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「これはいったい・・・どういうことでしょう?」
頬を引き攣らせたイルカが正面に立つアスマに尋ねている。
「どういうったってなあ」
明らかに答えたくないという態度のアスマは火の点いてない煙草を口に銜えて、明後日の方向に視線を遣っている。
ひくひくとイルカの頬は動いて今にも泣き出しそうに見えないこともない。
「俺はすっごく!」
イルカの声は悲鳴のようだった。
「困っているんです!」
「そう言ったってなあ」
アスマは漸くイルカに眼を向ける。
イルカの向ければ、当然の如くイルカの傍らに立つ人物も視界に飛び込んできた。
正直・・・・・・余り見たくない。
見たくないのはイルカではなくて、イルカの傍らに立つ人物がしている、イルカに対する行動であって別にイルカは悪くない。
「本当に困っているんですから!」
「いやー、だってなあ」
アスマはポケットからライターを取り出して煙草に火を点けようか、迷っている。
結局、火を点けて煙草の煙を吸い込んだ。
「誰も困ってないぜ」
すっとイルカを指差す。
「イルカ以外はな」
ぐっと言葉に詰まったイルカは手を握りこむ。
握りこめば、傍らの人物が無理くり指を絡めるようにして繋いでいる手も一緒に握りこむことになる。
それが嬉しかったのか、傍らの人物は嬉しそうに、にこりと笑う。
そして繋いでいる手でイルカを引っ張った。
「イルカさん、もういいでしょ。帰りましょ、家に」
「カカシさん・・・」
イルカに傍らにいたのはカカシであった。
あの、はたけカカシだ。
あの、記憶を失ってから今だ記憶が戻らずのカカシだ。
「髭と話していたって俺たちの時間の無駄ですよー」
「時間の無駄って!」
またもやイルカが悲鳴のような声を上げる。
「カカシさんの事を話しているんですよ!記憶が戻らないままでいいんですか?」
「んー、別に日常生活にも忍者生活にもイルカさんとの生活にも、なぁ〜んにも支障はないので」
「そういう問題じゃないでしょう!」
イルカはカカシののんびりした態度に、いきり立っている。
「このままでいい訳ありません!」
「イルカさんたら真面目だなあ」
微笑んだカカシはイルカの頬を指で突付く。
「まあ、そんなところもイルカさんのたくさんある可愛さの一つで。つまり要するに可愛いだけなんですけどねえ」
「カ、カシさん・・・」
イルカの肩がふるふると震えている。
それは憤りからくるものなのか、羞恥からくるものなのか。
はたまた、カカシの言う通り可愛さ故のものなのか・・・。
アスマには解らなかったが、解らないままでいいとアスマは思った。
「まあ、何だな・・・。あれだ、元気だせ、イルカ」
慰める気がないアスマが慰めの言葉を棒読みして、イルカの肩を叩こうとして傍らに立つカカシに睨まれた。
「分かった分かった。イルカには触らねえから。殺気を仕舞えよ」
ったくとアスマは頭を掻く。
「面倒な奴らだぜ」
面倒な奴らとはカカシとイルカのことだが、主にカカシのことを指す。
「記憶を失う前は淡白であっさりしたヤツだと思っていたが」
──実はそうではなかった。
「こんなに嫉妬深くて独占欲と執着が強いだなんて」
意外だったぜ、と。
「あー、もう!」
痺れを切らしたカカシはイルカの手を引っ張って歩き出した。
アスマを置いて、ずんずんと遠ざかっていく。
「俺の記憶なんて、どうでもいいじゃないですか」
「どうでもいいなんて・・・」
「過去のことよりも今のイルカさんとのことが大事です」
「そんな・・・。カカシさんは気にならないんですか?カカシさんの過去の記憶の中に大切な思い出があって大事な人がいるんですよ、忘れたままでいいんですか」
「うーん、そうですねえ」
カカシは足を止めてイルカを振り返った。
「必要な記憶なら、そのうち思い出しますよ」
今、現在、思い出さないってことは必要ないってことです。
