桜の花咲く中
カカシさんと一度、本気の本気で戦ってみたい。
・・・とは思っていたけれど。
やはりカカシさんはオレの想像の上の上を行くほど強かった。
ってか、里の代表格の忍に俺が敵うわけがないんだよな。
中忍の俺に余裕で勝てなかったら里を代表する忍とは言わないわけで、ビンゴブックになんて載らないわけで、二つ名なんて持ってないわけで、伊達にはたけカカシじゃないってわけで。
状況を説明すると今、俺はカカシさんに本気で刃を向けられて、その強さに圧倒されている。
任務帰りで里に帰還途中、俺と同じく任務に出ていたカカシさんに偶然会って様子がおかしかったので声を掛けたら、いきなり戦いが始まって・・・。
何がどうしてこうなった!
キンと金属音がして俺はカカシさんから投げられた複数のうちの一本のクナイを辛うじて弾くことに成功した。
他のクナイは俺の体を掠めて服の下の肌を切裂いて後方に飛んで行った。
「はあ、はあ・・・」
肩で息をしている俺。
いや、ほんと・・・・・・。
カカシさんは強い。
強過ぎる。
さすが、はたけカカシ。
すごいぞ、はたけカカシ。
これでこそ、はたけカカシ。
賞賛の嵐だ。
だけど。
もう、そろそろ。
「目を覚ましてくださいよ」
口の中で呟く。
「俺が判らないんですか」
俺を見るカカシさんの片眼は茫洋としていて濁っている。
何かの術に掛かっている証拠で。
写輪眼を出していないのが唯一の救いだ。
あの眼を出されて攻撃なんてされていたら俺は一瞬でこの世から消え去っている。
ぜいぜいと息が乱れて整わない。
額から垂れてきた血が視界を塞ぐ。
既に俺の身体にはあちこちに傷がつけられていて血が流れ出ている。
眼に入りそうになった血を手の甲で拭う。
里からの救援はまだだろうか。
カカシさんを見つけたときに俺は瞬時に里に報せを放った。
俺ではカカシさんの術を解くことは無理そうだし、第一に解術するのにカカシさんを捕らえて拘束するなんて不可能だし。
そう、カカシさんは単独で任務に出て敵の術に掛かってしまった、と推測される。
多分、幻術系。
それも強力な。
根拠はある。
だって俺の顔も判らなくなっている。
恋人である俺の顔さえも。
カカシさんから告白されたのは春先の桜が舞い散る道でだった。
「桜、綺麗ですね」
「本当に。毎年見ても飽きません」
とか何とか他愛もない話をしていたときだった。
確か、俺が・・・。
「花の中では桜が一番好きですね」
そして話の流れで「カカシさんは好きですか?」と訊いたのだ。
そのとき、カカシさんが俺を痛いほど見つめているのに気がついた。
普段と雰囲気が違っていたのをよく覚えている。
カカシさんの眼の中には何か──底知れない何かが宿っているのが見て取れた。
思えば、あれはカカシさんの中の俺への気持ちだったのかもしれない。
恋心と言う名の。
熱くて暗くて、触ったら痕が残ってしまいそうな揺らめく炎のような恋。
自分で言って恥ずかしくなるが、だって、そう思ったんだ。
・・・・・・恋って実るばかりじゃないだろうし。
失恋───失う恋、恋を失うという言葉もある。
カカシさんは告白することで恋を失ってしまうのが怖かったかもしれない。
その部分が暗いと俺は感じたんだと思う。
顔を覆っている覆面を下ろしたカカシさんは大きく息を吸い込んでから俺に言った。
「イルカ先生」
「はい」
「俺も桜が好きです」
「あ、同じですね!桜、いいですよね。春って感じで」
「・・・俺も春が好きです」
「過ごしやすくて、いい季節ですもんね、春は」
「・・・・・・俺にも春が来てほしいと切に願っています」
「今、一緒に春を過ごしているじゃないですか」
「・・・・・・・・・つまりサクラサクってことです」
「カカシさん、資格試験でも受けていたんですか?合格発表が間近だとか」
「・・・・・・・・・・・・イルカ先生」
「はい」
「好きです」
「・・・はい?」
「好きです」
「・・・・・・はい?」
「好きです」
「・・・・・・・・・桜が?」
「違います」
「・・・・・・・・・・・・春が?」
「違います」
「何が好きなんですか」
「イルカ先生が」
好きです───と言われて驚いた。
これは、つい最近の出来事だ。
何でもカカシさんは俺を初めて見たときから恋に落ちていたとかで。
会ったときじゃなくて『見たとき』ってのが気に掛かって訊ねたら、何でも十年前くらいに子供の俺を見かけていたんだって。
俺はすっかり忘れていたっていうか、さっぱり思い出せないんだけど。
いつ、カカシさんは俺を見かけていたのかな・・・。
とりあえずカカシさんには内緒しておこう。
ってわけで、それからカカシさんは只管、俺のことを想っていてくれたそうで。
どんだけ純情可憐な人なんだろうと俺は感動してしまった。
絆されたともいう。
でも、それでもいいんだ。
そのときには俺もカカシさんに対して好意以上のものを感じ始めていたから。
きっと運命だったんだと思うことにした。
な、の、に!
