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熱湯42℃



夜、一週間の任務から帰ってきたイルカは自分の家で深い溜め息を吐いていた。
正確に言えば、自分の家の風呂場で深い深い溜め息を吐いていた。
「嘘だろ・・・」
呆然とした様子で浴槽に溜まった冷たい水を見つめている。
「風呂が沸かせないなんて・・・」
がくっと肩が下がった。
「任務から帰ってきて風呂に入るのが楽しみだったのに・・・」
イルカの家の風呂が壊れてしまったらしいのだ。
何度やってもガスが点火せず、風呂が沸かせない。
水が温かい湯にならない。
温かい湯にならなければ風呂ではない。
・・・イルカは風呂が大好きだった。
正確に言えば、温泉が大好きだった。
「しょうがない」
諦めたイルカは決断した。
「銭湯に行こう」
今の時間なら、まだ銭湯はやっているはず。
任務で汚れて体を洗って、思う存分、湯に使って疲れた体を温めたい。
そう思ったイルカは、いそいそと銭湯に行く準備を始めた。



家を出て歩いて銭湯に向かうイルカは早くも後悔していた。
雪が降ってきたのだ。
ちらちら、と舞い降りてきた雪は止みそうにない。
「あー、ついに降ってきたか・・・」
任務で疲れて汚れた体を風呂で洗い流したかったのもあるが、寒いというのも風呂に入りたい理由だった。
寒かったから風呂に入りたかったのに。
イルカは恨めしそうに空を見上げた。
暗い空から降ってくる白い雪は、こんなときでなければ、とても幻想的に映っただろう。
だが、しかし。
今のイルカに、そんな余裕はなかった。
「寒い・・・」
急いで出てきたので、上着を一枚羽織っているだけなので寒さが身に沁みる。
「これじゃあ」
寒さで体が震えてきた。
「銭湯に行っても家に帰るまで、また寒くなるじゃないか」
家へ戻ろうかとも思うが、しかし。
「ここって家と銭湯の中間地点・・・」
それがまた、イルカを悩ませた。
「家に帰っても風呂に入れない、銭湯に行って風呂に入っても帰りが寒い」
果たして、どちらがいいだろうか?
帰るのも癪だし、銭湯に行くのも何だか躊躇われるが。
立ち止まって考えていたイルカの頭や体に雪が降り積もってくる。
悩んでいる間にも雪は止むことはないのだ。
さんざん、迷ってイルカがした決断は・・・。



「あれ、イルカ先生?」
決断をしようとしたイルカに誰かが声を掛けてきた。
暗闇の中から現れたのはカカシだった。
イルカが教え子を通じて知り合った上忍。
挨拶はしたことがあるものの、親しく言葉を交わしたことはなかった。
「あ、カカシ先生・・・」
現れたカカシは防寒用のマントを着ていた。
顔が、ちょっと疲れている。
雰囲気から見て、カカシも任務帰りなのかもしれない。
「こ、こんばんは・・・」
頭を下げると積もった雪が落ちてきた。
「ふふ、どうしたの?」
近づいてきたカカシはイルカの頭や肩に気安く触り、積もった雪を払ってくれた。
「雪まみれですよ」
「あ、はあ・・・」
「こんなとこで立っていたら寒いでしょう?」
「そ、そうですね・・・」
「なにか困ったことでも?」
「いえ、その・・・」
どうもカカシに対しては気後れしてしまう。
上忍という階級、写輪眼、コピー忍者という二つ名、元暗部。
どれをとってもイルカとは同じ忍者といえど、違う世界の人のように思えた。



「あー、そのですね」
イルカは苦しい言い訳を捻り出した。
「こ、これから家に帰る途中なんです」
あははは〜と作り笑いもしてみた。
「そう?」
だがカカシに突っ込まれた。
「雪の積もり具合から見て割と長くここにいたんじゃないですか」
「う・・・」
「家に帰る途中と言っていますが、手に持っているのはお風呂の用具では?」
イルカの姿は、どう見ても風呂に入りにいく人間の格好だ。
口が開いた袋の中からは、タオルだの石鹸だのシャンプーだのが覗いている。
「え、えと・・・」
イルカの言い訳はカカシに簡単に論破されてしまった。
「もしかして」とカカシが首を傾げた。
「イルカ先生の家のお風呂壊れちゃったの?」
「ど、どうして・・・」
そして、あっさりとバレてしまう。
「だって、こんな寒い中、風呂が壊れでもしない限り銭湯なんて行かないでしょ」
「それは、まあ」
「それに、ここに立ち止まっていたのは雪がひどくなってきたから銭湯に行くか家に帰るか、迷いが生じたからじゃない」
「・・・そうです」
カカシは、ズバッと言ってズバッと的中させた。



言い当てられたイルカは恥ずかしくなる。
自分の行動が総て中てられたことで。
カカシ先生に、こんなところ見られたくなかったなあ。
格好悪いじゃん、と。
しかし、カカシを見たイルカは焦ってしまった。
「あ!カカシ先生、雪が!」
立ち話している間に、カカシの頭にも雪が積もってきている。
白いカカシの髪に白い雪が積もって、キラキラと輝いていた。
カカシ先生って雪が似合うなあ。
雪の妖精という言葉が頭を過ぎったが、すぐに掻き消えた。