カカシは断言する。
「だって」
自分の頭を指差した。
「記憶喪失たって、この頭の中のどこかにその記憶は埋もれているんでしょ」
「それは、そうですが」
イルカは納得してないようだった。
「だから必要なら、いつか思い出しますって」
それにね。
不思議な微笑をカカシは浮かべた。
喜んでいるような悲しんでいるような、複雑な微笑だ。
「今、俺がイルカさんといて、イルカさんと幸せになることの方が余程大事だと思うんですよね」
「え・・・」
「イルカさんの記憶の中にいる前の俺って、今とそう変わらないと思うんですよねえ」
「まあ、そんなには」
飄々としているところや話し方はそのままだ。
イルカに対して強引なところを除けば。
「だから」
絡めた指を、きゅっと握られる。
「俺を知っている・・・、知っていた人間なら俺のこと判っていると思うし」
多分、今の俺を『しょうがないなあ、カカシだから』って遠くで笑って見ている、ような感じがするんですよねえ。
「俺はイルカさんと幸せになる、イルカさんも俺と幸せになる」
だって俺たち結婚しているんですからね。
今が大事とカカシは幸せそうに笑った。
「まあ・・・」
カカシとイルカの姿を見送ってアスマは、ふうと煙を吐いた。
紫煙が空に昇っていく。
「いいか、あれはあれで」
肩を竦める。
「何だか幸せそうだしなあ」
カカシの記憶は戻ってないが、戻る気配もないが。
結局、カカシはあの日のままだった。
アスマがイルカを連れてカカシの病室を訪れたときのまま。
全く理解不能だが、カカシはイルカを見て自分と結婚していると思い込んでしまったのだ。
愛し合っている者同士、性別やら何やらを吹っ飛ばして結婚したと。
何ゆえ、カカシがそんなことを考えて、そんな発言をしたのか・・・。
最初は考えても判らなかったが、今は何となく判る。
それは記憶を失う前からカカシがイルカを好きだったからに違いない。
考えてみればカカシは人に興味を持たない。
最低限な付き合いを保ち、付き合いには常に一線を引いている。
なのにイルカとは立ち話をして他愛ない話に花を咲かせていた・・・。
あのカカシがわざわざ、そんなことをしていたのだ。
理由なんて一つだ。
イルカのことを気に掛けていたから。
その感情の名前をカカシも知らなかったのかもしれない。
記憶を失うことに寄って、その感情を隠す意味を忘れて、素直に表に出てきた。
記憶を失ってからのカカシは妙に素直だ。
イルカの言うことは何でもきく。
お陰で遅刻もなくなり、真面目に生活をして真面目に任務をこなしている。
自分でも言っていたように日常生活も忍者生活にも何も支障はない。
里の長の火影でさえ、近頃はカカシの記憶を戻そうとは言わなくなっていた。
───『このままでも誰も困らないしねえ、寧ろカカシは前よりも心神共にバランスがいいし任務もスムーズでいいんじゃないかい。結婚?男同士?万々歳だね!構わない構わない、いいよいいよ!』
カカシとイルカとの結婚にも勝手にお墨付きを出して、ほくほくしている。
困っているのは正にイルカだけだ。
退院してからもカカシはイルカを結婚していると思い込んでいるので帰るのはイルカの家。
イルカの家に住み着いてしまっていた。
・・・・・・幸か不幸か、イルカが流されやすい性格だったのもある。
「イルカも本当には嫌がってないみてぇだしな」
幼い頃から一人で頑張っていたイルカをアスマは知っている。
人一倍、人恋しい性質も。
「誰かが自分と一緒にいることを望んでいた節もあったしなあ」
口には決して出さなかったけれども。
黒い瞳が寂しさに揺れていたのを何度も見た。
「成るように成ったのかもしれねえなあ」
カカシとイルカ。
運命だったのか、天の采配だったのか。
やはり、それは神のみぞ知るであった。
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