それから、どうした
カカシさんと仕事の帰りに偶然、会った。
どうやらカカシさんも任務が終わった帰りらしい。
「こんばんは。」
礼儀正しく挨拶をするとカカシさんも「こんばんは」と返してくれた。
そして柔らかく微笑む。
警戒心を抱かせない感じだ。
この人のこんなところに何故か安心する。
教え子がこの人の下で下忍として指導を受けているので、ちょっとした顔見知りだ。
最近は顔見知りの域を抜けて友達・・・まではいかないが知り合いになっている。
「イルカ先生は今、帰りですか。」
カカシさんが親しげに話しかけてきた。
「あ、はい。」
残業で遅くなって、外は真っ暗になっている。
「遅くまでお疲れ様です。」
そう言われたが俺より任務をこなしてカカシさんに言われると、何だかむずむずする。
俺も仕事しているけれどカカシさんの足元にも及ばないなあって。
だってカカシさんは、すごい人だから。
上忍で通り名を持つほどの人だし。
受付業務をしていると誰が、どんな任務を受けているか分かってしまうので尚更すごいと思ってしまう。
カカシさんは今月に入って高ランクの任務を既に二桁やっていた。
それを知っていた俺は言った。
「カカシさんの方こそお疲れ様です。」
言ってから、ぺこっと頭を下げた。
尊敬と労わりの意味を込めて。
「そんなことありませんよ。」
カカシさんは、やはり柔らかい笑みと同じく柔らかい口調で俺に言う。
「仕事は、みな同じです」なんて謙遜している。
慎ましい人だなあ。
好感が持てる人柄だ。
「ねえ、イルカ先生。」
にこやかにカカシさんは誘ってきた。
「夕飯、まだでしょう。よかったら一緒に食べませんか。」
そんな風に誘われて戸惑ってしまう。
「え、夕飯。」
「俺も、まだなんですよね。帰ってから食べるのも面倒だし。」
そういえば前にカカシさんは、ちらと言っていた。
家に帰っても独りだから寂しいなあ〜って。
独り身だと帰って食事の支度をするのは確かに面倒かもしれない。
そこは同じ独り身の俺のよく分かる。
俺も今日は家で食べるのが面倒なので食べて帰ろうと思っていたから。
一人より二人で食べた方が美味しいかもしれない。
「そうですね。カカシさんさえ、よろしければ。」
控えめに言うとカカシさんの顔で唯一、出ている片目が細まった。
「俺は全然、いいですよ〜。」
「じゃあ」ということでカカシさんと二人で夕飯を食べることになった。
「どこに行きますか?」と訊かれて、つい「一楽!」と答えてしまった。
一楽は行きつけのラーメン屋で、とっても美味しい。
あの味は何回食べても飽きない味だ。
でも、カカシさんとラーメンて、どうなんだろ?
カカシさんが食べたい物は違うかもしれない。
でもカカシさんは頷いた。
「いいですね、行きましょう。」
そうして連れ立ってカカシさんとラーメン屋に赴いた。
行く途中、カカシさんと話が弾んだ。
今まで、じっくりと一対一で話したことはなかったが話してみると気さくで明るく気配りの出来る人だった。
それに聞き上手。
「イルカ先生の好きなものってラーメンの他にはないんですか?」
「好きなもの?あー、寿司かなあ。」
「お寿司?」
つい本音が出てしまった。
だって魚が美味しい季節でもあるし、酢飯が無性に食べくなる時もあるし。
それが重なって寿司に行き着いた。
「じゃあ、ラーメンは今度にして寿司でも食べに行きますか。」
気を利かせてカカシさんが言ってくれたが・・・。
給料日前なので懐が全く、あったかくない。
まあ、給料が出ても寿司なんて食べには行かないと思う。
だって外で食べると値段が高いから。
家で手巻き寿司派なのだ、俺は、と空しく、心の中で言い訳した。
でも、それは表には出さず俺はカカシさんに笑って言った。
「今日はラーメンの気分です。」
「そうですか。」
「はい!」
にこり、と笑って言うとカカシさんは頷いた。
それから何回かカカシさんと食事したり、時には酒を酌み交わしたりした。
カカシさんは俺が食事しようとする時、タイミングよく、どこからか現れた。
そうして食事やら酒やらに誘ってくる。
きちんと割り勘にしてくれたし、俺の希望を優先してくれて至れり尽くせりだった。
どうして俺に、こんなにも気を遣ってくれるんだろう?
