恋の季節
最近のイルカは寝付きが悪かった。
体は疲れているのに、頭が冴えて眠ることができないのだ。
どうしてだろう?
春眠、暁を覚えずっていうじゃないか。
なのに俺は、その正反対のことになっている。
原因は、薄っすらと自分でも気づいてはいたが気づかない振りをしていた。
実は、ある人の一挙一動が気になっているのだ。
その人のことを考えると眠れない。
でも、ある人はイルカと同性の人で、同性の人が気になるなんて、と深く考えると益々眠れなさそうになりそうだった。
真実を知らない方が幸せなこともある。
イルカは欠伸を噛み殺した。
ああ、眠い。
受付けの仕事をしているイルカは、うっかり瞼が落ちてきそうになった。
夜は眠れないのに、こんなところでは眠くなるんだよね。
外は、暖かい春の日差しで溢れていて見ているだけで穏やかな気持ちになってくる。
幸いなことに受付け所にはイルカの他に人はいなかった。
窓の外の麗らかな日差しを眺めていたイルカの目は、いつしか閉じていた。
そして、そのまま机の上に伏して眠ってしまっていたのだ。
夢の中でイルカは呼ばれていた。
桜の木の下で、誰かが手招きしている。
「イルカ先生。こっちにおいでよ。」
低く魅惑的な声がする。
イルカはふらふらと近寄り導かれるように、その手を取った。
「やっと来たね。」
手招きした人物は薄く笑って目を細める。
「捕まえた。」
その人は畑カカシだった。
「・・・先生?イルカ先生。」
体を優しく、誰かに揺すられる。
「こんなとこで寝てたら、大変なことになりますよ。」
イルカを揺する誰かは笑っているようだった。
夢の中の、あの人の笑い声と、ひどく似ている。
もしかして、あの人だろうか。
「そう、例えば攫われちゃったりね。・・・・・俺に。」
攫われてみたい。
イルカは夢現つで、そう思った。
攫われて、この人と一緒にいることができれば、夜も眠れるかもしれない。
「なーんちゃって。冗談はさておき、イルカ先生起きてくださいよ。」
なんだ、冗談だったのか、残念。
イルカは体を起こして、目をゆっくりと開けた。
目の前には、夢の中に出来てきた人がいた。
畑カカシだ。
カカシは心配そうにイルカの顔を覗きこんでいた。
「イルカ先生、目の下に隈ができているよ。大丈夫?」
意外に近い距離のカカシの顔にイルカは少し身を引いた。
「え、と。大丈夫です。」
「本当に?」
イルカが身を引いた分だけ、カカシはぐいと身を乗り出してくる。
距離は変わらず、近い。
「はは。ちょーっとだけ、近頃、夜、眠れなくて。」
「どうしたの?悩みでもあるの?」
「な、悩みなんて・・・。」
あるけど言えない。
今、目の前にいる、あなたのことが気に掛かって眠れませんなんて。
同性相手に、そんなこと言ったら、普通はおかしい。
「眠れないんですか?」
カカシが細い眉を潜める。
「ほ、ほんの少しだけ。」
「そう。」
イルカの答えにカカシは何事か考えているようだった。
受付け所には相変わらず、他に人はいず、カカシとイルカの二人だけだ。
「じゃあ、お呪いしてあげる。」
「お呪い?」
何故か、カカシが嬉しそうに顔を覆う布を取る。
男前の素顔が晒された。
イルカは何度か見たことがある、その顔が今は見ることができなくて顔を逸らす。
妙に顔が火照り、熱くなってきた。
だけども平静を装って聞く。
「お呪いってなんでしょうか?」
「それはね。」
カカシの声が近づいてきた。
顔を逸らしているイルカの顔を、カカシはくいっ
と自分の方に向ける。
「カカシ先生?」
カカシは、春の日差しのような笑顔をしていた。
明るく暖かい、イルカの大好きな顔だった。
見蕩れていると、その顔がゆっくりと迫ってくる。
ふと、何かと何かが触れ合った。
カカシとイルカの唇が軽く、さらりと触れている。
そのまま、時が止まったような感覚陥った。
どのくらい時間が経ったのか分からなかったが、気がつくとカカシは離れていてイルカの前に立っていた。
「お呪い効くかな?」
元の通りに顔の布を戻したカカシが言う。
「お呪いって・・・。」
呆然としているイルカが真っ赤な顔になった。
「これって、お呪いじゃなくて、キ・・・。」
恥ずかしくて、キスとは言えない。
だが、カカシはしれっとして至極簡単にその言葉を述べた。
「そう、キスですよ。」
「だって、なんで、カカシ先生が俺にそんなことを。」
「あのねえ。」
カカシが、人差し指をイルカの鼻先に突きつけた。
「春は恋の季節なんですよ。イルカ先生が恋をしているように、俺だって恋をしているんです。」
恋!
「恋、だなんて。」
思ってもみなかったが、カカシが気になるということはそういうことなのだろうか。
イルカが考えようとした、その時、受付け所に他の人が入ってくる気配がした。
カカシは、くるりと踵を返す。
「じゃ、続きは後でね、イルカ先生。」
またね〜と手を振ってカカシは受付け所を出て行った。
イルカは、どきどきする胸を押さえる。
さっき見た夢って、もしかして正夢だったのか。
カカシの言動の意味とは?
考えると、再び眠れなくなりそうになるイルカであったのだが。
多分、イルカが熟睡できる日は遠くない。
眠れない日はカカシがキスをしてくれることになるからだ。
優しいキスのお呪いを。
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