仔狐コンコン
ある日のこと。
薬草を取りにきたイルカが森の中を歩いていた時のことである。
コーン、と狐の鳴き声が聞こえてきた。
それは、か細く弱弱しい。
助けを求めているような鳴き声だった。
「なんだろう」
気になったイルカは小さな鳴き声を頼りに狐を探す。
「あ!」
見つけたのは仔狐で、まだ小さい。
足に怪我をしていた。
仔狐は突然、現れたイルカを警戒しているのか耳と尻尾を、ぴんと立てながら微かに震えている。
滑ったのか転んだのか、足に怪我をしているので動けないらしい。
近くに親狐の気配はなく逸れてしまったのか、この場に一匹で残されてしまっているようだった。
「大丈夫か?」
イルカは怖がらせないように慎重に仔狐に近づいて行く。
「何もしないよ、怪我を見せて」
怖くないよ、と優しい声を出す。
あと数歩でという場所でイルカは立ち止まり腰を下ろして、そうっと手を伸ばした。
ゆっくりゆっくり手を伸ばしてイルカは仔狐の体に触れる。
驚かさないように、ゆっくりと。
仔狐の毛は、ふかふかで柔らかかった。
イルカに触れられて、ぴくっと体を反応させた仔狐だったが撫でられるうち
徐々に体の強張りが取れていった。
仔狐がイルカに警戒心を緩めたところでイルカは仔狐のすぐ傍まで近寄った。
「よしよし、いい子だな」
小さい頭を撫でる。
「足の怪我を見せてごらん」
イルカは仔狐の体を抱き上げた。
言葉が通じているのか仔狐はイルカに大人しく抱かれている。
「どれどれ・・・」
怪我の具合を見てみると傷は左程深くなく擦り傷程度であった。
その割には血がたくさん出てしまい仔狐は、びっくりしていたのかもしれない。
イルカは持っていた薬を手際よく傷口に塗り包帯を巻いてやった。
「ほら、これでいいぞ」
手当てが済むと仔狐を、そっと地面に置く。
「もう大丈夫だぞ」
最初は、おっかなびっくりで歩いてた仔狐だったがイルカのしてくれたことの意味が解ると体に
似合わず大きくて、ふわふわとした尻尾を、ゆさゆさと振った。
喜んでいるようであった。
「そうかそうか、よかったな」
仔狐の可愛い行動にイルカの顔が緩む。
「動けるなら、お母さんとこに行きなさい」
心配しているから、と言うと仔狐は、こくりと頷いた。
少なくともイルカには、そう見えた。
イルカを一度だけ振り返り、とことこと歩いて仔狐は森の中へと消えていった。
「やれやれ」と息を吐き出したイルカは再び、森の中で目当ての薬草を探し始めた。
「あれとあれと・・・」
目当ての薬草は中々、見つからない。
「困ったな、明日の授業で使うのに」
アカデミーの教師でもあるイルカは授業で使う参考のために薬草を取りにきていたのだ。
「うーん、どうしよう・・・」
夕暮れも迫り森の中は暗くなってきている。
暗くなれば薬草の判別は難しい。
困ったな、と言いながらイルカは薬草を探し続けた。
「コン!」
「え?」
狐の鳴き声に顔を上げると、先ほど森の中に帰ったはずの仔狐がイルカの目の前にいた。
口に何か銜えている。
「どうしたんだ?お母さんに会えなかったのか」
仔狐が首を横に振る。
そうではないらしい。
口に銜えた何かをイルカに差し出してきた。
赤くて小さな木の実が生っている枝だ。
イルカの手に押し付けてくる。
「これ・・・、南天?」
赤い木の実は南天だった。
コン、と仔狐が鳴く。
なんとなくイルカは仔狐が言いたいことが解った。
「もしかして食べろって言っているのか?」
コンと、また鳴いた。
「まあ、食べれないことないけどな」
一粒、南天の実を採り口に入れる。
南天の実は苦くもあり甘くもあった。
続けて、もう一粒口に入れ飲み込んだ。
「ありがとう、返すよ」
まだ南天の実が付いている枝を仔狐に返した。
「お礼に持ってきてくれたのか」
義理堅いやつだな、とイルカは仔狐に言って笑う。
「気持ちは、もう解ったから今度こそ帰りなさい」
そう言うと仔狐は今度は振り返らずに一目散に森の中に走っていってしまった。
