夏の日に愛す
今日は今年、最後の夏日だって、今朝の天気予報でやっていた。
夏日ってのは気温が二十五度以上三十度未満の日のことらしい。
それより暑い、真夏日も猛暑日は終わってしまった。
熱帯夜も終わり、夜もそんなに寝苦しくない。
ぐっすりと眠れる。
それでも今日は昼は蒸し暑くて、額には汗している。
俺は里の中に届け物をした帰り道、ちょっと休憩しようと涼を求めた。
駄菓子屋でアイスを買ってしまったのだ。
そして、届け物に行く途中に会った教え子たちがいる場所に向かう。
この時間なら、きっと彼らも休憩しているはず。
休憩時間に少しお邪魔させてもらおう。
俺は久しぶりに教え子たちと話ができるなあと、ほくほくしながら足を速める。
あとはまあ・・・。
子供たちの先生をしている上忍師の人に会えたら嬉しいかな・・・。
「よ!」
声を掛けると座って休憩していたと思われる面々が振り向いた。
「イルカ先生!」
同時に名を呼ばれて嬉しくなる。
かつての教え子たち三人は、だっと俺に駆け寄ってきた。
「どうしたんだってば、イルカ先生!」
「イルカ先生、お使い終わったんですか?」
最後の子は、ぺこっとお辞儀をしただけで何も言わない。
彼は無口な子だ。
俺は寄ってきた三つの頭を順々に撫でた。
黄色い髪の頭、桃色の髪の頭、黒い髪の頭。
みんな、いい子たちだ。
可愛いなあ〜と顔がにやける。
子供たちの後ろに大きな影が出来た。
「こんにちは」
大人の声。
低い割りに、よく響くその声は。
カカシ先生の声だった。
今の子供たちの先生で、上忍師の人だ。
もちろん、上忍で有名で実力者で。
すごい人だった。
「あ・・・。こんにちは」
俺は慌てて、頭を下げた。
「休憩中にお邪魔してすみません」
持っていた袋を掲げて見せる。
「もし、よかったら差し入れ持ってきたんですが・・・」
駄目って言われるかな?
ちら、と視線を走らせるとカカシ先生は出ている片目を細めた。
「それはそれは、ありがとうございます」
丁寧にお礼を言われる。
「ぜんぜん、邪魔じゃありませんよ。大歓迎です」
とても親切。
子供たちは差し入れの言葉に途端、わーっと騒いで煩くなった。
「イルカ先生、差し入れって?なになに?」
「ああ、アイスだよ」
「アイス、嬉しー!」
「俺も食べたい」
「人数分あるからな」
袋からアイスを出して配っていく。
普通の棒アイスだけどね。
「カカシ先生もよかったら、どうぞ」
上忍の人はアイスなんて食べないかなと思ったが、差し出すと受け取ってくれた。
ほっ、よかった。
「イルカ先生は?」
子供たちに問われる。
実は自分の分も買ってきてあるんだよね。
子供の頃から、このアイスが好きでさ。
俺も休憩ってことで。
カカシ先生にも誘われたので、皆と一緒に木陰に座ってアイスを食べることにした。
子供たちは三人固まって、わいわいとアイスを食べている。
何だ彼んだ言っても仲がいい。
俺は、そんな子供たちを微笑ましく見ながら、アイスに噛り付いた。
しゃりしゃり。
アイスはカキ氷状になっていて、口の中で氷が解けると、さっぱりする。
はっきり言って、うまい。
俺はカカシ先生と一緒に並んで座って、アイスを食べていたのだが。
カカシ先生の方を見ていいものか、迷っていた。
というのは、カカシ先生って人は顔は額宛を斜めがけして片目を隠し、更に覆面で顔半分が隠している。
つまり片目だけ出した状態で、顔の大部分は見えないのだ。
どんな顔なのか、素顔を見た人は俺の周りにはいない。
そんな人がどんな顔をしているのか、どんな風にアイスを食べているのか・・・。
気にならない訳がない。
気になって、しょうがない。
黄色い頭の教え子なんて「いつか絶対に素顔を見てやるんだってば!」と勢い込んでいたのを覚えている。
・・・まあ、俺は大人だから。
見たいのを我慢して、アイスを食べることに専念した。
「美味しいですね」
黙ってアイスを食べていたら、意外なことにカカシ先生の方から話しかけてきてくれた。
カカシ先生に話しかけれた俺は、どきどきしてしまう。
事務的なことは、よく話すが、こんなプライベートなことというか普通の会話ってしたことがなかったかもしれない。
「そうですね」
当たり障りのない返事をする。
「暑い日にはアイスって、いいもんですねえ」
穏やかな物言い。
しゃり、とカカシ先生がアイスを齧る音がする。
「そうですね」
・・・同じ返事しかしてない、俺。
緊張しているのかな、やっぱり。
そういや、子供の時分には夏の暑い日に冷たいアイスは定番で、よく食べたものだ。
今は、そんなには食べる機会がないが。
俺は何気なく言った。
「夏の日にアイス、いいですよね」
夏と書いてアイスと読むようなものだ。
だけど、その直後。
ぴた、とカカシ先生の気配が固まったように感じた。
何事かと思わず、カカシ先生の方を向くと・・・。
アイスに齧り付いたままの状態で固まっていた。
出ている片目を大きく見開いたまま。
額宛は斜めがけのままだったけど、覆面は下ろされていて。
ばっちりと顔を見てしまった。
カカシ先生の顔・・・。
すっきりと整った顔で。
言っちゃなんだか、悔しくなるくらい男前な顔をしていた。
男の俺でも見蕩れてしまうくらいの。
あんまりにもカカシ先生が固まっているので、俺は心配になってきた。
動きを止めたまま、俺を凝視しているし。
見つめられると居心地悪くなってくるし。
なにより、齧り付いたままのアイスが融け始めている。
「カカシ先生!」
融けるアイスが気になって、俺は呼びかけた。
「アイス!融けてますよ!」
「あ・・・」
カカシ先生の口元から融けたアイスが滴り落ちようとしている。
急いでカカシ先生はアイスを口に入れた、全部。
冷たいアイスを急いで食べて、きーんとしたのかカカシ先生は額を押さえている。
・・・俺も子供の頃に、よくやった。
カキ氷を急いで食べて、頭がきーんとなって悶絶したものだ。
ちょっと懐かしい。
子供たちは、とうに食べ終えて話に夢中になっている。
俺もアイスを食べ終わった。
「大丈夫ですか?」
額を押さえているカカシ先生。
「だ、大丈夫です」
顔を上げたカカシ先生の覆面は元に戻って、顔を覆い隠していた。
残念、もっと見たかった男前の顔。
「あの、イルカ先生」
「はい?」
アイスを食べ終わったカカシ先生が確認するように聞いてきた。
「さっき言ったこと・・・。本当ですか?」
さっき言ったことって何だろう?
