あなたの名前
イルカは、上忍アスマを探して、彼方此方を歩いていた。
先ほど、任務関係の急ぎの書類を手渡そうと上忍の待機室を赴いたのだが不在で「煙草を買いに行ってる。」と紅に教えられたのだ。
紅はアスマと同じく上忍で、且つ、イルカのアカデミーでの教え子達の上忍師でもある。
「ありがとうございました。もし戻ってきたらここで待っていただくようにお伝えください。」
イルカは紅に伝言を頼み、礼を述べるとアスマを探して煙草の販売所、喫煙所と行ってみたのだが、なかなか見つからない。
「どこに行っちゃったのかなあ。」
渡す書類は重要なもので、本人に直接手渡するのが義務付けされている。
しかも急ぎだ。
イルカは、とぼとぼとアカデミー内、受付けとアスマを探し回った。
中々、見つからないアスマを探しながらイルカは、なんとなく別のことを考えてしまう。
そういえば、今日のお弁当、カカシさんが作ってくれたんだっけ。
カカシも弁当持参するからとイルカの分も作ってくれたのである。
俺の好きなものばかり、入れてくれたって言っていたよなあ。
カカシのことを考えると沈んでいた気持ちが一気に浮上した。
時間が合うようなら、お昼を一緒に食べましょうって言っていたっけ。
もう直ぐ、昼の休憩時間だし、カカシさんに会えたら、すごく嬉しい。
朝、別れたばかりなのに、外で会えたら嬉しさが増すのは何故だろう。
カカシさんを外で見かけると、なんかこう、家の中とは違う感じで、胸のどきどきがするんだよな。
そんなことを一人で勝手に考えて、一人でイルカは顔を赤くした。
つらつらと、そんなことを考えていたイルカの視界に捜し求めていた人物が、急に飛び込んできた。
アスマである。
廊下の角を曲がろうとしていて、ここで引き止めなければ、きっと、また見失ってしまう。
イルカは大声で叫んだ。
「カカシさん!」
イルカは自分の言った言葉に、はっとして口を押さえたが後の祭りだ。
出てしまった言葉は取り消せない。
だが、アスマはイルカの声に立ち止まり「ん?」と振り向いた。
「なんだ、イルカじゃないか。カカシなら、ここにはいないぜ。」
「え、えと。カカシさんじゃなくて、アスマ先生に用事が・・・。」
「俺に?」
「そ、そう。そうなんです。」
イルカは、しどろもどろだ。
「でも、カカシの名前を呼んだよな?」
アスマは悪気があったわけではないのだが、なんとなく追求してしまった。
カカシとイルカの仲は知らない訳ではなのだが、ちょっとイルカが面白い。
「よ、呼びましたけど・・・。」
「俺とカカシって容姿に共通点ってないよな。」
「・・・同じ上忍じゃないですか。」
「それは階級だろ。」
「男性だし。」
「そりゃ、容姿じゃなくて性別だろ。」
「だ、だって。」
イルカは本当に動揺していて、言葉を発すれば発するほど自ら深みに嵌っていく。
「べ、別に俺、始終カカシさんのこと考えてるわけじゃないんです。」
「ほおお。」
「今日はお昼に弁当をカカシさんが作ってくれて・・・。」
「手作り弁当か。やるなあ、カカシ。」
「弁当に俺の好物ばっか入れてくれたって言っていたんで、嬉しくて、その。」
「へええ、愛されてるなあ、イルカ。」
「だ、だから、ちょっとだけ、そのこと考えていたらですね・・・。」
「ふむふむ。」
アスマは、イルカのことを弟のように憎からず思っていたので、イルカの話を微笑ましく聞いていたのだが、イルカは弁解に必死だった。
アスマのことをカカシと間違えて呼んでしまうなんて。
しかもカカシのことを考えていたら、それが口から出てしまったなんて。
俺って俺って・・・。
「だから、本当につい、間違えて呼んでしまったんです。」
はあはあと息を切らして、真っ赤な顔で懸命に説明するイルカは当初の目的をすっかり忘れていた。
手に持っていたアスマに渡す書類は、力いっぱい握ってしまい、ぐしゃぐしゃになってしまっている。
「まあまあ、落ち着け。分かったよ。このことは誰に言わねえから。」
