+1(プラスワン)
もうすぐ、夏休みだという時期。
アカデミーの校庭ではイルカが子供たちを武器の扱い方を指導していた。
任務がなく待機中であったカカシは上忍の控え室で待機するのではなく、アカデミーの校庭の隅の木の枝に座り木陰から、そっとイルカが子供たちを指導するのを本を読みながら眺めていた。
イルカ先生、頑張っているなあ。
子供を指導するイルカを見ているとカカシは知らず口元が緩んできた。
熱心に子供を指導するイルカは見ていて気持ちがいい。
一生懸命、優しく厳しく教えている。
いいなあ、あの顔。
イルカと子供たちを見つめてカカシは微笑んだ。
だが、ふと、あることに気がついた。
子供の数が一人多いような気がする・・・。
授業が始まった時に何気なく、人数を数えいていたのだが今、数えるとどうしても一人多いのだ。
途中で一人加わったけ?
最初から授業を見ているが、そんなことはなかった。
どうしてだ?
何度、数えても子供の数が一人多い。
イルカは、それに気づいているのかいないのか、特に変わった様子もなく子供たちを指導している。
子供たちも騒ぐことなく授業を受けていた。
俺の目がおかしくなったのか?
カカシは何度も、そう思ったのだが。
気がつくと授業の終わりのチャイムが鳴っていた。
はっとなって、もう一度、最後に子供の人数を数えると・・・。
その数は一番、最初にカカシが数えた人数と一致していたのだった。
授業の間だけ子供が一人増えた?
混乱する頭を抱えてカカシは、一人じゃどうにもならなくなったのでアカデミーの職員室にいるイルカの元へ忍んで行った。
次の授業がなかったらしいイルカは職員室の自分の机で書類を書いたりしていた。
カカシの姿を見ると笑顔になる。
「あ、カカシさん。職員室に来るなんて珍しいですね。」
イルカはカカシに空いていた椅子を勧め、職印室の冷蔵庫から冷茶をコップに淹れて持ってきてくれた。
「今日は暑いですねえ。」
のんびりと、そんなことを言う。
幸い、職員室にはカカシとイルカしかいなかった。
冷たい茶を飲んで気が落ち着いたカカシは、早速、今、見たことをイルカに言ってみた。
「俺、さっきのイルカ先生の授業見ていたんですけど。」
「え、見ていたんですか。暑くなかったんですか?」
「木陰にいたので大丈夫です。それよりも、イルカ先生。」
ずずい、とカカシはイルカの膝に自分の膝を詰め寄らせる。
「さっきの授業・・・。」
ごくりと唾を飲み込み、真剣な顔で言った。
「子供の数が一人多かったですよ。」
そう言うとイルカは目を見開いた。
「本当ですか!」
驚いてはいるが怖がっているようではなく、嬉しがっている様子である。
「そっか、そっか。」と頷いている。
「イルカ先生。」
何やら一人で納得しているイルカに焦れてカカシは質問した。
「子供が一人増えたのは、あれは幻術か何かですか?」
「いいえ、違いますよ。」
「じゃあ、傀儡とか・・・。」
「違いますって。」
笑ってイルカは自分も茶を一口飲んだ。
そして驚くべきことをカカシに告げた。
「お盆も近いから、多分、誰か還ってきたんでしょう。」
「・・・・・・え。」
「きっとアカデミーが懐かしかったんですよ。そっか〜、誰か還ってきていたのか。」
イルカが、ほうっと息を吐いて目を閉じた。
顔には寂しそうな、それでいて安心したような表情が浮かんでいる。
目を開けたイルカはカカシを見つめた。
「カカシさんには見えたんですね。俺は、ちっとも気がつきませんでした。」
誰だっただろう、会いたかったなあ、とイルカは真剣に言っていた。
「イルカ先生、あの・・・。」
カカシはイルカの発言に戸惑っている。
「それって、本気で言っているの?」
「ええ、本気ですよ。」
逆にイルカが不思議そうにカカシに聞き返してきた。
「もうすぐ、お盆なんですから、ちょっと早めに里に還ってくる人がいてもいいじゃないですか。」
「それは、まあ。そうですけど。」
理屈は、そうだが、それが本当にあるなんて思えない。
つまり・・・。
死んだ人が、この世に還ってくるなんて。
そう言うとイルカが「え〜」と声を上げた。
「カカシさん、人魂とか見たことないんですか?」
「ないですよ。」
「幽霊とかも?」
「・・・ないですけど。」
「まあ、俺も、あれがそうだったのかなあって程度ですけど。」
つ、とイルカがアカデミーの職員室のお茶請けの菓子などが置いてある棚を指差した。
「例えば、還ってきた人が食べれるようにって好きだった菓子とか、この時期、多めに用意してあるんですよね。」
「・・・へええ。」
