新天地
イルカがカカシに連れて行かれた先は当然の如く、カカシの家だった。
「わー、カカシさんちだ〜」
先ほどカカシに外で口付けされ驚きで酔いが覚めたはずなのに、寒い外から暖かい家に入るとイルカは酔いが復活したようである。
初めてカカシの家に来たということで多少、イルカのテンションは高かった。
どうしてカカシの家に来たかという根本的な理由を、すっかり忘れている。
「カカシさんちって、もっとゴージャスで〜デリシャスで〜リッチな感じかと思っていたんですけど」
想像とちょっと違いました、と無邪気に笑う。
ほわわ〜んとしているイルカは自分の状況が分かっていないようであった。
「何ですか、それ」
ゴージャスだのデリシャスだの言われたカカシは苦笑する。
とりあえず、イルカを自分の家に連れてくるという当初の計画は成功したので機嫌は良かった。
イルカ先生は酔いが残っているようだけど・・・。
悪巧みが頭に浮かぶ。
ここは押せ押せで押して押して、押し捲って俺とイルカ先生が恋人であるという認識を確実なものに
させなくては、と燃えていた。
イルカ先生は押せば落ちる、とカカシは強い確信を持っている。
さて、どうするか、とカカシは考えた。
「カカシさ〜ん」
考えるカカシ余所にイルカからカカシを呼ぶ、のんびりした声がした。
「どうしました?」
訊くとイルカは楽しそうに笑い「カカシさんってお酒ありますか」と訊いてきた。
「お酒?」
「そうで〜す」
カカシの家のテーブルがある場所を陣取って座るイルカはやたら、にこにことしている。
「もっと飲みませんか?さっき、途中で店を出てきちゃったし」
忘年会なんですから、あれだけじゃ足りません、なんて言っている。
「お酒をたくさん飲んで今年の厄を祓わないと」
「それは、まあ」
幸い、カカシの家には充分なアルコール類が常備してあった。
「ウイスキーとかでいいですか?」
先ほどの店で飲んでいたのは日本酒である。
酒の種類が違っても大丈夫か、とカカシは尋ねた。
「オッケーでーす」
イルカは忍服のベストを脱いで寛いだ格好をしてしまっている。
すごく無防備な姿にカカシには見えた。
ちょっと、どきどきしてしまう。
酒の所為で頬が紅潮してたり体がふらついて頼りなげに見える。
言葉遣いも、いつもより砕けていてフレンドリーだ。
イルカとの距離が近く感じられた。頬も
上手くいくという予感が現実のものとなるかもしれないと思うとカカシの胸は躍る。
酒の力を借りるのは少々、不本意であるが、この際、仕方がないということで。
イルカと恋人になるということを実現させたいとカカシは心の底から思ったのであった。
「カカシさん、お代わり、どうぞ〜」
ウイスキーを飲みだして、三本目のボトルになっていた。
イルカがカカシのグラスに次々と注いでくる。
「あ、ども」
酒の注がれたグラスを受け取りカカシは口を付けた。
こくこくと琥珀色の液体が喉を流れていく。
苦い液体は胃に落ちると、かっと熱くなった。
ウイスキーって何度だっけ?
朦朧としてきた頭でカカシは考えた。
確か、四十度超えていたよな・・・。
その酒をカカシとイルカはストレートで飲んでいた。
ペースも変えずに他愛ない話をしながら、ずっと絶え間なく飲んでいる。
ちっとも色っぽい雰囲気にはならない。
イルカは間違いなく酔っていて、言葉遣いも舌足らずで可愛く思うのに。
そのイルカにカカシは、してやられていた。
一定の量の酒を飲んで酔うとイルカは、それ以上幾ら飲んでも乱れないのだ。
しまった、こんなところに落とし穴があったとは・・・。
カカシは既に、くらくらとしてきていた。
だいぶ、酒が回っている。
イルカを酔わせて、あれこれするはずだったのに逆に自分が罠に嵌っていた。
あー、もう駄目だ・・・。
最後、グラスを空にするとカカシはテーブルに突っ伏した。
眠くて、しょうがない。
自然、目を閉じてしまった。
遠くから楽しそうなイルカの声が聞こえる。
「お酒は〜三代目に鍛えられましたので〜」
だから、ここ一番という曲面でイルカは酒に強かったらしい。
「カカシさん」
ゆっくりとカカシの頭を撫でる感触があった。
「今日は、びっくりすることばかりです」
俺の人生で忘れられない日になりました、とイルカの声が、だんだん遠くなる。
「でも」とイルカが、くすりと笑った声が聞こえた。
「口づけ・・・、キスは嫌じゃなかったなあ」
その言葉の真意は何だとカカシはイルカに訊きたかったのだが体が動かない。
カカシの体に、ふわりと何かが掛けられた。
「風邪をひかないでくださいね」
そこでイルカの気配は消えてしまいカカシも眠りに落ちてしまった。
次の日。
酒が抜けたカカシは、ぱっちりと目を覚ました。
体を起こすと掛けられていた布団が床に落ちる。
昨日は、あのまま眠ってしまったらしい。
「くーっ」
カカシは歯噛みした。
「イルカ先生に逃げられたー」
まさか、あんなに酒が強いとは思いも寄らなかった。
人は見かけによらないものだ、と痛感した。
イルカ先生にしてやられてしまった、と珍しくカカシが落ち込んでいると部屋の隅にある、ある物が目に入った。
