来年の楽しみ
その日、イルカは昼食を外で取っていた。
アカデミーの実習で使う演習場の点検に来ていたのだ。
太陽の陽射しに照らされてに外は思いのほか暖かくなっている。
春が近づいてきているな、とイルカは微笑ましく思い、持参した手製のお握りを食べていた。
ついでに、と頭の隅で、ちらりと思う。
演習場に来る途中に通った里の中に、いつになく春らしい雰囲気が漂っていたなあ、と思い出す。
どうして今日?
三月十四日って、なにかあったっけ、と真剣に考える。
そういえば、今日はホワイトデーだったことに今更ながら、気がついた。
「だからか〜。」
だからアカデミーも里の中も、どことなく色めきたっていた、それが春らしい雰囲気に感じたのだろう。
「ま、俺には縁のないことだけど。」
イルカは自分に言い訳した。
「だいたい、今年のバレンタインは任務でいなかったし、去年は・・・。」
去年も一個も貰っていない。
「別にいいんだけどね。」
ちょっと寂しくなったイルカは黙々とお握りを食べ終わると、ほっと一息ついた。
「一人でもさ。」
そりゃあ、気の許せる相手というか、そういう人がいたらいいなと思うことは多々あるけれど。
でも、いないんだよなあ。
俺の人生、独りきりで終わってしまいのだろうか。
まだ若いのに聊か、大げさなことを考えたイルカは、ちょっと寂しくなって膝を抱えてしまう。
「イルカ先生〜。」
そんなイルカに場違いのような明るい声を掛けてくる者がいた。
「はい。」
顔を上げると、そこには最近、親しく食事等で付き合っている上忍が、にこにこしながら立っている。
「こんにちは、イルカ先生。」
その上忍は自然な感じでイルカに近寄ってくると、これまた自然な感じでイルカの隣に腰を降ろした。
「イルカ先生、どうしたの?なんだか、落ち込んでいるみたいだけど。」
「え、いや、その。」
まさか、独り身で終わるかもしれない人生を嘆いていたとは言えない。
「ご飯食べたら眠くなっちゃっただけなんですよ。」
ははは〜と笑って誤魔化すと上忍は「ふーん。」と言って出している片方の目を細めた。
「俺は、また恋人の一人もできなくて寂しがっているじゃないかと思ってしまいました。」
「え!ま、まさか〜。」
ずばり言い当てられてイルカは動揺し、引き攣った笑いを浮かべてしまう。
「そ、そんなことないですよ。それよりカカシさんこそ、どうして、こんなところに?」
話の流れを変えようとイルカは相手に話を振った。
「うん、実はね。」
件の上忍は里でも有名な忍、はたけカカシであった。
イルカの元教え子の上忍師になったので、その繋がりで知り合ったのだ。
上忍に強い、怖い、遠いイメージしか、もっていなかったイルカだったが、カカシと知り合って友人みたいな付き合いをするように、その考えは徐々に変わっていった。
カカシは上忍で強いけれども、優しく接してくれて怖いところなんて全然ない。
気さくに話しかけてくれるし距離感も近い。
そんなところがイルカに警戒心を抱かせたりしなかった。
「実はねえ。」
カカシは手に持っていた袋をイルカに見せた。
「イルカ先生、これ、食べませんか?」
「何ですか、それ。」
袋は可愛らしい色合いのもので、中から甘い匂いが漂ってくる。
「あ、クッキーですよ。ご飯が終わったのなら、丁度いい。デザートにいかがです?」
言いながらカカシは袋を開けて中からクッキーを取り出した。
可愛いハート型が目を引く。
「はい、どうぞ。」
クッキーを持ったカカシの手がイルカの口元まで来て、イルカは止むを得ず口を開いてしまった。
口に入れられたクッキーを、もぐもぐを咀嚼する。
「美味しいですね!」
クッキーは、さくさくとして食感がよく、甘みも程よく食べやすい。
「そうですか、よかった。」
笑みを浮かべたカカシがクッキーをイルカの口元に、また持ってきた。
「え、もう・・・。」
いいです、と言い掛けた口にクッキーを入れられる。
口に入れたものを出すわけにはいかず、イルカはクッキーを食べてしまった。
それからイルカが、もう充分だと断ろうにも隙を与えず、カカシは自分で持ってきたクッキーを全部、食べさせてしまった。
そう多い量ではなかったが、カカシは自分では一枚も食べず、総て自らの手でイルカに食べさせたのだった。
そのことを不思議に思いながらもイルカはカカシに礼を言った。
「ご馳走様でした。ありがとうございます。」
カカシの意図が分からなかったが、とりあえず頭を下げる。
実際、クッキーは美味しかったし。
「いえいえ、そんな。喜んでいただけて俺も嬉しかったです。」
カカシは嬉しそうにしている。
そして立ち上がってイルカを見下ろしてから言った。
「じゃあ、来年、楽しみにしていますね。」
「・・・・・・来年?」
意味が分からなくて言葉を反芻したイルカにカカシは腰を屈めて顔を近づけた。
「今のは、来年のバレンタインのお返しの先払いです。イルカ先生、ぜーんぶ食べましたよね?だから来年、俺にチョコくださいね。」
「ええ!だって、そんなこと一言も言ってないじゃないですか!」
「言ったらイルカ先生、食べないでしょ。」
「そりゃあ、まあ。」
苦い顔をするイルカにカカシは微笑んだ。
「だって、今年のバレンタインにチョコ渡そうとしたらイルカ先生、任務でいないし。去年は誰もイルカ先生にチョコを渡せないように工作して俺から渡そうと思ったんですけど、勇気が出なくて・・・。」
「そんなことしてたんですか、カカシ先生。」
少々呆れたイルカは息を吐いた。
「手間の掛かることして楽しいんですか?」
「楽しいですよ、もちろん。」
イルカに顔を近づけていたカカシは、一層、イルカに顔を近づけた。
一瞬、顔の一部が触れ合って、そして離れる。
「これは、ちょっとだけ来年分を貰いました。」
悪びれず、にこやかにカカシは言った。
「じゃあ、またね、イルカ先生。」
手を振り、爽やかな笑顔でイルカの前から去って行く。
それを見送りながらイルカは呟いた。
「来年なんて、気の長い人だなあ。」
しかしカカシの言動を思い返して、一人で赤くなりながらイルカは思っていた。
嬉しいなあ、と。
寂しさは、どこかにいってしまっていたのだった。
text top
top