猛吹雪
窓の外を見てイルカは、ふっと息を吐いた。
外は真っ暗なのに激しい風で煽られた雪が白く輝いている。
とうとうと吹く風が空からの雪を舞い散らせていた。
要するに外は銀世界で、しかも吹雪いていたのだ。
猛吹雪というやつだ。
「寒そうだな」
外を見ていたイルカは一人呟いた。
「ここは、こんなに温かいのに」
イルカがいるのは受付所であった。
時刻は深夜、日付は十二月三十一日。
今日は大晦日である。
受付所には当番のイルカの他は誰もいない。
イルカ、ただ一人が受付所にいる。
大晦日という日は、たいてい家族で過ごす者が多い。
そして正月も家族で過ごすのだ。
一年の締めくくりと新年の初めを過ごす家族もいないイルカは自ら、
大晦日の受付の当番を買って出た。
家に一人きりでいても寂しいから。
それは受付所でも同じことではあったけれども。
少なくとも受付所にいれば報告書を出しに来る誰かを待っていられる。
そう思うと少しだけ寂しさが紛れるような気がした。
でも、とイルカは一向に止む気配のない窓の外の吹雪を眺める。
こんなに吹雪いてたら、もう誰もここには来ないかも・・・。
受付所に報告書を提出しに来ようとしても雪が止んでから来た方がいいだろう。
ここに来るまでに雪だるまになってしまうかもな。
そんなことを考えて、イルカはくすりと笑いを漏らした。
そういえば・・・。
窓ガラスを手で触ると冷たい。
外の寒さが伝わってくるような。
イルカはある人を思い出していた。
カカシさん、大晦日まで任務だったな。
この吹雪の中、どこにいるのだろうか。
安否が気遣われる。
あったかい場所にいるといいけどな。
任務の予定が入る前にカカシはイルカに誘っていた。
「お互い、予定がなければ大晦日と正月を一緒に過ごしましょう」と。
年末年始、誰かと一緒に過ごす。
そのことにイルカの気持ちは弾んだ。
一人ではない。
久しぶりの楽しい年末年始になるはずだったのに。
「ま、任務ならしょうがない」
イルカの口から寂しげな声が出る。
楽しい計画は直前で潰れてしまったのだ。
カカシの急な任務で。
「ごめんね、イルカ先生」
ひどく残念そうな声で謝ってきたカカシは悲しそうな顔をしていた。
「俺、突然、任務が入ってしまいまして」
「いいんですよ、俺のことは気にしないでください」
イルカは落胆した気持ちを隠して明るくカカシを励ました。
「俺のことより任務の方が大事です。お気をつけて」
任務に出発前のカカシにそう言うとカカシは僅かに眉を顰めていた。
「任務も大事ですけど、俺にはイルカ先生も大事です」
「・・・え」
「大晦日までに必ず帰ってきますから、せめて正月は一緒に過ごしましょう」
それだけ言ってカカシは任務に行ってしまった。
そのカカシの言を思い出してイルカは吹雪く雪を見つめる。
「こんなに雪がひどかったら・・・」
今日中、大晦日に帰ってくるのは無理だ。
時計も零時になろうとしている。
もう十数分で新年なのだ。
受付所で新年を迎えるんだなあ、俺。
「今年もありがとう」
誰ともなしにイルカは言った。
「一年、健康で無事に過ごせたし」
来年も、きっと今年のような年になるだろう。
いや、なるに違いない。
ま、それでいい。
来年の抱負なんてないのが俺らしい、と自嘲気味にイルカが笑った時だった。
がらがら、と大きな音を立てて受付所の引き戸が開けられた。
その音にイルカが、はっとして振り向くと、そこに立っていたのは・・・。
くだんのカカシであった。
「カカシさん!」
イルカはカカシの名を叫んで急いで傍に駆け寄った。
「わ!すごい雪ですよ、大丈夫ですか?」
カカシの体は防寒用のマントに包まれていたものの、その上には雪が、どっさりと乗っていたのだ。
まさにイルカが思っていた雪だるまのようになっている。
イルカは、その雪を慌てて振り払う。
カカシの体に乗っていた雪は、どさどさっと受付所の床に落ち、たちまち融け始めた。
床に黒い水の染みができる。
こんなに体に雪が積もっていたらならばカカシの体は相当、冷えているに違いない。
「すみません、お手数お掛けてして」
カカシは一言、言うとマントを脱いだ。
頭を振ると銀髪が揺れて、水滴となった雪が飛び散った。
「寒かったでしょう、こちらにどうぞ」
イルカは受付所内を温めているストーブの前に椅子を置くとカカシに座るように促した。
「あったまってください」
「ありがとうございます」
丁重に礼を言ったカカシは椅子に座ってストーブに、かじかんだ手を翳す。
「温かいです」とカカシは嬉しそうに微笑む。
「よかった・・・」
笑ったカカシの顔を見てイルカは胸を撫で下ろす。
受付所にあった、温めてあった缶コーヒーをカカシに渡した。
「ブラックですが」
それがいいです、ありがとうございます、とカカシはイルカからコーヒーを受け取り、