雪の中を歩いていたカカシは足を止めた。
前方で人の気配がする。
この気配は・・・。
思い当たる人がいたので近づいてみると、やはり思った通りの人だった。
「イルカ先生!」
呼びかけると、こちらを驚いたように見る。
「カカシ先生・・・」
はにかんだようにカカシを見て、一礼するとイルカの頭に積もった雪が落ちた。
頭や体に積もった雪が冷たそうで可哀想でカカシは何も考えずにイルカの雪を払い除ける。
イルカは薄着で手には洗面用具らしきものを持っている。
風呂にでも行くのか?
風呂といえば銭湯だが、ここから少し歩く。
また、この場所からイルカの家までも少し歩く。
どちらも同じくらいの距離だ。
ここにいた理由を聞いてみたが、イルカの返事ははっきりしない。
あげくに家に帰る途中だとか言い出した。
そんなわけないのに。
イルカは、とても寒そうにしていて体が震えている。
いっそのこと家に連れ帰ってしまうか、と思ったときだった。
「カカシ先生、雪が・・・」
カカシに積もった雪を払おうとしたのか一歩、足を踏み出してきたイルカをカカシは捕まえた。



ふわっとマントの中に引き入れてしまう。
イルカは、とても驚いていた。
「カカシ先生!な、何を?」
体を抱きしめると、やはり冷たくなっている。
「イルカ先生、体がとても冷えていますよ。ここから俺の家、近いから行きましょ」
カカシがそう言うと、ものすごくびっくりした顔になって首を勢いよく横に振られた。
「い、いいです!帰りますから!だ、大丈夫ですから!」
「ちっとも大丈夫じゃないです〜よ」
イルカを抱えた腕を放さないまま、カカシは歩き出した。
本当にカカシの家は、すぐそこだ。
これ以上、雪の中、外にいたら風邪を引いてしまう。
「俺の家、オール電化だから風呂なんて、すぐに沸きますよ」
出てくるのが、お湯なので水を溜めて沸かす風呂より時間は短縮される。
それを聞くをイルカの抵抗が、ぴたりと止んだ。
「風呂にすぐ入れるんですか?」
「うん、すぐにね」
そんなことを話しているうちにカカシの家に着いてしまった。



家に着き、中に入るとイルカは物珍しそうに部屋を見回していた。
「ちょっと待っててね、イルカ先生」
断りを入れて風呂のスイッチを押して沸かす。
家の暖房も入れた。
部屋の中が暖まり、体の震えが止まるとイルカは再度、カカシに頭を下げた。
「すみません、お邪魔してしまって」
「いえ、いいんですよ」
座るように促して、キッチンで茶を入れてイルカに差し出すと、すごく恐縮しながら受け取った。
「すみません、ありがとうございます」
さっきから謝ってばかりだ。
「イルカ先生、気にしなくていいですよ。俺がお連れしたんですから」
「でも」とイルカが上目遣いでカカシを見てくる。
「カカシ先生、任務から帰ったばかりでお疲れなのでは?」
「ああ、大丈夫ですよ。日帰りですから」
「そうですか」
言って、茶を啜ったイルカは話すことがないのか黙ってしまった。
なのでカカシから話しかけてみた。
イルカはカカシの前だと緊張している。
もっと仲良くなりたいと思っているのに。
「さきほどもお聞きしましたがイルカ先生の家のお風呂壊れたんですか?」
「ええ、実は」
恥ずかしそうにイルカは頬を染めた。
「任務から帰ってきて風呂に入ろうとしたら点火しなくて。汚れていたので風呂に入りたくて銭湯に行こうと思ったんですけど」
「そうだったんですか〜」
それは災難でしたね、とカカシが慰めると少し打ち解けたのか、ほっとしたようにイルカが微笑んだ。
可愛いな。
カカシはイルカのことを、そう思う。
初めて会ったときから、憎からず思っていた相手だ。
接点を持とうと近づく機会を狙っていたのだが中々、それは訪れなかった。
イルカは人当たりはいいものの、警戒心が強く懐に入るのは至難の業だった。
会ってから日が浅いのも関係しているが。
だとすると今日は絶好の機会ともいえた、仲を深めるのに。



それから風呂が沸きイルカに先に入ってもらった。
イルカは、やっぱり申し訳ないとこの期に及んで辞退を申し出てきたのだが半ば、無理に風呂に入らせた。
「お先にいただきました」
風呂から上がってきたイルカは、ほかほかしていた。
体から湯気が上がっている。
そして、非常に嬉しそうな顔になっていた。
「すっごく気持ち良かったです。カカシ先生の家のお風呂広くていいですねえ」
ニコニコと話すイルカは、つやつやと輝いている。
風呂上りのイルカは髪を下ろしていて、そんな姿は初めて見たカカシは妙にドキドキしてしまう。
「あ、あの俺も入ってきます」
イルカから目が離せなくなりそうで、急いで風呂場に向かった。
「あ、それと」
カカシはイルカに釘を刺した。
「今日は泊まっていってくださいね」
「え、それは・・・」
「だって、外は吹雪ですよ」
窓の外は猛吹雪だった。
「予報では明朝まで続くそうですから。それにイルカ先生、任務帰りなら明日は休みでしょ」
ちょうどいいじゃない、と言い包めた。
ちなみにカカシも明日は休みだ。
「ゆっくりしていってください」
ほくほくと風呂に浸かりながらカカシは呟いた。
「なんか、雪に感謝って感じ?」
イルカ先生とお近づきなれたって感じ?
うきうきとしていた。
カカシの顔が赤くなっていたのは熱い風呂が好きなイルカが風呂の温度を42℃にしたのだけが原因ではない。
「イルカ先生が入ったお風呂か〜」
秀麗な顔をにやけさせて、意味深に何かを考えているカカシ。
顔は、ますます赤くなってきている。
風呂から上がったカカシは、疲れたのかカカシが上がるのを待ちきれなかったのか、すやすやと眠ってしまっているイルカを前にして更に顔を紅潮させたのであった。





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