アスマはイルカの肩を、ぽんぽんと叩いた。
「それより俺に用があったんじゃないのか。だから、呼び止めようとしたんだろ?」
「そ、そうでした。」
漸くイルカは気が着いて手の中の書類を見たのだが、既に書類は無残な形になっていた。
「ああっ、どうしよう。」
書類と見てイルカは真っ青になる。
「大事な書類なのに。」
「いいっていいって。」
アスマはイルカの手から書類を奪い取ると壁に押しつけて、手で伸ばした。
「ほら、こうすりゃ大丈夫だ。充分、読める。」
「すみません。」
イルカは、しょんぼりと肩を落とす。
重ね重ねの失敗で落ち込んでしまう。
「気にすんなって。」
イルカらしくねえなあ、とアスマは慰めるつもりでイルカの肩に手を回した。
「偶には、こういうこともあるさ。」
「すみません。」
再びイルカは謝って、それから少し微笑んだ。
そこへ絶妙なタイミングで声がした。
「あっー!」
噂のカカシの声であった。
弁当片手に携えたカカシがイルカとアスマの様子を見て大声をあげていたのだ。
「イルカ先生!アスマ、何してんのさ。」
つかつか、と二人の傍に来たカカシは無理矢理、二人の間に体を割り込ませてイルカとアスマを引き裂いた。
「ちょっと、俺に無断で、勝手にイルカ先生に触らないでよ。あ、断っても許可はあげないけど。」
「カ、カカシさん、どうしてここに?」
先ほどのことを思い出してイルカの顔は真っ赤になる。
「どうしてって、お昼のお誘いに来たんだけど。」
カカシが手に持った弁当を持ち上げて見せた。
「もう昼だし、イルカ先生も休憩かなあと思ってね、探しに来たの。」
事情を知らないカカシは、にっこりと笑って「一緒にお弁当食べましょう。」と言っているのだが、イルカの目にはカカシの後ろに立つアスマの顔が嫌でも目に入った。
アスマは、人の悪い笑みを浮かべている。
あのことを今にも喋りだしそうだ。
いや、アスマに限って言うはずはないと思いながらもイルカの腰は引けた。
「さ、行きましょう。」
カカシが無邪気に手を差し出してきたのだが、イルカはカカシの顔を真面に見ることはできない。
「あ、あの、カカシさん。」
「はい?」
「きょ、今日の昼は・・・。」
耐え切れなくなったイルカは、くるりとカカシに背を向けて「一人で食べます!」と叫ぶように言うと、だっと走って行ってしまった。
「ああっ、イルカ先生〜。廊下は走っちゃいけませんって。」
虚しく中に手を伸ばすカカシ。
「もう、なんで行っちゃうの〜?」と悲しそうにしている。
アスマは我慢できなくなって「くっくっくっ。」と後ろで笑いを漏らしていた。
カカシとイルカは二人でいると面白さ倍増だ。
そんな失敬なことも思ってしまっていた。
「アスマ、何か知っているんでしょう?」
カカシはイルカとは打って変わった態度でアスマを睨みつけた。
「イルカ先生、顔、真っ赤だったし。イルカ先生に何したの?」
目が三角になっている。
「何って、何にもしてねえよ。」
笑いを堪えながらアスマは答えた。
「どちらかと言うと俺がイルカにされた方だ。」
アスマの言い分に、さっとカカシの顔色が変わった。
「アスマ、イルカ先生に何されたの!吐け、今すぐここで!」
形相が変わっている。
「それはイルカに聞けよ、俺は言わないって約束したからな。」
だから俺は言わねえよ、とアスマが、もう一度言うとカカシは「むむむ。」と唸った。
アスマは割と口が固い。
「イルカに聞いた方が早いぜ。」
アスマはカカシに余計なアドバイスをした。
「それにイルカと一緒に昼飯、食べるんだろう。」
「あっ、そうだ!」
カカシはイルカを追いかけることに決めたようだ。
「じゃあな、アスマ。」
御座なりな声を掛けるとカカシは、どろんと消える。
一人取り残されるはアスマ。
アスマは手にした書類を見ながら、のんびりと歩き出し呟いた。
「平和だなあ。」
正に、その通りだった。
text top
top