今のこの状況は何なんだ。
「カカシさん!」
俺は必死にカカシさんの攻撃を交わしながら叫んだ。
実は一度は言ってみたかったとか言うのは俺だけの秘密だ。
案外、俺もロマンチストなのかもしれない。
「十年も前から俺を好きだと言いながら」
飛んでくるクナイを間一髪で避ける。
「敵の術に掛かったくらいで俺を忘れるんですか!」
俺の放ったクナイは易々と交わされた。
「本当に俺が好きなんですか!」
叫んでる間にもカカシさんの掌に閃光が溜まり始めた。
あれはカカシさんの必殺技で、途轍もなくすごい術・・・。
あれを喰らったら一溜まりもないってか、死ぬな俺・・・。
逃げるにしても上忍であるカカシさんからは逃げられないだろう。
どうしよう。
窮地に陥った俺を神さまは見捨てていなかった。
真横から容赦なく蹴っ飛ばされたカカシさんが派手に吹っ飛んだ。
「待たせたな」
そこには救世主、もといアスマさんが立っていた。
アスマさんはカカシさんと同じ上忍で俺とも顔見知り。
見回すと他にも上忍の人がいてカカシさんを取り押さえていた。
「怪我はないかと言いたいところだが」
アスマさんが上から下まで俺を見る。
「怪我はあるな」
俺の体は忍服が所々破けて裂けて、体のあちこちから血が出ている。
幸いなことに致命傷はないが。
ま、カカシ相手に善戦したなとアスマさんに肩を叩かれた。
「あのバカを」
くいっと親指でカカシさんを指す。
「里に連れ帰って解術するか」
ったく、面倒くせえなと言いつつもアスマさんは世話好きで面倒見がいいのを俺は知っている。
「術が解けて正気に戻ったら」
アスマさんが俺を見て、にやりとする。
「思い切り引っ叩いてやれよ」
本当に俺が好きなんですか!って言ってよ、と。
・・・・・・どこから聞いていたんだろう。
察しのいいアスマさんのことだ、総てバレたんだろうな、カカシさんと俺の関係。
遠い眼になった俺は聞こえなかった振りをした。
「すっかり葉桜になりましたね」
あんなに咲いていた桜の花が散っていた。
緑の葉を繁らせた桜の木が風に吹かれている。
「ええ、まあ」
先日の一件が終わった後、俺はカカシさんから告白された桜の道を歩いていた。
カカシさんは・・・。
俺の隣で罰の悪い顔をしているのを俺は解っている。
俺と視線を合わそうとしないのを俺は知っている。
俺に何て言っていいのかカカシさんが戸惑っているのを俺は感じている。
つまりカカシさんは落ち込んでいる。
付き合い始めて短期間で、こんなにもカカシさんの色々を解った俺。
忍者としてはすごい人だけど恋愛に関しては普通の人と変わらない。
恋に臆病で恋人にドキドキしていて、それでいて恋に期待して恋人に夢見ている。
解術が行われて正気に戻ったカカシさんを俺は引っ叩いたりはしなかった。
ついでに「本当に俺が好きなんですか!」なんてことも言わなかった。
・・・まあ、言わなくて解っているから。
カカシさんは俺が好きなんだって。
好きだからこそ今、目の前で眉を顰めて苦い顔をしたり渋い顔をしたり困っている。
俺はカカシさんの手を、そっと握ってみた。
そうっと握って、ぎゅっと握る。
瞬きをしたカカシさんが俺に顔を向けた。
やっと俺を見た。
「カカシさん」
カカシさんの顔を見て俺は自然を笑みが浮かんだ。
「来年も一緒に桜を見ましょうね」
来年も綺麗に咲きますよ、桜。
「・・・そうですね」
握った俺の手をカカシさんが握り返してくれた。
「来年も一緒に───」
言いかけたカカシさんの眼が語りかけてくる。
俺を許してくれるの?
イルカ先生を傷つけたのに。
「もちろんです」
俺は大きく頷いた。
別にカカシさんは俺を傷付けたくて、俺を攻撃したんじゃない。
それから、まだ言ってなかったことを伝える。
「カカシさんが好きです」
俺だってカカシさんが好きなんですよ。
だから一緒にいたいと思うのは自然なことだ。
俺の言葉を聞いたカカシさんは眼を細めて穏やかな顔になり眼を伏せた。
「ありがとう、イルカ先生」
次に俺を見たカカシさんの顔は、とても嬉しそうだった。
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