「母さん狐にお礼をしてきなさいとでも言われたのか」
そんなことを想像してイルカの気持ちは和む。
「さ、薬草薬草」
探した薬草は、ものの数秒で見つかった。
「・・・というようなことがあって困っているんです」
イルカがいるのは木の葉の里の火影の執務室で目の前には五代目火影と付き人のシズネがいた。
二人とも、これでもかと目を大きく見開いてイルカを凝視している。
「術でも変化でもないようで、チャクラも乱れていなくて」
イルカは相談していた。
「俺、どうしたらいいんでしょうか?気がついたら生えていて」
途方に暮れたような顔になっている。
きゅーんとした感じでイルカの耳と尻尾も垂れ下がっていた。
狐と化した耳と、生えてしまった狐の尻尾が。
「助けた仔狐に貰った南天の実を食べたら耳と尻尾が生えたと。でも、まあ、いいんじゃないか」
五代目は、にこやかに頷いた。
「似合っているし」
「そういう問題じゃ・・・」
「いいじゃないですか!仔狐は、きっとイルカさんの薬草探しを手伝ってくれたんですよ」
シズネも大きく頷く。
目が、きらきらと輝いている。
「それにイルカさんの、その耳と尻尾、すっごく可愛いです」
触っていいですか?と言った傍から触っている。
「わあ〜、ふわふわでふかふかであったか〜い」
イルカの大きな尻尾をシズネは撫でた。
「あ、あんまり触らないでください」
女性に触られてイルカは身を竦ませる。
「駄目です」
尻尾を、ひらりと振った。
「え〜、いいじゃないですか」
抗議するシズネにイルカは首を振る。
「ほんと駄目なんです、なんか、この耳と尻尾があると森の中では
薬草の生えている場所や危険な場所が解ったりして便利なんですけど」
イルカが顔を顰める。
「動物的な勘みたいなものが妙に冴えて、体に触れられるとその人が持っている一番強い感情が解ってしまって」
他の人に自分の感情が解るなんて嫌なことでしょうとイルカは言う。
「まあ、そうだけどねえ」
「なんとかなりませんか?」
「ちょいと治療とは違うしねえ」
「姿もいつまでこのままなんでしょうか?」
「そのうち、元に戻ると思うがねえ」
仔狐のやったことだし、と五代目火影は当たり障りのないことを述べた。
「悪意のあるもんじゃなし、心配することないよ」と。
「はあ、まあ」
「狐の恩返しなんて昔話にあるような出来事で微笑ましいですよね」
「そうですか・・・」
五代目火影とシズネの女性二人は楽しそうにしている。
そこへ火影室の扉を叩く音がした。
入ってきたのは上忍のカカシである。
任務から帰ってきたので火影に結果を報告しに来たのだ。
だがカカシの目は先の火影とシズネと同じように目を大きく見開いていた。
「イルカ先生?」
困惑したようにイルカの名を呼んだ。
「あ、はい。そうです」
狐の耳と尻尾を付けた姿が恥かしいのかイルカの耳と尻尾は忙しく、ぱたぱたと動く。
犬のように。
「ええと、その〜。トラブルに巻き込まれて・・・」
しどろもどろに言うイルカに、いきなりカカシは抱きついた。
「かわいい〜」
「ええっ、ちょっとカカシさん!」
慌ててカカシから離れようとするイルカだが、ぎゅうぎゅうとカカシはイルカを抱きしめた。
「カカシ、さん・・・」
抱きしめられているイルカの顔が不意に、ぽっと赤くなる。
「な、なななな・・・」
声にならない悲鳴を上げていた。
カカシの内に秘めている感情を感じ取ったらしく・・・。
思い切り動揺している。
カカシは何やら幸せいっぱいな顔をしていた。
「あー、なるほどねえ」
「そういうことでしたか」
火影とシズネは何かを察したらしい。
日頃のカカシのイルカに対する態度を思い出して。
「なあーんだ、もっと大事かと思ったら」
「単なる恋だったんですね」
二人は冷静だ。
「恋もいいけど賭け事の方が断然、面白いのにねえ」
「それもどうかと思いますが」
目の前で、今正に誕生しようとしているカップルを見ながら二人は呟いていた。
ちょっとだけ哀しく。
text top
top