一緒にいるのは、とても楽しいけれど。
いつしか、家にまで行く仲になっていた。
ある日の夕方だった。
その日もカカシさんと約束して夕飯を食べることになっていた。
今日は俺の家で簡単に何か作ります、と朝、受付所で会った際に言ったらカカシさんは、すごく喜んでくれた。
「イルカ先生の手作り料理ですね!」
「手作りっても大した物は出来ませんが。」
一応、そう言っておく。
過剰な期待は禁物だと。
なのにカカシさんの瞳は期待で輝いていた。
「楽しみにしています、とても。」
とっても〜とカカシさんは言っていたのだが。
夕方になって肩を落としたカカシさんが受付所に姿を見せた。
「すみません。」
意気消沈している。
いきなり謝られて、さっぱり何が何だか解らない俺。
「すみません、って。どうかしましたか。」
元気のないカカシさんを心配して尋ねるとカカシさんは悩ましげに、はあ、と溜め息を吐いた。
「今日、駄目になっちゃいました。」
「だめ?」
「夕飯、イルカ先生の家で食べる約束したでしょう。」
「ああ。」
カカシさんは、イルカ先生、という言葉に妙なアクセント付けて強調していた。
「イルカ先生の家でイルカ先生の手料理を食べるの楽しみにしていたのに。」
また、はあ、と溜め息と吐く。
「今日の夜、飲み会の約束が入っていたの、すっかり忘れていて。キャンセルできなくて。」
しょんぼりとしている。
「そうだったんですか。」
そういう訳なら仕方がない。
「いいんですよ。俺のことならお気になさらずに行ってきてください。」
本当に大丈夫ですから、と笑顔を見せるとカカシさんは、ぐっと俺に迫ってきた。
手も握られる。
「イルカ先生!」
「はい!」
勢いに押されて勢いで返事としてしまう。
「俺は本当に今日、楽しみにしていたんです!本当は飲み会よりもイルカ先生の方が大事なんです!」
「あ、はい。」
カカシさんは何やら熱くなっている。
「イルカ先生の手料理食べたかったのに!」
大げさなくらい嘆いていた。
「あ、の。俺の手料理くらい、いつでもご馳走しますから・・・。」
カカシさんを慰めようと言ってみたら、その言葉に反応したカカシさんが俺の顔の真ん前に自分の顔を近づけてきた。
近すぎて顔が見えない。
「絶対絶対、約束ですよ!」
「・・・はい。」
「絶対ですからね!」
「・・・・・・はい。」
顔が近すぎてカカシさんが何か言う度に、カカシさんの息が俺の唇に掛かるほど距離が近い。
まるで今にも唇が触れ合ってキスしそうで。
心臓の鼓動が早くなる。
「じゃあ、行って来ます。」
名残惜しげに俺の手を離したカカシさんは何度も振り返りながら行ってしまった、飲み会に。
カカシさんの姿が見えなくなってから俺は、急激に肩の力が抜けてしまった。
頬に手を当てると、そこは熱くなっていた。
そして胸はドキドキしていたのだった。
その夜。
一人で夕飯食べて風呂に入って寝ようとした頃。
時刻は深夜になろうとしていた。
ドンドンドン。
俺の家のドアが、けたたましく叩かれた。
ドンドン、という音に混じって誰かの声もする。
「イルカ先生〜!イルカ先生〜!イルカせんせえ〜!」
俺を呼んでいる。
その声の持ち主は、ひどく酔っ払っているようだった。
そして、その声の持ち主には心当たりがある。
すぐに玄関のドアを開けた。
「カカシさん!」
ドアの前には酔っ払ったカカシさんがいた。
俺を見たカカシさんは、にこーっと子供のように笑う。
「はい、これ!」
元気よく何かを差し出してきた。
小さな折り詰めのようなもの。
「お土産です!イルカ先生の食べたがっていたお寿司です!」
カカシさんはハイテンションだ。
「生寿司なので今日中に食べてくださいね!」
「ど、どうも・・・、ありがとうございます。」
言われるままに受け取るとカカシさんが、ぎゅーっと俺に抱きついてきた。
抱きついてきたというよりは、しがみ付いてきたと言った方が正しい。
「イルカ先生〜。」
甘えたような声を出している。
いつものカカシさんじゃない。
なんていうか子供みたいで微笑ましい。
よしよし、と頭を撫でると抱きついたまま動かなくなってしまった。
「あれ?」
見ると寝ていたのだ、俺に抱きついたままで。
「上忍は器用だなあ。」
そのままカカシさんを起こさぬように、いただいた寿司折りを落とさぬように慎重に運ぶ。
とりあえずベストと靴だけ脱がせてカカシさんをベッドに寝かせた。
起きる気配はなく、ぐっすりと熟睡している。
「うーん、どうしよう・・・。」
寿司、食べていいかな?
生ものだし。
せっかく、カカシさんがお土産くれたのだし。
ずーっと前に俺が言ったことを覚えていてくれたなんて嬉しかったし。
と、言う訳で俺は美味しく寿司をいただいた。
寿司の中味は豪華だった。
きらきら光るイクラが口の中で弾けて蕩けて、めちゃくちゃ上手くて堪らなかった。
ウニも甘くて、すぐに蕩けてしまう。
他の魚や貝も全部が美味い。
幸せだ〜。
俺は舌鼓を打ちカカシさんに感謝した。
次の朝。
寿司のお礼にと朝食を作りカカシさんを起こした。
「カカシさん、朝ですよ〜。」
「うーん。」
枕を抱きしめたカカシさんが寝返りを打つ。
もちろん、目は閉じられている。
「イルカせんせえ〜。」
俺の名が呼ばれた。
寝ぼけているのかな。
もう一度、カカシさんを起こそうとした時だった。
俺は固まってしまった。
なぜなら。
カカシさんが、こう言ったからだ。
「イルカ先生、大好き〜。」
続けて言った。
「あー、もう、ほんと大好き〜。好き好き、イルカ先生〜。結婚したいくらい好き〜。」
これって・・・。
どういう意味だ、ろ・・・。
俺のことが好きって、えっと。
友達としての好き、じゃないよな・・・。
だって結婚とかって聞こえたし。
結婚を含めた好きって、つまり、その。
勝手に心臓がドキドキとしてくる。
昨日の受付の時のように。
それよりも、もっと。
ああ、どうしよう・・・。
いや、それよりもカカシさんを起こさないと。
いや、起こさぬべきか。
・・・どうしよう〜。
人生初の衝撃的な朝だった。
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