両手で持つと、ふうふうと冷ましながら飲み始めた。
イルカも、ちょっと一息とコーヒーを飲む。
そしてカカシに話しかけた。
「こんな吹雪の中、帰還するの大変だったんじゃないですか。
どこかで一時、逗留をしたらよかったのに」
こんな吹雪では遭難してもおかしくはない。
「まあ、それも考えたんですけど」
コーヒーを飲んで落ち着いたのかカカシはイルカの方へ視線を寄越してきた。
「雪は俺の進行を邪魔するし風は冷たく凍えそうで、何もかも嫌だ〜って気分になってしまっていたんですが」
やはり猛吹雪の中の帰還はカカシでも大変だったらしい。
「里に帰ればイルカ先生に会えると思って自分を叱咤激して帰ってきました」
「俺に会うために?」
カカシはイルカに会うために、この吹雪の中、わざわざ里に帰ってきたのか。
「そうしたら受付所にはイルカ先生がいて」
にこ、とカカシは嬉しそうに笑った。
「一年の最後に会ったのがイルカ先生で」
カカシの笑顔にイルカは魅了される。
「一年の最初に会ったのもイルカ先生で」
すっとカカシは座っていた椅子から立ち上がり椅子に飲みかけのコーヒーを置くと
、イルカの隣へと来た。
カカシの座っていた正面にイルカはコーヒー片手に立っていたのだ。
「新年から俺は、すっごくついています」
イルカの両頬がカカシの手で包み込まれる。
ちょっとだけイルカは、どきどきしてしまう。
「好きな人に新しい年の最初に会えるなんて」
そう言ったカカシの顔がイルカに近づいてきて、何かをしようとしたのだが・・・。
「ちょーっと待ってください!」
強い力でカカシはイルカに押し返されてしまった。
「新年から何、とぼけたこと言っているんですか?エイプリールフールには、まだ早いですよ」
「イルカ先生?」
イルカの反応にカカシは、ちょっと驚いている。
ここまで来たら普通、言わんとしていることが分かるだろう、察せられるだろうと思っていたのだが。
イルカには通用しなかった。
「それに言う言葉が違うでしょう!」
「え、なにが?」
カカシの方が戸惑っている。
時計を見たイルカは何かを確かめて頷きカカシに頭を下げた。
「明けましておめでとうございます」
零時を過ぎて一月一日になっていた。
「あ、おめでとうございます」
カカシも倣って頭を下げて新年の挨拶をする。
「今年もよろしくお願いします」
礼儀正しくイルカは言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
顔を上げるとイルカが笑っていた。
「新年からカカシさんに会えるなんて嬉しいです」
本当に嬉しそうに笑っている。
「年越しも新年も一人だと思っていたので」
はにかんだように言う。
「実は、ちょっと俺、寂しかったんですよね」
「イルカ先生・・・」
その笑顔に押さえが利かなくなったのかカカシはイルカの腕を掴むと自分の方へと引き寄せた。
今度は逃げられないように、がっちりと腕の中に囲ってしまう。
「やっぱり好きです、イルカ先生」
「カカシさん?」
「告白しようと、ずっと機会を伺っていて。年末年始を一緒に過ごして、いい雰囲気を作って告白しようと思っていたんですが」
カカシは熱い言葉を放つ。
「ずっと前から好きでした、イルカ先生ことが」
耳元で囁かれた。
「恋人になってください、俺の」
イルカの耳にカカシの言葉は、しっかりと届いた。
心臓が先ほどの比ではないほど、どきどきとしてくる。
「でも、俺たち男性同士で」
「愛は総てを凌駕して超越します」
「だって、そんなこと言われても」
「さっき、俺に会えて嬉しいって言っていたじゃないですか」
俺のことが本当は好きだから会えて嬉しいんじゃないですか、と畳み掛けるように言われてイルカに逃げ場はなかった。
カカシに言われると、そんな気持ちになってくる。
「俺のこと好きって言ってくださいよ」
甘い声にくらくらとしてしまう。
つい、言ってしまった。
「カカシさんが好き、です」
「俺もイルカ先生のことが好きです」
腕の中のイルカをカカシが、ぎゅっと抱きしめた。
抱きしめられたイルカの心は、ほわほわとしてくる。
心地が良い。
これが好きってことなのかな。
カカシの顔を見ると幸せそうな顔をしている。
なんだか、これでいいのだとイルカは思い始めていた。
窓の外は相変わらずの猛吹雪でとても寒そうだ。
対して受付所は・・・。
ストーブの炎で温かく、そして。
カカシとイルカの恋の炎で別の意味で熱かった。
この猛吹雪なら当分、受付所にやってくる者はいないだろう。
新年からカカシはイルカの心を射止めて恋人になるのに成功して。
イルカもカカシのことが好きになり始めていて。
二人にとって良い年になりそうな兆しがしていたのであった。
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