「すると時々、本当に時々ですけど誰も食べてないはずなのに、それが無くなるんです。」
それは子供の悪戯かもしれなくて誰かが食べているかもしれないし、違うかもしれないが。
イルカは説明して、もしも還ってきた人がいるのなら、と遠い目をした。
「還ってきた人がいるのなら嬉しいなあって。」
イルカの気持ちは解らなくもない。
カカシも会いたい人がいるから。
もう一度会えるならば会いたい。
でも、それは・・・。
普通なら考えられないことで。
別れは別れでしかない。
だから、いなくなってしまったら会えないのだ。
カカシの顔に浮かんだ表情を読んだのだろうかイルカが「解っています」と頷いた。
「もう会えないことは解っています。でも・・・。」
イルカは冷茶が入ったコップを両手で、ぎゅっと握り締める。
「もしかしたら、って思ってしまうんです。」
イルカには何か根拠があるらしい。
そうしてイルカは静かに話し出した。
俯いたイルカの顔は見えず、淡々とした声だけがカカシの耳に聞こえた。
「・・・・・・俺、両親が亡くなって、しばらく、何も手につかなかったんですよね。」
昔のことを話している。
「ほんと何にも。食べることも眠ることもできなくて・・・。何をしたらいいのか分からなくて、時間だけが過ぎていくような感じでした。」
イルカの両親が亡くなったのはイルカが比較的、小さい時だ。
突然、いなくなってしまった両親をイルカが恋しがるのは無理がない。
きっと小さいイルカは頑張っていたであろうことは容易に想像できたが、子供なので限界がある。
辛かったに違いない。
「でも、何か食べないといけないと子供心に思い、ふらふらする体で買物にいったんですね。そしたら買物をして家に帰る途中、転んじゃって・・・。」
ふっとイルカは笑ったらしい。
「転んだら起き上がれなくなっちゃって。」
話を聞いているカカシは胸が痛んだ。
そんな子供のイルカを想像するといたたまれない。
「そしたら通りがかりの人が手を差し伸べてくれて。それが偶々、隣に住んでいる若いお兄さんだったんです。」
子供のイルカを助けてくれた人がいたので、ちょっとカカシは、ほっとする。
「そして俺の手を繋いでくれて家まで送ってくれて。」
嬉しかったなあ、とイルカの声はしみじみとしていた。
「何でもいいからご飯は毎日三回食べるんだよとか、お風呂に入ったらあったまるようにとか。まるで両親みたいに言ってくれて、俺のこと心配してくれたんですよねえ。」
「そうですか。」
優しい人がイルカの傍にいてくれたことにカカシは密かに感謝した。
良かったなあと心底思ったのだ。
イルカの話は続く。
「そして家の前まで送ってくれて別れ際、俺の頭を撫でてくれました。そしてお兄さんは言ったんです。」
「なんて?」
「お父さんもお母さんもとても君のことを心配しているよ、一人にさせてごめんねって。」
その言葉にカカシの胸が詰まる。
小さい我が子を残していく親の気持ちは、どんなものか・・・。
「家の前でお兄さんと別れて、家の中に入った俺は玄関で気がついたんですよね。」
なんとなく、その先のイルカの言葉は想像できた。
「その隣のお兄さんも俺の両親と同じ時に亡くなっていたんだって。」
俯いていたイルカは顔を上げるとカカシを見て微笑んだ。
その目は、ちょっとだけ潤んでいた。
「それが、ちょうどお盆でしたし。だから俺、もしかしたら会いたい人が還ってきていて会えるかもって思ってしまうんですよね。」
何も言わずカカシは黙ってイルカの手を取ると、イルカの体を引き寄せた。
職員室に誰もいないせいかイルカも素直にカカシに体を寄せる。
イルカの体をカカシは強く抱きしめた。
「俺がイルカ先生の傍にいますから。寂しい思いは絶対にさせませんから。」
「はい。」
ことん、とカカシの肩にイルカは頭を預けてきた。
「ありがとう、カカシさん」
小さな声が聞こえたのだった。
その後。
上忍控え室に戻ったカカシは控え室を出て行く上忍の一人に、ぽんと肩を叩かれた。
「よう、元気そうだな。」
「そっちこそ。」
久しぶりに会う人間だった。
「じゃあな〜。」
簡単な挨拶だけをして控え室を、その上忍は出て行ってしまう。
「あー、うん。」
答えてカカシは後ろ姿を見送った。
廊下の角を曲がって、その人物の後ろ姿は見えなくなる。
カカシは呟いた。
「あいつ、還ってきていたんだなあ。」
胸に一抹の寂しさと懐かしさが過ぎったのであった。
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