最初の一歩
ある日の午前中。
紅は暇を持て余していた。
今は上忍控え室に一人でいる。
待機しているのだが話し相手も、からかう相手もいず暇だった。
「あの、すみません」
控え室を訪ねてくる者がいた。
「紅先生、お暇ですか?」
扉を開けて、そう聞いてくるのは紅もよく知っている中忍のうみのイルカであった。
イルカは紅が指導している下忍の子供たちのアカデミーの元担任で懇意にしている。
面倒見がよく、生真面目で明るいイルカを紅は好いていた。
「あら、どうしたの?イルカ先生」
紅が美しい顔に微笑を浮かべるとイルカは、ほんのりと赤くなった。
照れたのだろう。
このような感情が素直に出るところも気に入っている。
「ええ、あのですね。実は、ご相談がありまして・・・」
言い難そうに目を伏せる。
「相談?」
暇な時間には、もってこいだ。
それに真面目なイルカの悩みとは何だろうと好奇心もあった。
「いいわよ、暇だから」
こっちにいらっしゃいな、と紅はイルカを控え室に招き入れた。
「私一人だから安心して。当分、誰も戻ってこないし」
「あ、はい」
紅の横に座ったイルカは緊張しているのか、握った拳を膝の上に置いて身を硬くしている。
「相談って、なあに?」
紅は優しく聞いてみた。
「は、はい」
姿勢を正したイルカは、真っ直ぐに紅の目を視線を合わせてくる。
「恋愛経験豊富で百戦錬磨の紅先生に、ぜひとも相談したことがありまして」
「恋愛経験豊富で百戦錬磨?」
「はい、カカシ先生が仰っていました」
「・・・そう、カカシがね」
「そ、それでですね」
何を思ったのか、イルカの顔がぽっと赤くなった。
「あの、その」
なかなか、本題に入らない。
恋愛経験というからには、それに絡んだことに間違いはないだろう。
結婚したいとか、プロポーズの言葉とか?
それとも浮気されて二股されたから復讐したいので、その方法とかかしら?
だが紅の予想は、どれも違っていた。
「あ、あの」
イルカから出た言葉は思いもかけぬものだった。
「好きな人と・・・」
「好きな人?」
やはり恋愛絡みだ。
「好きな人と手を繋ぐにはどうしたらいいでしょうか?」
「好きな人と手を繋ぐ?」
「はい!」
「手を繋ぐ、だけ?」
「そうです!」
イルカは真剣だった。
「好きな人と手を繋ぎたいんですけど、どう切っ掛けを作ったらいいのか分からなくて」
「そ、そう」
自分には経験のないことなので紅は面食らう。
手を繋ぐってのが相談って・・・。
いまどき、こんな人もいるのか、と思ってしまうほどだ。
「ええとストレートに手と繋ぎたいって言ったら、どうかしら?」
「どのタイミングで?」
「タイミングって言われても・・・」
「手を繋ぎたいなあ、と思って一度、勇気を出して軽く冗談めかして言ってみたんですけど、相手の方が『じゃあ、イルカ先生から手を繋いできてください、俺はいつでもオッケーです』と言って」
「え?」
紅は聞きのがさなった。
俺って男ってこと?。
しかしイルカは気がつかないようで熱心に話している。
「俺から手を繋ぐっていっても、どうしたらいいかと。相手に気を遣わせないで、なおかつ、自然な流れで手を繋ぐのって、どうやったらいいんでしょうか?」
「そ、そうねえ、難しいわねえ」
紅は立てた人差し指を頬に当てて考えている振りをしていたが内心、焦っていた。
好きな人と手を繋ぐことでイルカが悩んでいることと、イルカの好きな人が男性らしきことで。
「手を繋ぐねえ、何か正当な理由でもあったらいいかもね」
「正当な理由?」
「そう、物を手渡しするとか」
「手渡し・・・」
「後は何かの拍子に相手が倒れそうになったら支えてあげる、ついでに手も繋ぐ」
「なるほど」
何も思いつかない紅が、もっともらしく言うのをイルカは、いちいち頷いている。
しかし手渡しで手を繋ぐことが可能だろうか、そして倒れるって、どんなとき?と疑問が生じないでもない。
「他には?」
「ほ、他?えーとね」
手を繋ぐのことで悩んだことが紅は何とか考える。
