【序章】すべてのはじまり
走りながらカカシはイルカに対して若干、眉を顰めた。
「イルカ先生、荷物、少し持ちましょうか?」
「いえ、任務なので。」
「そっか、ごめんね。大量の荷物、途中までは頑張って持ってきたんだけど里が近くなったら、み〜んな気が抜けたというか、どっと疲れが出ちゃったみたいで」
力がなくなったみたいなんだよね、とカカシは言うが、そういうカカシも長期の任務だった所為か多くの荷物を背負っている。
「そんな、気を遣わないでください。皆さん、任務でお疲れなんですし」
「ありがと、イルカ先生」
カカシは、ふわりとした感じで微笑んだ。
その顔を見てイルカは・・・。
ああ、カカシさんだ、と胸がぽかぽかとしてくるのが感じたのだった。
「ねえ、イルカ先生。休憩しませんか」
走り出してから大した時間も経ってないのにカカシが何故か提案してきた。
休憩なら、さっきしていたはずではとイルカは思う。
それに里まで休憩を要するほどの距離ではない。
一気に里まで走り抜けた方がいいような気がするのだが。
もしかしてカカシは疲れてしまったのだろうか。
「カカシさん、疲れましたか?」
走る速度を緩めて訊いてみればカカシは首を横に振った。
「ぜんぜーん」
「なら、なんで・・・」
「いや、だってさー」
カカシは照れ笑いを浮かべる。
「せっかくイルカ先生と二人きりなのに里に帰るのが、なんかもったいなくて」
かりかりとカカシは頭をかく。
その仕草が妙に可愛らしい。
「二人きりの時間なんだから、もっと味わいたくてさ〜」
「味わうって」
カカシの言い方が面白くて、俺は食べ物か、とイルカは一瞬、思ってしまったが嫌だとは思わなかった。
「なんだか食べ物みたいですね」
素直に感想を言うとカカシは、そう?と首を傾げた。
「イルカ先生との時間は俺にとって、人生で最も味わい深いものですよ」なんて言う。
それって、どういうことなのかな?
深い意味と考える前に自然とイルカの顔は赤らんでしまう。
カカシに褒められているような、くすぐったい感覚と好意を抱いてもらっているという嬉しさからだ。
二人の間に密度の濃い、非常にいい雰囲気が流れる。
カカシとイルカは目を合わせて、にっこりとしてしまう。
そこまでは本当にいい雰囲気だったのに。
なのにカカシが、つつつとイルカと肩が触れるほど近づいてきて恨めしそうな目をした。
「あいつと二人きりになっちゃだめって言ったのに〜」
声も恨めしそうで。
そんなカカシは、とても上忍には見えなかった。
「二人きりって・・・」
イルカは図らずもカカシとの約束事というか、破ってしまったことを言われて口篭ってしまった。
といってもカカシから、任務の前に一方的に言われたことなのだが。
「二人きりって言われても」
任務だから仕方がないとイルカは正当性を主張した。
「不可抗力です」
「まあね」
カカシの眉間に皺が寄る。
「それは、そうなんですけど。分かっていましたけどね」
がくっと肩が落ちた。
「任務だから、なんだよねえ」
カカシも頭で分かってはいるが言ってしまったらしい。
「そういえば」
二人きりという言葉でイルカの頭には任務で荷物を受け取りに行った際、最初に目に入った光景が浮かんでしまった。
カカシさん、綺麗な女性と二人きりでいたような。
その光景は写真のように鮮明にイルカの脳裏に蘇った。
俺に二人きりになるな、と言っているけどカカシさんは・・・。
胸に湧き上がる、もやもやとした黒いもの。
カカシさんは綺麗な人と二人きりだったじゃないか。
それも恋人だって・・・。
そんなことを考えていたら顔に出てしまったのだろう。
カカシが訝しそうにイルカの顔を覗き込んできた。
「イルカ先生、どうしたの?なんか変だよ」
「えっ。あ、いや・・・」
「もしかして悩み事?困っていることでもあるんですか」
「そんなんじゃなくて、えっと、カカシさんと一緒にいた人のことが・・・」
カカシの不意を突かれた質問でイルカは心で思っていたことを口に出してしまった。
どうしよう・・・。
ここでカカシに、あの女性は恋人だと言われたら。
ものすごく、どきどきしてくる。
一気に心拍数が上がった。
「ああ、あいつね〜」
カカシは何でもないことのように告げた。
「しつこいから木に括りつけてきちゃいました」
「・・・・・・は?」
ふっふっふっと笑うカカシは悪い顔をしている。
「俺がイルカ先生と追いかけようしたら、自分も一緒に来るってきかないから」
悪い顔なのに、にこと笑ったカカシは無邪気な顔だった。
「だって、あいつ、ほんとに邪魔者ですから〜ね」
俺がイルカ先生と二人きりになるチャンスなのに邪魔されては台無しですよ、と事も無げにカカシは言い放った。
「ま、相当に怒ってしましたけど。気にしません」
さらりとカカシは流す。
流したがカカシが言った内容は、結構なものではないのか。
「その」
こわごわとイルカは尋ねた。
「木に括りつけて大丈夫なんですか?」
「平気平気。あいつ頑丈だから。今頃はとっくに脱出してますよ」
「そ、そうなんですか」
恋人を言われる女性を木に括りつける・・・。
ひどいことをしたようにイルカは思うのだが。
それって普通のことなんだろうか。
上忍同士が恋人なら、そういういことはあって当然のこととか。
俺の知らない世界がまだまだあるってことなのか。
そしてカカシと女性は本当に恋人なのだろうか、と疑惑は深まる。
イルカは沈黙してしまった。
「イルカ先生、ちょっと待って」
カカシの鋭い声がした。
何かを警戒しているような響きがある。
「はい」
カカシに倣ってイルカは足を止めた。
走りながら、すっかり考えに浸ってしまっていた。
「ほら見て、あそこ」
木の上からカカシが指差す方向を見ると、鬱蒼とした木の翳に間に何か見えた。
人ではない。
崖下のようなところに、ぽっかりと穴が空いているのだ。
洞窟のようだった。
カカシとイルカの頭の中には木の葉の里周辺の地図が正確に記憶されている。
隅から隅までだ。
敵の奇襲や追われた時の隠れ家として地理と覚えるのは忍びならば当たり前のことだった。
しかし目の前の洞窟にはカカシもイルカも覚えがない。
記憶にないのだ。
・・・ということは。
不審者、もしくは敵が潜んでいる可能性もある。
「行ってみましょう」
そう言ったカカシの横顔は上忍らしく毅然としていて。
それでいて凛としていて。
とても格好よかったのだった。
持っていた荷物を隠してからカカシと洞窟というか、洞穴に向う。
入り口で中の様子を伺うが人の気配はない。
「・・・行きましょうか。俺が先導しますから後ろをお願いします」
カカシに促されてイルカは、そろりと一歩足を踏み出した。
先へ行くカカシは油断なく進んで行く。
光が射さない穴の中は真の闇だ。
入り口がだんだん小さくなり、ついに辺りは真っ暗になった。
夜目が利くので暗くても問題ないがカカシは懐から出した小さな簡易なランプに明かりを点した。
ぼぅっと辺りが明るくなる。
・・・光はほっとする。
漠然とそんなことを思った。
そして闇の中に浮んだカカシの顔にどきりと心臓が波打つ。
光に照らされたカカシの顔は薄っすらと笑みが浮んでいた。
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