「これは・・・」
手に取るとイルカの忍服のベストであった。
いくら酒が強いと言ってもイルカも相当、酔っていたらしくベストを忘れて帰ってしまったらしい。
「ふーん」
イルカのベストを見てカカシは昨夜のイルカの言葉を思い出した。
キスは嫌じゃなかった、と言っていた。
その言葉の意味するものは・・・。
にやりとカカシは笑い「リベンジだよ〜ね」と呟いた。
それから年末年始、何かと忙しく。
イルカと会えないまま、新年を迎えてしまった。
久しぶりにイルカと会った場所は、偶然なのか忘年会をしようと誘った受付所前の廊下であった。
時刻も同じである。
「あ、カカシさん」
カカシの姿を見とめたイルカは足を止めた。
「え、あ・・・。あの」と上手く言葉が出てこないようだ。
何か言われるんじゃないか、と身構えている。
視線を逸らして盛んに瞬きを繰り返す様子から、二人だけで忘年会をした日のことは覚えているようだった。
もちろん、カカシがイルカにキスしたこともだ。
僅かであるが頬に朱をさしていることから推測される。
にこにこ、と警戒心を抱かせない笑顔を作ってカカシはイルカに近づいた。
「あけましておめでとうございます、イルカ先生」
「あ、はい。おめでとうございます」
ほっとしたようイルカは新年の挨拶を返してきた。
「今年もよろしくお願いします」と頭を下げている。
「うん、俺の方こそ今年もよろしくお願いします」
「はい」と頷くイルカは警戒心を緩めたようだった。
その隙を狙って間髪いれずカカシは言った。
「今日の夜、二人で新年会でもしませんか」
「え・・・」
「イルカ先生、今日はもう仕事終わりでしょ」
きちんとイルカの終業時間もカカシは把握している。
「それにイルカ先生、俺んちに忘れ物したしねえ」
「あ・・・」
イルカは忍服のベストのことを思い出したようだった。
「今日会えるなら持って来れば良かったんだけど」
カカシは慎重に言葉を切ってイルカを誘う。
「家に置いてきてしまって」
だから、とカカシは耳元で囁いた。
「ベストを取りに来がてら、俺の家で新年会しましょうよ」
ごく、と緊張のせいかイルカが唾を飲むのが分かった。
「それとも俺が怖い?」
煽るように囁くとイルカは首を振る。
「まさか、怖いなんて」
「じゃ、決まりね」
すっとカカシはイルカから離れた。
「俺の家で新年会をやりましょう」
夜になって。
カカシの家にイルカはいた。
イルカが家に入るとカカシは、しっかりと家を施錠した。
内側から出られないように。
イルカは忘年会の日、カカシの家に来た時と同じ場所に座った。
それを見届けてから物騒なことを口の中で呟く。
「今日は逃がしませんからね」
イルカ先生、と。
「えっと、あの。カカシ先生」
イルカは正座して妙に畏まって座っていた。
「はい、なんでしょう」
カカシもイルカの対面に座る。
「俺、考えたんですけど」
真剣な声がした。
「すっごくすっごく考えて・・・」
どうやらイルカは忘年会した、あの日から何事か考えていたらしい。
「カカシさんのことを考えていて」
カカシを見つめる瞳は嘘偽りなく輝いている。
「遅くなりましたけど、俺も・・・」
真っ赤になったイルカは俯いてしまった。
小さな小さな声が聞こえる。
「俺もカカシさんのことが好きです」
小さな声だったがカカシの耳には、はっきりと聞こえた。
「あの日、キス・・・されても嫌じゃなかったし」
イルカの告白は続く。
「俺、カカシさんといると安心してリラックスしてしまうし」
目の前にイルカを、じっとカカシは見つめた。
これは現実のことなのか・・・。
「この前は動揺して、あんなことして帰ってしまいましたが」
あんなこととはカカシを酔い潰したことだろう。
「一人で考えたくて。だって・・・」
イルカは拗ねたような上目遣いでカカシを見る。
「キ、スしたばかりでカカシさんが俺のことを好きだって知ってから間もなかったのに」
どうやらカカシが急ぎすぎたのが原因らしい。
「俺は恋愛が不得手ですし、もう少し、ゆっくりとのんびりと待っていてくれたら」
「待ちます!」
いくらでも、と言った、その時カカシはイルカの傍にいた。
ぎゅっとイルカを腕の中に抱きしめていた。
「イルカ先生のペースで愛を育んでいきましょう!」
嬉しい、とカカシは満面の笑みだ。
本当に嬉しかった。
年明けから、こんな嬉しいことがあるなんて。
信じられない。
夢のようだった。
「イルカ先生、俺たち恋人ってことでいいですよね?」
「はい、俺でよかったら・・・」
イルカは控えめだ。
「イルカ先生でなければ駄目です」
「カカシさん」
ようやくイルカは笑みを見せた。
嬉しそうに笑っている。
その笑みを見ているとカカシは幸せな気もちが押し寄せてくるのを感じた。
「イルカ先生、大好き」
あの日と同じくカカシはイルカに口づけをした。
愛と情熱を込めて。
優しい口づけをイルカに贈る。
その後、改めて。
二人で新年会をしたのであった。
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