「あ、そうだわ!」
名案を思いついた。
「いい方法があるわよ」
にっこりと笑う。
「いい方法とは?」
イルカが身を乗り出してくる。
「あのね、お酒を飲みましょうって誘ってね、相手を酔わすのよ」
「お酒で酔わす?」
「そうよ」
紅は説明した。
「私は酔ったことがないから分からないけど、酔うと千鳥足になるでしょ。だから、危ないですよと言って手を繋いであげればいいのよ!」
「それはいいですね!」
イルカは目を輝かせた。
「それなら、堂々と手を繋ぐことができますね!」
イルカの顔にも笑顔が浮かぶ。
「善は急げです、早速やってみますね」
「頑張ってね!」
「ありがとうございます」
嬉しそうにイルカは紅に礼を言うと、お昼の約束が、と慌しく控え室を出ていってしまった。
イルカが出て行ってから紅は、ふうと息を吐いた。
「イルカ先生の好きな人ねえ」
好きな人がいたのも驚きだが、その相手にも驚きだ。
「ん〜、でも・・・」
イルカは会話の中で相手が自分のことを『イルカ先生』と呼んでいるようなことを言っていた。
「イルカ先生を『イルカ先生』って呼ぶ忍者って限られているんじゃ・・・」
なんとなく、紅は嫌な予感がした。
そして、こういうときの予感はよく中る。
昼が過ぎ、ぽつぽつと上忍控え室に人が集まってきた。
その中の一人に、はたけカカシがいた。
紅と同じく、下忍を教えている。
そして、その下忍の子供たちもイルカがアカデミーで担任をしていたのだ。
カカシは傍目から見ても機嫌が良さそうであった。
「ああ、生きているって素晴らしい!」なんて言っている。
そして定番の本を取り出して開いていたが、読んでいる様にはとても見えず顔がにやけていた。
聞きたくなかったが紅は聞いた。
「・・・ねえ、何かいいことあったの?」
すると待ってましたとばかりに、カカシが本を閉じると勢いよく話し始める。
「あのねえ、さっきイルカ先生とお昼を一緒に食べていたらねえ」
イルカ先生!
そういえば、お昼の約束が、と言っていた。
「今夜ね、お酒を飲みに行きましょうって誘われてちゃったんだ〜」
お酒!
「ふふふ、イルカ先生から誘ってもらうの初めてなんだよねえ」
カカシは、とても嬉しそうで満面の笑みだ。
「今日は少しでも進展するように頑張るぞ!」
何やら張り切っている。
紅は尋ねずにはいられなかった。
「頑張るって何を?」
「それはねえ」
カカシは照れたように、頭をガシガシと掻いた。
「俺、イルカ先生と手を繋いだことがなくてねえ。手を繋ごうとすると、すっごく緊張しちゃって。この前、イルカ先生の方から『手を繋ぎませんか?』って言ってくれたのに俺、『じゃあ、イルカ先生から手を繋いできてください、俺はいつでもオッケーです』って格好つけて心にもないこと言っちゃったんだよねえ」
心底、後悔したようなカカシの声がする。
「だから!」
ぐっとカカシが拳を握り締めた。
「今日はイルカ先生をお酒で酔わせて、歩けなくなったところを俺が送るといって手を繋ぐ!」
メラメラと燃えていた。
それは、私がイルカ先生にアドバイスしたのと同じ内容なんだけど、とは紅は言えず。
賢明にも黙ることに終始した。
ま、二人とも同じことを考えているんだったら上手くいくでしょ。
そして気になることもある。
イルカ先生はカカシのことを好きな人って言っていて、カカシもイルカ先生のことが好きみたいなんだけど。
二人は恋人なのかしら?
女性は恋の話が大好きで紅も例外ではなかった。
お互いを意識しちゃっているけど恋だと自覚してないパターン?
なんだかワクワクする。
友達以上恋人未満な二人。
そんな関係はドキドキしてしまう。
・・・ああ、私も恋がしたいわ。
盛り上がるカカシを余所に、そう思ってしまう紅であった。
次の日。
二日酔いのイルカは記憶がおぼろげであったがカカシは一日中、甘い雰囲気とピンク色のオーラを出していたのであった。
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