う。
「ほら、今って春でしょう。」
「うん、そうだね。」
「春って、恋の季節なんですよね、人間の世界では。」
益々、照れくさそうな顔になったイルカはカカシから顔を背ける。
「その・・・。春は人間同士の愛しさの気持ちが強くなる時期なので、だから。」
「だから?」
カカシが面白そうにイルカの顔を追って、覗き込むとイルカは顔を赤くした。
「だから、つまり、人間の高まった愛の力が影響して。」
ごほん、とイルカは恥ずかしさを隠すためにか咳払いをする。
「俺の翼が少し大きくなったり動いたりするようになったんじゃないかと思うんです。」
人間の感情は時に何よりも強いものですから、とイルカは赤くなりながら分析していた。
「へええ、そうなんだ〜。」
面白そうにカカシはイルカを見る。
照れているイルカは可愛い。
「そうなんです。天界からの訪れの兆候もないですし、天使は関わってないみたいですから。」
「そっかー。」
本当に安心したカカシは嬉しそうな笑みを顔中に浮かべた。
「春は恋の季節ね〜。」
歌うように言う。
「高まる愛の力か〜。」
にこにことし始めて止まらなくなったカカシの腕から逃れようとイルカは身を捩って頑張ったが、カカシの力には敵わない。
「イルカ先生〜。」
でれっとしたカカシがイルカに囁きかける。
「俺たちも愛を高めましょう。」
「えっ。」
「だってイルカ先生のこと好きだから。」
すごくすごく好きだから、と愛の力の勢いでカカシはイルカにキスをした。
あらん限りの情熱を込めて、愛よ届けとばかりにキスをする。
カカシのキスに翻弄されたイルカは唇を離した時には息が切れていた。
「カ、カカシさん・・・。」
弾む息を整えながらイルカは、これだけは、という感じでカカシに言う。
「俺も、カカシさんのことが・・・。」
はあはあ、と息が切れている。
「カカシさんが好きです。大好・・・。」
イルカの言葉が終わるか終わらぬかうちに言葉が途切れたのは、感極まったカカシが二回目のキスをイルカにしたからだった。
春は恋の季節。
お互いのことを愛しく思い、愛の高まった二人。
イルカとカカシは、とても幸せそうであった。
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