俺、何か言ったっけ。
思い当たる節がないので首を捻っていると、やおらカカシ先生が俺の手を握ってきた。
カカシ先生の手は、ひんやりとしていて気持ちがいい。
この人、汗掻かないのかな?
それとも上忍は暑さに強いとか。
「本当ですか?」
カカシ先生が俺の手を握ったまま、思いつめたような真剣な面持ちで詰め寄ってくる。
「な、何をですか・・・」
余りにも切羽詰った顔なので何事かと思ってしまった。
俺、なんか変なことでも言ったのかと。
「言ったじゃないですか」
カカシ先生は尚も言う。
「何を・・・、でしょうか」
カカシ先生、ちょっと怖い。
顔が、もう鼻先まで近づいていて、ぶつかりそう。
ってか、座っているまま、詰め寄られているので後ろに引っくり返りそう。
映画のワンシーンのような、一世一代の告白みたいな感じになっている。
「イルカ先生、言ったじゃないですか」
だから、何を!
「夏に日に愛す、って」
「・・・・・・は?」
「夏の日にだったら愛してくれるんでしょう?」
「・・・・・・ん?」
「夏の日に告白したら愛すって確かに言いました!」
「・・・・・・え?」
何か、あのー。
誤解されているような・・・。
「じゃあ、夏の日の今、俺が告白したら俺を愛してくれるってことですよね?」
そうですよね?そうでしょう?それしかないでしょう!とカカシ先生は畳み掛ける。
だいたいにして、俺、そんなこと一言も言ってないし。
カカシ先生って、こんな人だったけ?
それにしても、何を勘違いしているんだろう。
勘違いするにしても、一足飛びに告白したら愛してくれるって・・・。
告白・・・?
愛して・・・!
カカシ先生の言ったことが脳内に届き、理解すると同時に、はっとなった。
この人、何を言っているんだと。
「夏の日に愛す、いいですね、とイルカ先生は言いました」
カカシ先生は言い募る。
「夏の日に愛す・・・」
それってさ。
「それは夏の日に『愛す』ではなくて、夏の日に『アイス』ですよ」
ようやく分かった俺は訂正を入れた。
食べる方のアイスです、って。
「そんなあ〜」
カカシ先生は、がっくりと肩を落とした。
「チャンスだと、大チャンスだと思ったのに。ようやく、俺にも春が来たかと思ったのに・・・」
春が来たってなんだ・・・。
「会った瞬間に一目惚れして、いつか必ず告白しようとチャンスを虎視眈々と狙っていて、今だ!と思ったら違うなんて」
一目惚れって、カカシ先生が俺に?
にわかには信じられない。
だって、男同士じゃん・・・。
なんだけど、カカシ先生の顔にも言葉にも嘘はないように思えるし。
困ったなあ。
・・・・・・・・困った、色々と。
どうしようと困った俺は結論を下す。
こんなときは逃げるに限るだ。
俺はカカシ先生に握られていた手を、そっと外した。
「カカシ先生・・・」
「イルカ先生・・・」
成り行きで見詰め合うが。
「じゃ!俺、この辺で失礼します」
「ええっ!」
「暑いけど頑張れよ!」と子供たちに声を掛けて一目散に駆け出した。
幸いにも子供たちにはカカシ先生と俺との会話は聞こえてなかったようだった。
ダッシュでカカシ先生と子供たちから遠ざかる。
見えなくなったところで、一息ついた。
「ふーっ」
額の汗を拭う。
額だけではなくて、全身、汗びっしょりになっていた。
顔も火照っている。
これは夏の暑さの所為だけじゃなくて。
暑さの所為だけじゃなくて、まあ、その・・・。
自分でも解りすぎるほど解っている。
だって!
俺も額宛を斜めがけして覆面で顔を覆っている怪しげな風貌のカカシ先生を初対面で好きになっていたから。
だから、びっくりしたんだ。
びっくりして逃げ出してきてしまった。
カカシ先生、ごめんなさい。
夏の次の季節は秋だけれども、どうやら俺にも遅い春が来そうであった。
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