午前七時の君に捧ぐ
午前七時は、はたけカカシにとって貴重な時間の一つである。
なんてたってイルカ先生が起きているから。
深夜の任務から帰ってきたカカシは家にイルカがいることを確認してしまう癖がある。
あるというよりも出来た。
姿は見えないまでも家の中にイルカの気配を感じるだけで満足だった。
───ああ、イルカ先生がいる。
イルカの気配を感じるだけで胸があたたかくなっていく。
姿は見えないのに。
どんだけ自分はイルカのことが好きなんだろう。
時々自分とイルカの境目が解らなくなってくる。
好き過ぎて好き過ぎて、溶け合うような・・・。
溶け合うような間柄じゃないけどね、まだ。
自嘲したカカシは木の枝から飛び降りた。
イルカの家からカカシは慰霊碑に向かう。
毎日の日課だった。
朝の慰霊碑に参るのは。
決しては忘れてはならない人たちが眠っている場所。
それから家に帰ってカカシは寝直した。
もちろん上忍師として指導している下忍の子供たちとの約束の時間には大幅に遅れたのは言うまでもない。
「あ、こんばんは」
下忍の子供たちとの任務が終わって家路を帰ろうとしたときにイルカに会った。
いつも朝七時に気配だけは感じているので夕方に会うなんて変な感じだった。
「こんばんは」
礼儀正しく返事を返したカカシはイルカに尋ねる。
「仕事帰りですか」
「はい」
今日は早く終わったものですから。
いつもは、もっと遅い時間帯に仕事が終わるので今までカカシと会うことはなかったのだろう。
「忙しいんですね」
嘘偽りなく本当に思ったことを言うとイルカは顔にある傷に触れた。
照れたときの癖らしい。
「そんなことないですよ」
ほんのりと赤くなって微笑んでいる。
「カカシ先生・・・」
言いかけて「カカシ先生とお呼びしても?」と確認してきた。
それに了承するとイルカが話を再開させる。
「カカシ先生の方こそ、お忙しいでしょうに」
「そうですか」
「今日だって」
今日という言葉に、どきりとする。
あれがバレタのか。
「火影さまからの直々の任務を終えられてからの上忍師の仕事だったじゃないですか」
カカシの任務について細かなことまで把握しているイルカに驚く。
「よく知っていますね」
「ははは」と明るく笑ったイルカは「実は火影さまにお聞きしました」と白状した。
「カカシ先生が疲れていたようなので」
理由を火影に尋ねたらしい。
尋ねたイルカに火影が詳細を教えるということは余程イルカに信頼を置いているのだと思う。
普通は上忍の任務が中忍に知られることはない。
「それについて俺が口を出す権利は一切ないので」
立場は心得ている。
「何も言いませんでしたが」
口端を少しあげた。
「代わりに俺が火影さまのお仕事のお手伝いを夜通しさせていただきました」
昨夜は─。
昨夜とはカカシが夜半から早朝に掛けて任務に行った時間だ。
「火影さまには休まず働いていただきましたので」
しれっとした顔で言い放つイルカは実はかなりの兵かもしれない。
「─そうですか」
火影にはカカシと同じ時間だけ働いてもらったらしい。
・・・・・・だから今日の火影さま、げっそりとしていたんだ。
心なしかではなく、はっきりと火影は疲れた顔をしていた。
そっか。
声に出さずして心の中でカカシは笑う。
イルカが、あの火影にやり返したという事実が楽しい。
こんな人は木の葉の里にイルカしかいない。
「あ、でも」
並んで歩きながらカカシは重要なことに気がついた。
「ということはイルカ先生も昨日は寝ていなくて」
そんなんで今日は仕事をしていたんですか?
柔らかな笑みを浮かべたイルカは、その問いには応えなかった。
「みんなで頑張って木の葉の里を良い方へと向かわせることがいいですね」と言うに留められた。
イルカの言う『良い方』とはきっと平和を意味する。
「それはそうと」
イルカがカカシに話しかけてきた。
「近頃ですね、不思議なことがあるんです」
「不思議なこと?」
木の葉の里に七不思議でもあるのだろうか。
「俺の身近で」
イルカの身近で。
「あのですね」
隣を歩くカカシの耳元に手を当てて、こっそりと言ってくる。
耳にイルカの息が掛かって擽ったい。
「午前七時に誰かが」
誰かが俺の家に来るんです。
秘密の話でもするようにイルカの声は小さく低い。
「家の近くに来るだけで誰だか解らないんですけど」
バレてない。
とりあえずカカシは一息吐いた。
「毎日ではないですけど頻繁に来てくれるんです」
来てくれる──嫌悪していない言い方だ。
「なんか・・・」
ちょっと嬉しいんですよねー。
イルカが言った言葉を表すかの如く嬉しそうな顔になる。
「俺のことを気に掛けてくれる人がいるなあって」
「イルカ先生──」
そこは一先ず誰が何の目的で来ているのか怪しむべきじゃないでしょうか、と言い掛けてカカシは止めた。
だってイルカが嬉しそうにしているから。
嬉しそうなイルカを見るのは悪くない、というより嬉しそうなイルカをカカシは好きになったのだ。
確か・・・。
木の葉の里に戻ってきたときアカデミーの近くを通りかかった。
休み時間だったのか大勢の子供たちが校庭で思い思いにそれぞれ遊んでいて、その中に何人かの大人もいた。
多分、アカデミーの先生。
括った黒髪が眼を惹いた。
子供たちを抱き上げて嬉しそうに笑っているのが強く印象に残った。
そのとき思ったのだ、カカシは。
ああ───木の葉の里は変わったのだなと。
自分がいた頃の殺伐をした雰囲気が完全に無くなった訳ではないけれど、あの頃よりも平和になった。
まだまだ内外は落ち着かないけれど少なくとも子供が屈託無く笑えるような里になっている。
じんわりと爪先から体に熱が灯っていたのを覚えている。
それは幸せに近い感覚に似ていた。
「でも朝に来て忙しくないのかなって思います」
イルカは楽しそうだ。
「朝の七時なんて一日の内で忙しい時間ですよね」
でも、まあと肩を竦める。
「俺たち忍者ですから、そんなこともないか」
話すうちにイルカの言葉が崩れてきて、その分、カカシとの距離が縮まったような気がした。
「イルカ先生───」
呼びかけると「何ですか」と微笑まれた。
あの顔で。
カカシが初めて見た嬉しそうな顔で。
この顔に自分はやられたのだ。
カカシ流に言えばハートを射止められた、イルカは男だったけれど。
「あの───」
「はい?」
イルカの顔は優しい、総てを受け入れてくれるような錯覚に陥る。
つい言ってしまった。
「好きです」
「・・・・・・カカシ先生」
「あ、好きってのはイルカ先生がってことで。会って、間もないですけど」
「そうですね」
告白を否定することなくイルカは、すんなりと頷いた。
「俺たち会って間もないですね」
それでも。
「好きになることってありますよね」
でもですね、とイルカが苦笑した。
「さすがに驚きました」
驚いたということは・・・。
このカカシの気持ちは受け止めてもらえないのか。
「時間を貰えますか、考える時間を」
カカシから視線を逸らして遠くを見るイルカの顔は気の所為か、染まっている風に見える。
「それから返事をしますから」
どきどきというカカシの心臓の音が体の内側から、やけに大きく響いてくる。
隣を歩くイルカの心臓の音も聞こえたような気がした。
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